世界が変わった日
体中に走る痛みに眠っていた男の意識がうっすらと覚めてきた。体のあちこちが吊ったように痛いし、背中は焼けるように熱い。男はいまいち回らない頭で今何が起きているのか考える。
そういえば昨日は久々にあった大学時代の友達と大いに酒を飲み語らいあったのだ。だから飲みすぎによる二日酔いならわかる。しかしこの状況はそれとはどこか違う気がする。
起き上がって確認したいところだが体が金縛りにあったように自由が効かず、動けない。
だが『金縛りなんて怖い!』とはなっていない。理由は昔に何度か寝てる時に同じ症状になって怖くなり、ネットで調べたら不規則な生活を送ってることが原因でなるということがわかったからだ。
その時は一人暮らしを始めたばかりで夜はゲームをして夜更かしをし、食事はカップ麺やコンビニ弁当に頼っていたので納得してしまった。だから調べた後は生活改善のため家事をするようになったんだったけ? そういえば最近仕事が忙しくて不規則な生活送ってたからこの痛みもそれが原因か? と男は考えた。
動けもしないのでしばらく痛みに無言で堪えているとスッと痛みが消えていった。それに安心すると同時に喉の渇きを覚える。やっぱこれ二日酔いのせいだな。
しかし、早く水を飲みたいところだが金縛り状態がまだ解けていない。それに体がだるくて眠気が酷い。今日は仕事も休みだしもう少し寝たら金縛りも解けるだろうから今は寝ておこう。そんなことを考えながら男は再び眠りについた。
♢
「むっ…ん〜」
カーテンの隙間から差し込む朝日が鬱陶しくなり男は目を覚ました。そういえば昨日夜遅くに一度起きたような気がする。
(それにしても喉が渇いたなぁ。昨日帰ってから水も飲まないで寝ちゃたのだろうか…)
男の名前は二木奏太、今年でもう35歳になるというのに独り身、彼女なしの寂しい男だ。しかし彼は現状に割と満足している。自由に趣味に没頭できて好きにお金を使えるからだ。今の仕事である社内SEの業務も気に入っているので不満はないようだ。
「ん〜、今何時だ〜?」
二木は今しがた呟いた自分の声に違和感を覚えたが酒焼け+カラオケ熱唱のコンボを食らってるせいかと思い納得したようだ。
取り敢えず今の時間を確認しようとスマホに手を伸ばすと”ファサ”っとした感触にびっくりする。彼は触ったものが何か慎重に確認するように目をこらす。
「え? 羽? なんで?」
そう、枕元には羽が散らばっていたのである。酔ってダウンジャケットでも引き裂いたのか? とも思ったが彼は首を振り否定する。今はもう気候が暖かくなってきた三月である。ダウンジャケットは今クリーニングに出してあるはずだ。掛け布団は羽毛ぶとんでもはないからこれも違う。それに…
「羽のサイズが大きすぎない? これ…それによく見ると白くないな? …銀色?」
そう、羽一枚一枚のサイズが手の平くらいあった。そして羽の色はうっすらと光沢がある銀色をしている。奏太はまだ夢でも見てるのかと頰をつねるが帰ってきたのは痛みと思っていたよりすべすべの肌の感触だ。それに今気づいたがメガネがまだ枕の横に転がっているというのによく見えるのだ。
「え? なんで? 視力良くなっている?」
奏太は両目で0.1すらないほどのド近眼だったはずで、びっくりした彼は自分の部屋をざっと見渡すと本棚に並べてある本・雑誌のタイトルすら見えてしまった。『巨乳の女神』『巨乳大…』おっと人の趣味を調べるのはいけないな。しかし部屋に誰もこないからって堂々とし過ぎではないだろうか。ひとまず彼がBL志向ではないことがわかって安心した。
奏太はいろいろ妙に感じたものの気を取り直してスマホで時間を確認する。すると時刻は10時を回ったところだった。おかしなことに表示されたスマホのロック画面にはいくつものレインやらメールやだけでなく着信もあったようだ。彼は珍しいこともあるものだと思いつつ、まずは顔を洗って水を飲もうと動き出す。体に微妙に違和感を感じつつも二日酔いの所為だと決めつけ、彼は洗面台に向かった。
明かりも点けずに水道の蛇口を捻って水を出し、軽く両手で顔を洗ったあとコップに水を汲み飲み干した。
「ごくっ、ごくっ、ふ〜」
一息ついた俺はもう一度水で顔を洗う。
「ん〜?」
おかしい? 顔を洗う感触がいつもと違う。奏太は取り敢えず水道の蛇口を閉める。
「あれ? ヒゲがない?」
奏太は顎をさすりながら言う。ゾリゾリしたいつもの感触がないのだ。疑問に思った彼は洗面台についている照明の明かりを点けた。
「は?」
奏太は洗面台に備え付けの鏡に映っている自分の姿を見て間の抜けた声を漏らした。その姿はやけに幼く見えた。
(大学生の時くらいか? いや、それより若いな。高校生ぐらいか?)
ヒゲはないし、最近気になってきた皺もない。髪はまだ薄毛が気になるような状態ではなかったがそれでも白髪くらいはあったはずなのだがそれもない。それよりさっきから違和感がこの眼の色はなんだ?
