諦めてなるものですか
前話の続きです。
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私は郵便ポストに書かれた部屋番号を見て龍之介さんの部屋に来た。ここだ。インターフォンを押してみると
午前十時。こんな時間に誰だ。届け物でも無いだろうに?
「りゅう、誰か来たみたい」
「ああ」
俺は立ち上がると、のぞき窓からドアの外を見た。
えっ!冗談だろう。どうしてなんだ。なんでここが。頭の中が疑問で一杯になりながら部屋の中にいる優香を見た。
「どうしたのりゅう。開けないの?」
不味いな。でも開けるしかないか。
ガチャ。
「こんにちわ、龍之介さん。いきなりですけど来ちゃいました」
「どうしてここを?」
「叔父様に教えて貰いました」
執行役、問題ある事を。
「入れて貰えませんか?」
こうなったら仕方ない。
「どうぞ」
「「えっ?!」」
優香が玄関に立つ佳織さんを見て目を丸くして驚いている。佳織さんは睨みつける様な目だ。
この人が龍之介さんのお付き合いしている人。
「りゅう、誰この人?」
「俺の会社の執行役の姪で金剛谷佳織さん」
「どうしてここに?」
俺が説明する前に
「私は、金剛谷佳織と言います。龍之介さんと結婚するつもりです」
「え、ええ、ええーっ?!りゅう、どういう事?」
「佳織さん、冗談は止めて下さい。俺はあなたと結婚する気は無い」
「でもその人ともする気無いんでしょ。なら私と結婚して下さい」
「待って下さい。何を言っているんですか。俺は優香と…」
「「えっ?!」」
どうしたものか。困ったぞ。とにかくここは不味い。
「佳織さん、外に出ましょう。優香少し外に出てくる」
「でも…」
「心配ない。直ぐに帰って来るから」
俺は、何故か大きなバッグを持っている佳織さんを連れて駅の傍に有る喫茶店に入った。人には聞かれたくない話になりそうだが、外で立ち話も出来ない。
「佳織さん、どういうつもりですか。いきなり来るなんて」
「私をもっと一杯知って欲しかったんです。もっと私の魅力を知って欲しかったんです。だから泊るつもりで来ました」
「はぁ?何を考えているんですか。そもそもこの事執行役は知っているんですか?」
「叔父様にお願いしてここに来ています」
「佳織さん、はっきり言います。俺はあなたと結婚するつもりはありません。あなたが一時的な心の迷いで俺に気が向いていたとしてもそれはいずれ冷める事。帰って下さい」
「いやです。私は覚悟を決めて来たんです。あの人に負けるわけには行きません」
やっぱり、この人、こうと決めたら猪突猛進だよ。何も考えていない。こんな事許されるはずが無いだろうに。
「駄目です。泊まらすことも出来ないし、もう来ないで下さい。俺は、あなたと一緒になる気はさらさらありません」
「で、でも。私そんなに魅力のない女ですか」
不味いな。周りの人が聞耳立てているよ。
「そんな事ないです。佳織さんはとても魅力的な人です。だから俺なんかよりよほど素敵な男性が現れます」
「あなたより素敵な男性なんかいません」
「とにかく帰って下さい」
ここまで拒絶されては仕方ないですね。後日としますか。
「仕方ありません。龍之介さん、今日は帰ります。でも私はあなたを諦めません」
「諦めて下さい」
「いやです。あの人から必ずあなたを奪って見せます」
「奪うって…」
「龍之介さん。また来ます」
そう言うと席を立って外に出て行ってしまった。周りの人がみんな俺を見ている。恥ずかしい。直ぐに俺も会計して喫茶店を出た。
何故か、佳織さんは外に居た。
「改札まで送ってください」
「それはいいですけど」
どういう意味だ。ここまで一人で来たんだ。勝手に帰ればいいのに。
仕方なく改札まで行くと
「龍之介さん、ちょっとバッグを持っていて下さい」
なんだ。俺は両手でバッグを受け取ると結構重い。バッグを手に持って前を向くと
チュッ!
