面倒な事がまた一つ
金剛谷佳織さんと会った翌日、俺は一人で七階にあるカフェテリアで食事をしていると
「おい、聞いたか。ERPビジネス事業推進本部。商用AI事業推進本部に吸収されるって」
「そんな訳無いだろう。ERPは適用範囲が広い。簡単には…。あっ、でも商用AIは、企業の色々なスキームに食い込めるからな」
「だろう。直ぐでは無いだろうけど、ERPそのものが商用AIに入れ替わるという訳だ」
俺は、聞き耳を立てながら、確かにいずれそうなるが、まだまだ先の話だ。だが何故そんな話が流れているんだ。
「まあ、そう言う訳で金剛谷執行役も色々手を打って来るだろうな」
「ああ、俺達みたいな下っ端は高みの見物、楽しみな事だ」
なるほど、金剛谷執行役が佳織さんを俺に引き合わせたのもその一つか。だが執行役には申し訳ないが、もうあの人とは終わりだ。
でも、なんでまた会いたいなんて言って来たんだ。食事の時なんか露骨に俺の事毛嫌いしている口ぶりだったのに。
まあ、今週は優香と久しぶりに映画を見る約束をしている。次の日曜日なら良いだろう。しかし、まだ土曜日出勤が多い中、日曜日を要らぬ用事で潰されるのは困る。面倒だが今度で終わりにするか。
今日もアパートに帰ったのは午後九時過ぎ。土曜日も出勤では流石に疲れが溜まる。夕食は会社のカフェテリアで摂るが、ここに帰って来てシャワーを浴びて寝るだけになってしまったな。
土曜日は俺が居なくても優香が来て洗濯や掃除をしてくれるから助かるが。彼女との事やはり真剣に考えた方がいいのだろうか。
今度優香に聞いてみるか。本当に俺でいいのかって。だがな、その後だよな。今の導入が落着いた頃には、また居なくなっているなんて無いんだろうか?
そして次の日曜日なった。
やはり土曜日佳織さんから連絡があり、同じ場所で今度は午前十時に待ち合わせる事になった。どうせ遅刻してくるんだろうと思って、午前十時少し前に行くと
「神崎さん、遅いです。私を待たせるなんてどういうつもりですか?」
「いや、まだ五分前ですけど」
「男性はデートの時は、女性より早く待合せ場所に行くのが常識だって、親から習いませんでした」
そんな事習う訳ないでしょう。
「あの、もうこれで俺が嫌いになった理由は充分でしょう。これでもう最後にしましょう。では」
来たばかりだが、佳織さんの言い様に流石にカチンと来た。
「あ、ちょ、ちょっと待って。まだデート始まっていないじゃないですか」
「だけど今日会うのはお互いの嫌な所を見つけることだって言いましたよね。俺も充分見つけたので、もう良いでしょう」
「えっ?!」
「何を驚いているんですか。佳織さんも俺の事大嫌いなんでしょう」
「いや、わ、私は。神崎さんの事…」
どうしたんだ。急に?
「と、とにかく今日は私の買い物に付き合って貰います」
「はぁ?」
全く俺の頭ではこの人を理解するのは不可能なようだ。
それから二時間程、三つのデパートの中に有る色々なテナントを連れ回され、そして俺の手には彼女の買った洋服やバッグの袋が三つもある。どうなっているんだ。
「神崎さん、お昼も過ぎました。食事にしましょう」
「それはいいですけど」
連れて行かれたのは、俺が御手洗さんを連れて行った松濤にあるイタリアンレストランだ。何でここ知っているんだ?
「ここで宜しいですか」
「ええ、いいですけど」
「ここは大学時代、友人と良く来たんです。とても気に入っているレストランの一つです」
「そうですか」
俺達は、テーブルに案内され、注文を終えると
「あの、神崎さん」
彼女が急に下を向いてしまった。
「はい」
「わ、私と結婚を前提にお付き合いして頂けないでしょうか?」
「はぁ?だって佳織さん俺の事大嫌いじゃなかったんですか?」
「はい、いえ。確かに最初の頃は、そういう思いもありました。でも今は神崎さん、龍之介さんの事で心が一杯なんです」
「どうして、そんな事に」
「前回の事です。私はあなたを堅物な単なる仕事人間位にしか見ていませんでした。でも帰り道、暴漢二人を一瞬でやっつけて。そ、それに私を放り出して先に帰ってしまって。私初めてなんです。あんな経験。あれ以来、毎日龍之介さんの事を思う様になって」
おい、事実誤認だぞ。やっつけたのは一人だけだし。放り出した訳じゃない。一人でも帰れると思っただけだ。
参ったなあ。
「一時の感情じゃないんですか。時間が経てば冷静になって、俺の事なんか忘れますよ」
「忘れません!」
そこに注文の品が来た。
「さっ、食べましょうか」
「はい」
食事中は彼女は無口になってしまった。自分が言った事が間違いだと気付いてくれると良いのだけど。
食事が終わり、コーヒーが運ばれてくると
「竜之介さん」
名前呼びなってしまっている。
「はい」
「今も食べながらよく考えたんです。やはり私の心は龍之介さんの事で一杯です。叔父様に話を進めて頂く様にお願いして宜しいですよね」
「駄目です。俺には付き合っている人がいます。今回の話は金剛谷執行役にお世話になっているから佳織さんと会う事を引き受けただけの事。あなただって最初は…」
「最初なんてもう昔の話です。その人とは結婚の約束をしている訳では無いですよね」
「それはそうですけど」
「なら、私と結婚して下さい。身の回りのお世話もします。帰ってこない日が有ってもずっと待ちます。お願いします」
「ちょ、ちょっと待って下さい。どうしてこうなるんですか」
この人一度ハマると抜け出せないタイプか?
「どうもこうも無いです。今すぐが駄目なら、二年後でも三年後でもいいです。待ちます。でもお世話させて下さい」
「駄目です。先程も言いましたが、俺は付き合っている人がいます」
「諦めません」
「とにかく今日は帰りましょう。佳織さんも家に帰ってもう一度冷静になって考えて下さい。前回の事でその気持ちになるのは一時の迷いです」
「迷いじゃないです」
これはまた面倒になったぞ。相手は執行役の従兄の娘だ。
「とにかく、今日は一度帰って下さい。駅まで送ります」
「…………」
今日は覚悟だってして来たのに。でも思いだけでも伝えた。しかし付き合っている人がいるなんて。
俺は、何とか佳織さんをなだめすかし、駅まで送ると自分のアパートに戻った。無性に優香に会いたくなった。直ぐに連絡を入れると五分も経たない内に俺の部屋にやって来た。
「今日は会えないかと思ったのに」
「優香、いいか」
「えっ、いいけど。シャワー浴びさせて」
「いやそのままでいい」
どうしたんだろう。まだ午後二時過ぎなのに。
堪らないこの感覚。最近少なかったから。りゅうもっと。
もう午後五時を過ぎていた。
「ごめん。急にしてしまって」
「ううん、嬉しいよ。でもどうしたの?」
「ちょっと、優香の事ばかり考えていたらしたくなった」
「ふふっ、そういうことならいいわ。夕飯作ろうか」
「悪いな」
「そんな事言わなくてもいいのに」
それから一度シャワーを浴びて夕食を食べた後、またした。もう午後九時になってしまった。
「送るよ」
「良いわよ。近いから」
「でも送らせてくれ」
「うん、分かった」
俺は優香を部屋まで送って行った後、考えた。忙しいが、こんな話になるのは仕事に支障をきたすだけだ。やはり優香との事をはっきりさせるか。そうすれば仕事に集中できる。
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