春先は色々ある
四月になり、新体制も半年が過ぎて落ち着きを見せていた。
佳織さんは、あれからもう一度訪ねて来た。優香にプロポーズした事を言って諦める様に言ったが、それでも簡単に納得しなかったので、仕方なく金剛谷執行役に言って、正式に断りを入れた。執行役は相当に不満だったが。
社内に執行役自身が広めた噂、俺と佳織さんが結婚するという噂を俺がはっきりと否定し、竹内先輩からも営業仲間に、あれは嘘だった執行役の勘違いだったと広めて貰った。おかげで執行役の社内における立場は、ますます悪くなった。
そして五月の株主総会で金剛谷執行役はその任を解かれた。代わってERPビジネス事業推進部の本部長は商用AI事業推進部の本部長が兼任する事になった。
勿論、執行役を解かれた原因は俺との事は関係無く、ライバル企業に押され○○通のERPビジネスの売上がここ数年縮小した事によるものだ。
だけど、俺は本部長から、お前の所為で、余計忙しくなったと笑われながら言われた。そしていずれお前に渡すからなとも。俺には関係無いし、そんな暇ないんだけどと思ったが社内ではそう見えていないらしい。
プライベートでは、優香が彼女のお母さんに俺からプロポーズされた事を話すと直ぐに俺の母さんに連絡が行き、無事?俺と優香の婚約が両家から認識された。但し、婚約指輪は送るが形式的な事は何もしないという事にした。
そんな中、金剛谷元執行役員が俺の席にやって来た。俺はセクレタリの溝口さんに空いている会議室を取って貰うとそこに入った。
「神崎部長、忙しい所、すまないな」
「いえ、それより金剛谷さんが来られるなんて珍しいですね」
「ふふっ、残念ながら私の思惑が上手く行かなかったのでね。佳織の件はともかく君とは一緒に仕事をして見たかったんだが、それも叶わなくなった」
「えっ、でもまだいくらでも…」
「神崎部長、この歳になって、再起を図るのは、ここでは容易な事ではない。新しい職場で頑張るよ。君のライバルとしてね。○立で商用AIの開発が進んでいる。その管理者として声が掛かった」
「そうですか。一緒に出来なくて残念です」
「あははっ、君は結構意地悪な所があるな。私のその道を潰したのは君自身なのにな。まあいい、もう明日からは出社しない。今の件はくれぐれも他言無用で頼む」
「分かっています。今迄ご苦労様でした」
「ああ、これからは外のフィールドで会おう。ライバルとしてな」
「はい」
金剛谷さんとは、それきり会う事は無かった。噂も聞いていない。
最近は土曜日の出勤も少なくなった。ほとんど無いと言って良いだろう。営業と技術営業が上手く仕事してくれているらしい。
俺としては、最後の詰めの時に顔出すだけになった。だが、技術開発の方はまだまだこれからだ。
各業種における特殊性が強く、それに対応させるのが大変だからだ。だが、日本でのこの努力はUSやEUに展開した時に楽になる。どれだけ業種別のプラグインを開発できるかにもよるだろうが。
私、御手洗千賀子。最近の商用AI事業推進本部は、社内の中でも相当に活気あふれている。
製品が世の中の注目を集めている事も有るが、名古屋のトップ企業と傘下及び関連企業が導入を決めた事で本部全体が大忙しだ。
営業からの情報だと、この企業に関係する大阪と静岡のその業界トップ企業も導入を検討を始めたと聞いている。
立場上、りゅうは、もう随分遠い所に行ってしまった。営業の一セクレタリでは余程の事が無い限り声も掛けられない。
そして、金剛谷元執行役員の姪との結婚話。これはガセだった事が分かってホッとしたら、社内の子達が彼に色目を使い始めた。
特に二課の西島まどかは、何故かりゅうと普段から普通に話している。前社で一緒だったというのは知っているが、それにしても親しい感じだ。りゅうも抵抗なく話をしている。
あれからもう十分に冷却期間は取れた。そろそろいいだろう。ちょっと無理してでも声を掛けてみよう。
俺が、部下の富永さんと名瀬さんと一緒にカフェテリアで食事をしていると久しぶりに御手洗さんが近寄って来た。
「神崎部長、お食事が終わりましたら少しお話出来る時間頂けないでしょうか?」
俺は、彼女の顔をジッと見ていると
「あっ、部長。我々、あっちで食事しますから」
止める前に富永さんと名瀬さんが、三つ向こうのテーブルにトレイを持って移動してしまった。どういうつもりで声を掛けて来たのか分からず御手洗さんの顔を見ていると
「神崎部長、今度終業後お時間有りませんか?」
「御手洗さん、随分硬い言い方だね。何か用事でも?」
「はい、ここではちょっと」
「前の様な事でないなら良いけど」
前回の様な事を人前でやりたくないからな。
「はい、あの時は済みませんでした。決してあのような事にはなりません」
少し語尾に疑問を感じたが、
「分かった。自席に戻ってスケジュールを見ないと日にちが分からないから、後で連絡するでいいかな?」
「はい。ではこれで失礼します」
随分、さっぱりしているな。これなら大丈夫そうだな。でも今更話って?
まあ、会ってからと思って、富永さんと名瀬さんのテーブルの方を見ると二人共もう食べ終わったみたいで、ここには居なかった。
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