偶然か運命か
優香の実家から帰って来た夕方。
「優香、君のお母さんと俺のお母さんが大学時代に仲の良い友人だったというのは驚いたけど、前に言った事は忘れないでね。あくまでお母さん達が知り合いだって事で俺達には全く関係ない事だから」
少しきつい言い方かもしれないけど、この位言わないと話が勝手に進んでいく様な気がする。
「分かっている。でもそんな言い方しなくても」
「優香、俺は母さん達が勝手に事を進めてしまう事が困るんだよ。何回も言うけどそんな事考えている暇はないから」
「分かった。ねえ夕飯はどうする?」
「適当に食べる」
「私が一緒でもいい?」
「それは全然いいよ。優香、勘違いしないで欲しい。俺も君とこうして居られるのは嬉しい。でも今はこのままでいいと思っている」
「うん、分かった」
龍之介は、今は仕事をとにかく優先するという強い気持ちがある。それを邪魔するのは彼女として失格だし、将来に向けてはマイナス以外の何物でもない。今は彼を支える事だ。
「龍之介、私もあなたの仕事を応援する。がんばって」
「ありがとう。そう言ってくれると嬉しいよ」
それから、俺達は地元の中華屋さんによって、大分辛い料理を食べた。流石本格中華屋さんだ。
それから俺のアパートに戻って来た。
「龍之介、シャワー浴びて来ていいかな?」
「ああ、俺も浴びるよ」
まだ午後七時、ゆったりと二人でシャワーを浴びた後、ダイニングで口に残っている辛さをビールで再度流し込むと寝室に行った。
良かった。龍之介の言い様に少し焦ったけど、お母さん達に先走りさせない様にさえすれば、このままの生活が続けられる。
龍之介は本当に優しい人。だからそれが表れているのかもしれない。
初めての時の様に強引にすることはなく、触るか触らないかの様に触れてくる。そして私の体が高揚し始めると徐々に積極的になり最後は激しく来る。そして彼と一つになった時、私の意識は遠のいて行く。
堪らない。この感覚。龍之介を離したくない。
俺の隣に優香が横になって俺を見ている。
「龍之介、土曜日は料理作りに来てもいいかな?」
「えっ?優香って料理出来るの?」
「失礼ね。何年一人暮らししていると思っているの?」
「そっか、それは楽しみだな」
「ふふっ、じゃあもう一回しよ」
結局優香が帰って行ったのは午後十一時を過ぎていた。流石に最近は彼女のアパートまで送る様にしている。
翌日からも俺は仕事に集中した。そんな時だった。
「神崎副室長、前社の竹内泰敏さんという方をご存じですか?」
「はい、とてもお世話になった方です」
「そうですか。今日午前中営業の打合せでこちらに来るので、時間有れば昼食を一緒に摂りたいと言われているんですけど」
前の会社の社用スマホは返却しているから竹内先輩は俺のこっちのスマホの番号は分からないんだ。以前お世話になったと言ってもは外部の人だからな。でも珍しいな。
「富永さん、大丈夫です。午前十二時半に七階のカフェテリアの入口で待っていますと伝えて下さい」
「分かりました」
竹内さんが、こちらの営業を通して富永さんに連絡して来たという所か。しかし懐かしいな。
俺は午前中の仕事を終わらせると急いで七階に行った。カフェテリアの入口で竹内先輩が待っていた。でもその横の女性は、頭をゆっくりと下げてお辞儀をしている。そして顔を上げると
まどか…。
俺は竹内先輩だけを見る様にして
「先輩お久しぶりです」
「神崎も元気そうだな。偉く出世したそうじゃないか?」
「出世じゃ無いですよ。こき使われているだけです」
「はははっ、まあいい。そうだ。こっちは知っているよな西島まどかさん。今は俺の課にいるんだ。用が有って一緒に来て貰った」
「そうですか。先輩それより早く食事をしましょう」
「そうだな」
俺達は、窓際の見晴らしのいい四人掛けのテーブル席に着いた。俺の前に竹内先輩、先輩の横にまどかが座っている。俺達は食べながら
「竹内先輩、今日はどうしてここへ」
「ああ、りゅう達がここに移籍した後、残った開発者は別の開発部に行くか営業に行くか選ばされてな。俺は営業を選んだ。そこに西島さんがセクレタリで居たという訳だ」
「そうだったんですか。営業って何を?」
「もちろん商用AIに決まっているだろう。俺は今の会社に入ってそれだけしかやってこなかったからな」
「なるほど、技術知識のある人が営業に行けば喜んでくれますね」
「その通りと言う訳だ」
まどかは俺の顔をじっと見ている。三十分位竹内先輩と話した後、
「神崎、この後、もう一人会いたい人がいるんだ。一人で会いたいから西島残していく。話でもしてくれ。西島、午後一時半にゲートの外で待ち合わせだ」
「はい」
竹内先輩が席を離れた後、少しの間、二人共話さなかった。
「りゅう…」
「まどか、偶然というか、何とも言えないな。お前とまた会う事になるなんて」
「りゅう、急がないけど、返事を聞いていない」
「知りたいか?」
「怖い…」
「まどか、友達としてならいい。会う事もしよう。でもあくまで友達としてだ。それ以上にはならない。それでもいいなら」
「嬉しい。りゅう嬉しいよ。本当は泣きたいけど我慢するね。スマホでまた連絡できるかな?」
「まどかの連絡先はブロックしていない」
「!」
信じられない。あれで終わったと思った。そして偶然レストランで会って、そして話して、またここで会って、友達としてなら会ってもいい。スマホのブロックしていないと言ってくれた。
我慢出来ない。私は急いでバッグからハンカチを出して目頭を押さえると下を向きながら
「りゅう、ありがとう。約束は絶対に守る」
「まどか残念だけどもう時間だ。俺も早く戻らないといけない」
「うん、出ようか」
裏切られたとはいえ、一度は結婚まで考えた女性。そしてその裏切りは、決して本人が望んだものでは無かった。その事で俺の心は揺らいだ。
でも会わない事で忘れていた感情が蘇った。だから友達としてなら会うと言ってしまった。
早々には会えないだろうが、彼女のメンタルには大分良かったんじゃないか。もう良いだろう。時間は経っている。
私はテクノロジーラボのゲートに行くと竹内さんが、外で待っていた。
「どうだった?」
「はい、友達としてならいいと」
「良かったな西島」
「はい」
俺は、りゅうと西島の事はほとんど知っている。渡辺と西島の事も。でもこれは上層部からかん口令が敷かれ、一切他言無用となった。
上がどんな考えでそうしたかは分からないが、社員は従うしかない。渡辺がちょっかい出した他の課の女の子の名前は暴露されたのに。
まあ、それでもこの子は仕事は出来るしよくやる。俺としても助かっている。だから俺がテクノロジーラボに来ることになった時、スケジュール管理をしている西島から頼まれた。無駄になるかもしれないけど一緒に連れて行ってくれと。
連れて来た甲斐は会ったようだ。
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