元カノ達の変化
俺は、午後七時前に会社を出た。この時間は、会社のカフェテリアで食事をしてくるかどうかの中途半端な時間だ。
ただ、いつも夕食はカフェテリアが多いので、今日は地元のとんかつ屋で食事をする事にした。前だったらこの後優香の居るスナックに寄るが、もう婚約までした以上、あそこに寄るのは気が引ける。
特に仕事とは言え、優香が他の男の人と話をしているのは、あまり面白くない。かと言って止めろという事も出来ない。今の状況では、あくまで彼女の気持ちの問題だ。実際に辞める事になるのはまだ先だろうから。
アパートの自分の部屋に帰って明りを点けると独り身なのに部屋は綺麗に掃除されている。キッチンも洗い残しなどない。
朝食を摂った後のカップや皿は、優香がどこかの時間に来て洗ってくれているんだろう。流石に洗濯物は洗面所の中の洗い籠に残っているが。
俺は、スーツを脱いでハンガーに掛けると、風呂場でシャワーを浴びた。風呂に入りたいが、一人だけで湯船を溜めるのは面倒だし、湯船を洗うのも面倒だからだ。入れるのは優香が来た土曜と日曜位だ。
シャワーを浴びて、風呂場から出て、髪の毛も乾かすと冷蔵庫からビール缶を取ってテレビをつけた。
この時間はニュース系が多い。前だったら考えられない生活だ。しばらくそうしているとスマホが震えた。プライベートの方だ。
画面を見ると優香だ。
『りゅう、まだ会社?』
『いや、もうアパートに帰ってシャワーを浴びてビールを飲んでいる所』
『えっ!じゃあ、今から行っていい?』
『いいけど、まだスナックの仕事だろ?』
『ううん、早く上がらせてもらうから』
『それなら良いけど、大丈夫かそんな事して』
『うん』
それから十五分位して優香がやって来た。鍵は渡してあるので勝手に入って来れる。
「りゅう」
「優香」
思い切りハグをした後、
「今日は、早いね」
「まあこの時間で早いかは別だけど、もう前みたいに帰って来るのが午後十一時過ぎというのは無くなるよ」
「ほんと!じゃあ、夕飯作って待つこと出来る?」
「それは無理だし、食べ終わるのが遅くなりすぎる」
「えーっ。仕方ないかぁ」
婚約してからというもの優香との距離が一段と近くなった。
「ねえ、明後日、金曜日でしょ。何時に終わるの?」
「ごめん、その日は仕事仲間と外で食事する事になっている」
「ぶーっ」
「仕方ないだろ」
「じゃあ、今日は泊まっていい?」
「それはいいけど」
「じゃあ、シャワー浴びて来る」
彼女の下着や簡単な洋服は、もうこの部屋に置いてある。自然な事なんだろうけど。これが何となく怖い感じがまだ俺の心の底には有った。
何時か突然、彼女の物が何も無くなっているという怖さが。どこまで行けば俺は自分自身の心の底にある怖さを克服できるんだろうか。
金曜日、午後七時に仕事を終わらせた俺は、テクノロジーラボの会社のゲートの外で御手洗さんと待ち合わせた。ゲートを出ると窓の傍に彼女は居た。
「御手洗さん、行こうか」
「うん」
社内とはまた違った雰囲気だ。久しぶりだな彼女のこの対応。
俺達は二人が帰りやすい渋谷の駅の近くの天ぷら屋に入った。あまり酒が入るのも良くない。二人で注文をした後、
「…………」
「…………」
彼女は何故喋らないんだ?俺も黙っていると先に頼んだビールが来た。
「りゅう、久しぶり」
これをきっかけにするつもりだったのか。俺もビールを手に持つと
「ああ、久しぶり御手洗さん」
「プファ。美味しい。りゅうと久しぶりに飲むビールは一段と美味しいな」
「それは良かった」
俺も少し口に付けると
「りゅう、社外だからこう呼んでいいよね?」
「別に構わないけど」
なんか、違うな。
「私ね。りゅうからしっかりと断られてから考えたの。過去といってももうだいぶ前の話だけど、あまりにも自分勝手で、りゅうと再会した後も自分の気持ちばかり押し付けてあなたの気持ちを全然考えていなかった。
あなたが、あの時、どういう立場にいたのか、あなたが自分自身をどう考えていたのかとか。
もちろん、りゅうの心の中なんて私には分かるはずもないけど。でも、少しでもあなたの立場に立って考えていたら、私自身があんな態度は取らなかったのかなと思って」
何を言いたいんだろう?