えっ!
「ふふっ、私のファーストキスです。龍之介さんに上げました。いずれは…」
「それ以上言わないで帰って下さい!」
「はい♡」
改札を通ると嬉しそうな顔をしてエスカレータを降りて行った。
なんて人だ。気になって唇を手で拭くと赤いルージュが付いていた。危ない。優香にこんな事しれたら、揉める材料だ。
急いでアパートに帰ると
「遅かったじゃない」
「ああ、帰って貰うのに時間かかった」
「だから、口元に赤いルージュが付いているの?」
「えっ!」
俺はもう一度唇を手で拭くと手にまだ残っていた部分が付いた。
「こ、これは」
「りゅうの浮気者!」
「違うって。これは…」
バッグを持たされた隙に強引にされた事を話した。
「それでもだよ。それになんであの人がここに来たのよ?」
仕方なしに金剛谷執行役に声を掛けられた時からの説明をした。
「だからその場でもう終わらせる予定だったんだけど、二回目にトラブルが有って」
何で俺こんなに言い訳しているんだ。
「分かったわ。あっ、それからさっき言いかけた事。俺は優香とって、その後は?教えて」
「あれは…」
どうする。もうはっきりした方がいいのか。
俺が黙っていると
「ねえ、りゅう。あなたが忙しいのは分かるし、今はその時でも無いことは分かる。でも今日みたいな事はいや」
「優香、本当に俺でいいのか。それにその時期はまだ先だぞ。それが長くなった時、もしかしたら、俺よりいい男が優香の前に現れて俺の前から居なくなることだってあるだろう。だから俺は…」
唇を塞がれた。
「いいよ。りゅうが気持ちを固めてくれたならりゅうがお爺ちゃんになっても待っていてあげる。ずっと待っていてあげる。私の前にあなた以上の人なんて現れない」
その言葉に俺も信じて三回も騙されたんだ。やっぱり俺は…。
「りゅう、私を疑うなら私は今死ぬわ。それなら私はりゅうだけの女性で居られる」
「優香…。俺は過去三回も同じ言葉に騙されて来た。だから…」
いきなり優香がキッチンに走った。そして包丁ボックスから包丁を取り出すと
「りゅうがそれ以上言ったら私は自分の首を刺す。ほんとよ」
俺はそこまでこの人を追い詰めるダメ人間だったのか。
「…………」
「りゅう!」
優香が包丁を首に刺そうとした時、俺は勝手に体が動いた。優香の包丁を持っている手をがっしりと掴むと
「俺が悪かった。お前を信用しない俺が悪かった」
優香の手から力が抜けた瞬間俺は直ぐに包丁を手から奪ってシンクに投げ入れた。
優香が俺の顔をじっと見ている。次の言葉を待っているんだろう。
「優香、結婚しよう。約束する。でも今は無理だ。何も準備出来ない」
「いいよ。待っている」
思い切り優香を抱きしめた。
「く、苦しい」
「あっ、ごめん」
「りゅう、じゃあ、両親にプロポーズされたって話してもいい?」
「いいけど、本当に今は結婚式なんて出来ないよ」
「うん」
その日は、少し高い料理の材料を買って優香の料理を食べた。夜は優香がいつも以上に積極的だった。
もう午後十時を過ぎている。
「優香もう戻らないと」
「今日は泊まって行く。私、遅刻しても休んでも問題ない仕事だし」
そんな仕事あるのか?
「りゅうには分からないわ。そんな仕事もあるのよ」
「優香、聞いて言いか?」
「何?」
「あの時、俺が止めなかったら本当に自分の首を刺したのか?」
「ふふっ、本当よ。でも絶対りゅうが止めてくれると思っていた。止めてくれなかったら痛いからちょっと刺して止めたかもね」
はぁ、女性という生き物は、やはり俺の頭では理解出来ないらしい。
しかし、明日からが大変だな。佳織さんもそうだが、執行役も面倒そうだ。
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まだまだ続きます。
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