「赤い? え? 何これ? 充血とかそうレベルじゃなくね?」
もともと黒色であったはずの彼の瞳の色は赤く染まっていた。事態が信じられず、混乱した彼は濡れた顔も拭かずにリビング戻った。水が飛び散って床を濡らすが気にしている余裕はない。テレビのリモコンで電源を入れたのち、スマホを手に取ると先ほどの連絡を確認した。
取り敢えず着信のあった相手を確認すると母と昨日一緒に飲んだ友人からであった。二人とも何度か電話していたようだった。他にも知り合いからレインやメールで連絡が来ていた。奏太は慌てて友人に折り返しの電話をかけようとしたところでテレビから聴こえるアナウンサーの女性の焦った声に顔をテレビに向けた。アナウンサーの女性はとても信じられないことを報道していた。
『皆さん、落ち着いて聞いてください。昨夜2時ごろに世界は変異しました。昨夜2時ごろに世界は変異しました。人によっては身体的にも変わってしまった人がいるでしょう。現在、政府の調査機関が原因の究明に動いております。新しい情報がわかり次第発表するとのことです。この現象は日本だけでなく世界各国で見られ、人々はパニック状態に陥っております。これを聞いておられる皆さまはどうか落ち着いて行動をしてください。まずはご家族の安否の確認をしてください。繰り返し連絡します…』
テレビのアナウンサーは見たことのある顔をしていた。それもそのはず、彼女は奏太がよく見る報道番組のアナウンサーだった。しかし明らかに違和感があった。正直ギャグでも狙ってるのだろうかとも思ったが顔の表情もいたって真面目なもので声は聞いただけで真剣さが伝わってくる。
(でもこれはないだろ…)
「猫耳?」
そう、アナウンサーの女性の頭の上にはコスプレで付けるような猫耳がついていたのだ。よく見るとその猫耳が微妙にピクピクと動いている。どういうことだ?
呆然としつつも奏太は昨日一緒に飲んでいた彼の友達である斎藤一馬に連絡する。斎藤は大学時代学部は違ったがサークルが一緒だったので仲良くなったのだ。サークルは写真サークルで昨日飲んだ時に今度のGWに一緒に写真を取りに行く約束をしていた。奏太が電話をかけると斎藤はすぐにでた。
『おい! 奏太! お前無事か?」
「あ、ああ。多分無事…かな?」
『はっきりしない返事だな〜。まぁ、こんな状況じゃ仕方ないか。取り敢えず返事ができるってことは大丈夫ってことだろうし…』
「まぁ…な。カズの方は大丈夫なのか?」
『ああ! 俺の方は取り敢えず問題ない。なんか変な耳とか尻尾とか生えてきたりしたけど問題ない』
奏太はその言葉に一度は安堵しかけたがふと疑問に思った。
(耳とか尻尾生えてきても問題ではないのか?)
「そ、そうか」
『ああ! てか、なんかお前の声いつもと違くないか?』
「いや、俺もいろいろあってさ。正直まだ整理がついてないんだ」
『? まぁいいやそれよりお前、もうやってみたか?』
「は? 何をだよ?」
『そうか、まだやってないのか』
「ん? だから何をだよ」
斎藤は少し勿体振るように間をとったあと電話越しに二木に伝えた。
『”ステータス・オープン”って唱えてみろよ』
「なんだお前? 寝ぼけてんのか?」
『いや、だから”ステータス・オープン”って唱えてみ? すげーこと起こるからよ?』
「はぁ? カズ、お前大丈夫か? 頭にも影響あったんじゃねぇのか? ゲームじゃあるまいし何も起こるわけなくないか?」
『くっ、失礼な奴だな…。いいから騙されたと思って唱えてみろよ。”ステータス・オープン”って』
二木はこいつ変なこと言うなぁと思ったものの素直に従ってみた。
「…”ステータス・オープン”」
すると驚くことに奏太の目の前に光るボードのようなものが現れた。
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名前/二木奏太
種族/人間(?)
年齢/15
レベル/1
職業/無職
HP : 20/20
MP : 1000/1000
物理攻撃力 : 30
物理防御力 : 20
魔法攻撃力 : 200
魔法防御力 : 150
敏捷 : 200
スキル 空間把握 索敵 回避 逃走 隠密 危険察知
称号 ー
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「は? なんだこれ? これが俺のステータス…なのか?」
奏太の口から思わず疑問の声が漏れた。それに応えるように斎藤が説明する。
『おっ、見れたようだな! ステータスとかなんかゲームみたいだろ? ネットで情報収集したらよ、ゲームの世界と繋がったとか騒いでる奴らがいてさ。そいつらがステータスが見れるって言ってるから試してみたんだよ。本当に出てきたんだよ。ステータスがさ! びっくりだよな? 俺なんて種族獣人(熊)とか書かれててよ〜。おい? 奏太? 聞いてるか?』
「…なんでだ?」
『あん? どうしたんだ? なんか変なこと書かれてたのか?』
「どうして…」
ステータスが見れるのも驚きだがその内容に二木奏太は驚愕した。MPだの魔法だの書かれていたりスキルが書かれていたり気になるところはたくさんある。
(種族が人間(?)ってなってるのも気になるが、それより……)
「どうして俺の歳が15歳になってんだ!?」




