忙しさの中で
名古屋にある企業の商用AIの導入が進み始めた事を受けて、関連及び傘下の企業も導入の方針を打ち出した。
予定通りだが、現状の第二開発課だけでは、要員不足になり他の部からも応援を呼んだ。実質的な社内移動である。
その対象になったのはパッケージソフトの導入経験があるERPビジネス推進事業本部からだ。
ERPビジネスは○○通本社のパートナー企業が導入のほとんどを担っている為、要員が余っていた事もその一因だ。
これについては金剛谷執行役も合意せざるを得なかった。しかし、俺から見ても自分の事業部が縮小されるのは面白くないと思っている事がよく分かる。
俺も、導入を決定した関連及び傘下の企業への対応で、社内に居るのは週に二日程度になってしまった。おかげで土曜日は毎週の出社だ。
そんな中、金剛谷執行役から連絡が入った。次の日曜日空いているかという問い合わせだ。
普通なら断るが、相手が執行役だ。それも俺の開発部に人を出してくれた人だ。無下に断る訳には行かない。
十二月第二日曜日。午前十一時半に見附にある指定されたホテルの最上階にあるレストランに来た。入り口で俺の名前を言うと
「お連れ様がお待ちです。こちらへ」
案内されたテーブルに近付くと金剛谷執行役と一人の女性が立ちあがった。身長は俺と同じ位だ。髪の毛が腰まであり、大きな切れ長の瞳、スッとした高い鼻、赤いルージュが良く似合う少しプルンとした可愛い唇。胸は少し控えめだ。見るからにお嬢様と言う感じ。
「金剛谷執行役、お待たせしてすみません」
「いや、我々が早く来ていただけだ。早速だが紹介しよう。金剛谷佳織だ。私の従兄の娘だ」
「初めましてお目にかかります。金剛谷佳織です。叔父様がお世話になっていると伺っております」
「初めまして。神崎龍之介です。金剛谷執行役には俺の方こそ並々ならぬ助力を頂いています」
「二人共座らないか。立っていては、話も出来ない」
叔父様から会って欲しい人がいると言われて来たけど、身長も私と同じ位。私は百七十センチだから、控えめのヒールを履いても私が高く見えそう。
顔は、可もなく不可も無くって感じ。仕事は○○通の中でも出世頭と言われて相当に優秀な人と聞いているけど、なんか単に仕事人間みたい。まあいいや、今日は予定無かったし。
三人で席に着くと
「神崎君、今日来て貰ったのは過日君に言っていた件だ。佳織は君と同じ丸山大学卒だ。今二十七才だからどこかで会っていたかもしれないな」
「叔父様、あの大学に何人いると思っているんですか。そんな事有り得ないですよ」
「佳織さん、失礼ですが学部は?」
「文学部です」
「そうですか。それでは会わないですね。俺は理工学部なので相模原キャンパスです。丸山キャンパスには、偶にしか行きませんでしたから」
「叔父様、そういう事です」
「まあ、学生時代の事はいいとして、早速だが、食事の用意をしている。コースを頼んでいるから食べよう」
「執行役、すみません」
「神崎君、ここは社外でそれもプライベートな時間だ、金剛谷でいい」
「分かりました」
この人、話を合わせようなんて気が無いのかしら。叔父様は事業部が違うとはいえ、役員に対して遠慮が無いのね。
俺達は、ランチにしては少し多めな食事を摂りながら、執行役から俺の普段の生活を色々聞かれた。
まあ、差し支えない程度に話したが、
「神崎君の様に忙しい人間だと、生活の世話をする人も必要なんじゃないか。結婚はまだ考えていないと言っていたが、こういう時だからこそ自分の身の回りの世話をする人が必要と思うが」
「金剛谷さん、仰っている事は分かりますが、家に碌に居ずに仕事ばかりしていては、相手の方に迷惑を掛けます。やはりもう少し仕事が落着いてから考えたいと思っています」
「君は、そう言うが、あの仕事これからもっともっと忙しくなるぞ。あの仕事が落着くのは、君が定年退職になってからじゃないかね」
確かに執行役の言っている通りだ。今はまだ国内の一業種だけだが、一度その成功を他の業種のトップ企業が見れば、導入は必定。今まで以上に忙しくなる。
そして当初からアメリカやEUへの展開も視野に入れているんだ。俺が定年になった後でも忙しいだろう。
「確かに金剛谷さんの言う通りです。ですが、今は最初の導入です。絶対に成功に導かせないといけません。せめてそれが落着いてからにしたいと考えます」
「なるほど、では後二、三年だな。ならばそろそろ見つけてもいいのではないか。佳織は気立てもいい、容姿もこの通りだ。勿論外国語も堪能だ。君のこれからの仕事、立場を支えて行けると思うが。考えてみてくれないか。佳織も良いだろう」
「叔父様、大切なのは神崎さんの気持ちです」
執行役は俺の方を見ると
「さて、食事も終わる。私はこれから行かなければいけない所がある。二人でゆっくりと話しでもしてくれ」
それだけ言うとレストランの入口で会計を済ませて出て行ってしまった。
参ったな。予想はしていたが、ここまで話を進ませるとは。
「神崎さん、叔父様に言っている事は気にしないで下さい。私もまだ結婚なんてする気は全くありませんから」
「面白い方だな。執行役が居なくなった途端にそんな事を言うとは」
「あなただって結婚する気なんて無いんでしょ」
「ええ」
「じゃあ、話は決まりです。私は叔父様にあなたとは気が合わなかったと言っておきます」
「佳織さん、それは不味い。会った初日に何を話して気が合わないのか、後で聞かれた時に説明に困ります」
「適当に言っておけばいいじゃないですか」
「それはお嬢様理論です。我々には適当という言葉はありません。原因を正確に理解してそれがどこから来る物なのかを分析して、正しい答えを見つけなければいけません」
「ぷっ!頭の中が仕事だらけですね。そんな事言われたのは初めてです。面白い方。良いですわ。何回か会って、お互いに気が合わないという事をしっかりと認識すればいいでしょう」
「そうして頂けると助かります」
「では、早速一回目のデートとしますか。ここのホテルの庭園は中々綺麗です」
「分かりました」
とんだお嬢様だな。それも相当に我儘だ。いずれにしろ二、三回会えば終わりだろう。執行役に説明する物が得れればそれで終わりだ。
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