「りゅう、もうお付き合いしている人いるのかな?ごめんいるんだよね。今更だよね」
「御手洗さん、何を考えているか良く分からないけど、俺にはもう婚約者がいる」
「えっ?!…そうなんだ。もう遅かったのか」
注文した天ぷらの定食が来た。話は一時中断になった様だ。
御手洗さんは、食べながら
「そっか、そっか。りゅうは婚約したのか。遅かったんだね」
彼女が、俺に話があると言った理由はこれだったのか。しかし、半年前にはっきりと断っていたから、もうこういう理由で誘われる事は無いと思っていたんだけど。
「りゅう、もし、もしだよ。大学入ってからも私がりゅうと付き合っていたら私と婚約していたかな?」
「御手洗さん、十年以上前に話を戻して想像をするのは無理な話だよ。例えそのまま付き合っていたとしてもその後続いたかなんて分からないじゃないか。
多分君が俺から離れて行ったんじゃないか。それが大学入学した時に始まったというだけだと思うよ」
「そんな事無いのに…」
全てはあの時に終わっていたんだ。それに気付けずにずっとりゅうを追い続けていたということか。私って馬鹿だな。
その後、彼女は話もしないで黙って食事をした後、俺の顔をジッと見て
「もう、本当に戻れないの?」
「無理だ」
「…分かった。りゅう帰ろうか」
「ああ」
俺が伝票を持って会計しようとすると
「りゅう、別々で払おう」
「そうか」
店を出た後、
「神崎部長、さよなら」
駅に向かって先に歩く彼女の肩が少し震えている感じがしたのは気のせいか。
今日、もしりゅうが付き合っている人がいないとか婚約はしていないとか言ってくれたら、ゆっくりでもいいから少しずつ彼の心の中に入り込める努力をしようと思っていた。
前みたいに無理矢理体で迫るなんて事はしないで、心に浸透する迫り方をしようと思っていた。
でも、もうあまりにも遅かった。あの時付き合っている人がいるって言っていた。多分その人なんだろう。りゅうは、相手が裏切らない限り自分から裏切る事はない。でもりゅうの心を婚約まで持って行くなんてどんな人なんだろう。
もうそんな事考えても仕方ないか。来週からがちょっと辛いな。転職しようかな。
俺は、そのままアパートに帰ると優香が部屋にいた。
「りゅう、お帰り。早かったのね」
「ああ、話が簡単に終わってしまって」
「あっ、てんぷら食べたでしょう?」
「何で分かるんだ?」
「だってスーツに匂い付いているから。明日一日外に干していないと匂い取れないな」
なんかすっかり会話が夫婦になっているのは気のせいか。
それから半年位して御手洗さんが、商用AI事業推進本部営業部から姿を消した。営業部長に聞くと本人の希望で、最新テクノロジー事業部へ転属願いが出ていたそうで、向こうの空きが出たのをきっかけに異動したようだ。
営業部長は、彼女は優秀で留まる様説得したそうだが、強い理由に負けたそうだ。そして西島さんなら変わりが出来ると言って転属したそうだ。
しかしその強い理由は営業部長からは聞けなかった。ただ俺の顔を見て何か言いたそうだったが。
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