正月の実家は大変な事になっている
今年も仕事納めになった。実家には、明後日の大晦日に帰る予定だ。優香は、毎週土曜日、俺が仕事に出ていた所為で、ご機嫌斜めだったが、今日、明日と俺の部屋に居て良いと言うと大分機嫌を直してくれた。
しかし、彼女と俺の関係はいったいどう理解すればいいんだ。付き合っている事には間違いないだろう。
お互いが一緒にいて居心地がいいと分かっている。今日も朝から俺の所に来て洗濯物を洗濯機に掛けた後、朝食を作ってくれている。コーヒーだけは俺が淹れているが。
「出来たわ。食べましょう」
「ありがとう」
「お礼なんか今更でしょ」
「でも、最近こうして落着いて会う事も出来なかったからな」
「ふふっ、だから今日と明日と明後日の午前中まではずっと一緒だよ」
「ああ。ところで優香、自分の部屋は大丈夫なのか?」
「私の部屋。ああ、毎日掃除もしているし、洗濯もしているから問題ないよ。昨日出た洗濯物は、今りゅうのと一緒に洗っているし」
ゴフッ、ゴフッ。
「俺のと一緒?」
「いけなかった?」
「いや、優香の洋服を俺のなんかと一緒に洗ったら嫌だと思っていたから」
「そんな事有る訳ないでしょ」
「そんなもんか」
「そんなものよ」
優香の実家も俺の実家もここから近い。両方の実家もここから一時間も有れば行ける。それだけに正月に実家に帰るという思いは無かった。ちょっと戻るという感じだ。
優香が俺の部屋を掃除して洗濯物をベランダに干している。俺の下着と一緒に優香の下着も掛かっている。この状況をどう考えればいいか分からないが、何となく落ち着くのは気のせいか。
一通りの事が終わると
「ねえ、実家には何日までいるの?」
「三日に帰って来ようと思っている。四日から仕事だから」
「そうか、私の会社は、のんびりしていて開始は翌月曜日から。スナックも同じ。だから私一人なの」
何が言いたいのかは分かるが…。
「だから、りゅうの部屋に居て良いかな日曜まで」
四日は木曜日だ。何処の会社も仕事始め。いきなり全開は無いだろう。
「でも、俺が会社に行っている間は、やはり一人だぞ」
「ううん。りゅうの部屋だったら一人じゃない」
「そんなものか」
「そうだよ。四日の仕事始めの日は、遅くまで仕事しないでしょ。ご飯作って待っているから」
「分かった」
この日は、夕飯を少し贅沢にしようと渋谷のストアまで買い物に出かけた。この街にも有名なスーパーはあるが、気分も違う。
そんな二日間を過ごした翌大晦日の午前中。
「じゃあ、出かけようか」
「えっ?」
「私は自分の実家、りゅうも自分の実家よ」
「あ、ああ。そう言う意味か」
焦った。俺の実家に来るつもりかと思った。
「じゃあ、三日の夜に来るね」
「三日か。ちょっと待った」
俺は机の中から合鍵を出すと
「俺がいないと入れないだろう。これ持っていてくれ」
「これって。いいの?」
「渡すのが遅すぎた位だよ」
「嬉しい、りゅう」
いきなり抱き着かれた。
また一つりゅうに近付けた。とうとう合鍵を渡して貰えた。今の仕事が落着けば…。
駅まで一緒に行くと途中の駅で優香は電車を乗り換えた。俺も渋谷で乗り換える。
「じゃあ、りゅう。三日に」
「ああ」
俺の心の中に彼女の居場所が段々大きくなってきている。はっきり言って、俺は彼女の事を好きになっているんだろう。
だけど、もし彼女を好きだという感情を俺自身が受け入れてしまったら、彼女に伝えてしまったら、今度はいつ裏切られるかという怖さだけが残る。
最初はいい。でもそれが時間と共に過去と同じ事が起きるんじゃないかという怖さ。だから好きという感情は抑え込んでいた方が、俺と彼女の関係にはいいんだ。
考えている内に実家に着いた。立派な門松が玄関に飾られている。
「ただいま」
直ぐに母さんが出て来た。
「お帰り龍之介。お昼は?」
「まだ」
「良かった。今から食べる所よ。早くダイニングに来てね」
「うん」
もう三十になっても母さんの前では子供だな。
夜は、父さんと久々に一緒に酒を飲んだ。
「龍之介、随分仕事が忙しい様だが」
「ああ、ちょっとね」
「そう言えばお前、今年三十、勤めて八年だ。役職には付いたのか?」
「うん、今、開発部長やっている。部下は八十人位かな」
「なに?開発部長。何の開発部長だ?」
「うん、商用AIの開発部長。今年十月で正式に商用AI事業推進本部が出来て、俺はその開発部長」
「商用AIって、今メディアで騒いでいる奴か?」
「そうそれ」
そう言えば、実家で仕事の話なんか全然しなかったしな」
「しかし、あれは○○通の製品じゃないのか。お前は確か別の会社に入ったんじゃなかったのか?」
「ごめん、言ってなかった。五年前に部ごと転籍させられて」
「そうか、言うきっかけが無いのは仕方ないが、そういう事は親には話しておいてくれ」
「うん、これからそうする」
「ねえ、龍之介。あなた武石さんのとこのお嬢様と付き合っているの?」
「えっ?!」
「なんでそんなに驚くの?」
なんで母さんが優香の事知っているんだ。そう言えば、夏の旅行の時。でもあの時は…。まさか!
「いえね。久々に文香さんから連絡が有ったのよ。もう二ヶ月くらい前かしら。あなたも知っているでしょ。同じ一橋大の文香さん」
「知っているも何も、母さんの大の友達じゃないか。結婚式にも呼んだろ。忘れるわけがない。ってどういう事だ?」
「龍之介が、文香さんの家に言って、お嬢様の優香さんとお付き合いしているって言ったらしいのよ」
なんと。まさか。母さんに話が漏れているなんて。それも二か月前に。これは不味いぞ。
「龍之介、前に夏に旅行に行くって言って優香さん連れて来たわよね。今お付き合いしている人だって紹介してくれたじゃない」
「…………」
不味いぞ。これは本当に不味いぞ。
「なんだ、龍之介、仕事もしっかりやっているようだが、そっちもしっかりやっていたのか。これで安心だな母さん。文香さんの娘さんなら心配のかけらもない」
「ふふっ、嬉しいわ。龍之介。優香さんは美人だし。早く孫の顔が見たいわ」
な、なんて事を言うんだ。母さん。しかし付き合っているのも事実。仕方ない。
「確かに優香とは付き合っている。でも結婚とかは考えていない。それに今の仕事は思い切り忙しいんだ」
「忙しいと言ってもどこかで区切りは一度着くでしょう」
その後は父さんと母さんが二人で盛り上がっていたが、俺は相槌を打つしか無かった。
久しぶりに実家の広い風呂でゆったりと湯船につかりながら
やっぱりこうなったか。優香も実家で同じ話されているのかな。優香は喜んでいるかもしれないけど。
チラッとだけ金剛谷執行役の姪の佳織さんの顔が浮かんだが、あの人は全く関係ない人だ。
だがこのままだと…。しかしなぁ。優香だって、三年も有れば俺に飽きて、どこかで俺よりいい男と巡り合えば、俺の知らない間にそっちに行くに決まっている。やはりこの話は、無しにしないとな。
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