諦めない元カノその三
俺は、御手洗さんと約束した午前十時十五分前にハチ公前交番の前で待った。少し早かったので、通りゆく人を見ていると彼女が地下からエスカレータで上がって来た。俺に気付いて、
「おはよう、りゅう」
「おはようございます。御手洗さん」
「りゅう、二人だけで居るのになんでそんなに固いの?」
「固いって?」
「話し方」
「だって、御手洗さんとは同僚という関係だけなので」
「酷いなあ。夏休みから帰った日に連絡しなかった事そんなに根に持っているの?」
「えっ、全然関係ないですよ」
あんな事早く忘れたいんだけど。
「じゃあ、せめてため口で行こうよ」
「分かりました」
ここは単刀直入に事を進めるより、
「りゅう、映画でも見ない?」
「いいですけど」
なんか最近、映画見る事を多いな。
俺達は、道玄坂にある映画ビルに行くと
「りゅう、見たい映画有る?」
「特にないですね。御手洗さんの好みでいいですよ」
「じゃあ、あれ」
指差したのは、有名な女優がリボルバー銃を持って戦う奴だ。最新の映画だ。自動発券機で空きシートを見ると次回上映はほとんど席が空いていない。仕方なく
「この次の上映にしようか」
「いいですけど、終わるの夜になりますよ」
「りゅう、夜何か用事あるの?」
「無いですけど」
「じゃあ、決まり」
俺達は映画ビルの地下にある飲食店は止めて、散歩ついでに松濤にある少し離れたイタリアンレストランに行った。どうせ時間潰さないといけない。
「りゅう、ここ知っていたの?」
「まあ。学生時代に来たことがある位でまだ続いていたんだって感じ」
「そうなんだ」
私が学生の頃、こんなイタリアンレストランなんてとんでもなかった。大学以外はバイトだった。でも素敵なお店。
俺達はスパとパスタ、それにお昼だけど白ワインを一杯ずつ頼んだ。この位なら問題ない。
注文の品が来ると
「嬉しいな。りゅうとまたこうして一緒にいれるなんて」
「…………」
なんて言っていいか分からない。
食べている間も御手洗さんが、ほとんど一方的に話した。俺はそれを聞いて相槌を打つって感じだ。
りゅうは、食事中、ほとんど話さなかった。何とか気分盛り上げないと、まだ時間はある。食事が終わると
「りゅう、映画までまだ時間がある。散歩しよ」
「そうだな」
それから俺達はNHKの方へ歩いて行った。流石にここもだんまりは良くないと思い、散歩しながらお互いの大学時代の事を話した。もちろん彼女は彼氏の所は省いていたけど。
適当な時間になったので映画ビルに戻ってチケット予約した映画を見た。有名な女優のアクションが大変上手くて結構面白かった。
映画ビルを出るともう午後七時になっている。
「りゅう、食事しない?」
「いいよ」
よし、今まであまり盛り上がらなかったけどここからが本番だ。上手く話さないと。
俺達はそのまま道玄坂沿いにある小綺麗な居酒屋に入った。最近は半個室が多い。オーダーは、今はタッチパネルだ。まあオーダーミスも無いから助かるけど。
お酒と食べ物が順次出て来てそれを食べながらさっきの映画の話をしていると、途中から御手洗さんが話を変えて来た。
「りゅう、本当はね、旅行から帰った日、夕食を摂った後、連絡しようと思ったんだけど、夕食の時、お母さんからお見合いの話が出て」
「…………」
何を言いたいんだ。
「りゅうも知っている通り、我家は生活に余裕がある家じゃない。特に私が高校時代は結構苦しかった。だから大学も本当はりゅうと同じ大学に行きたかったけど、国立に行くしかなかった。今は、そうでもないけど。
お母さんは私が社会人になって稼げるようになったら、私にお婿さんを取らせて自分達の世話をみて貰おうと考えているらしいの。
だからそのお婿さんに来てくれる人とお見合いをしろって言うのよ。
その話を聞いた時、ちょっと頭に来て、それでりゅうと冷静に話せないだろうと思って連絡出来なかった」
なるほどそういう事か。でもそれって俺になんか関係しているのか?
「私は、もう一度りゅうとやり直したい。付き合いたい。それに私は、親の面倒を見る為に結婚なんかしたくない」
少しお酒が回っているのかな。なんか、話の雲行きがおかしくなって来たぞ。
「だから、お願い。友達からでもいい。また付き合って欲しい」
「友達と言う意味ならこうして会っているけど」
「じゃあ、もっとその先に行きたい。この前の夏休みの様に」
なるほど、そう言う展開か。
「御手洗さん、残念だけど俺は君と恋人関係に戻るつもりは無い。この前の夏休みも二人で行きたいというから割り切った。それだけの事」
「じゃあ、りゅうはあれだけの事をしても私に何も感じなかったの?」
「そんな訳はないよ。とても楽しかったし。御手洗さんがとても素敵に見えた。でも時間が経てばその熱も冷める」
「やっぱりあの時連絡しなかったのがいけなかったの?」
「そんな事はないけど」
「お願い、りゅう。私を見てくれるチャンスが欲しい」
そう言われても何をどうするって事だし。
「そういう事言われても返事のしようがないよ」
「じゃあ、これからでも行って私をもっと知って?」
「えっ?!」
「だから…」
「いやいや、何を言っているんですか。こういう話をする事が目的で俺を誘ったのなら、今日はもう終わりにしましょう。俺、御手洗さんとそういう事するつもり無いから」
「駄目なの?」
「御手洗さん、お酒が回っているんですよ。今日はもうこの辺にしましょう」
「やだ!」
また始まったよ、この人の我儘。さて、外じゃないし、これは連れ出すのが大変だぞ。
「お願い、今日だけでもいい。この前の夏休みの様にして」
「駄目です。もう出ましょう。外の風に当たれば少し冷静になります」
もう九月も終わりだ。夜風は丁度いいだろう。
「外に出て夜風に当たって、頭が冷静になっても同じ事考えていたらしてくれる?」
とにかくここを出る事だ。
「分かりました。取敢えず出ましょう」
「うん」
りゅうを離す訳には行かない。誰にも取られる訳にはいかない。今日は何とかしないと。
俺が精算して店を出ると
「うん、大分冷静になったよ。さっ、行こうかりゅう」
「そうだね」
俺は駅の方に向かおうとするとがっちりと腕をホールドされた。
「こっち」
「こっちです」
俺は力任せに彼女を駅の方に連れて行こうとするといきなり俺の前に回って抱き着いてて来た。
「ちょっと、人が見てますよ」
「いい、そんな事いい。りゅう、行こう」
「行きません。離してください」
「だめ、りゅうが行くって言わない限り」
参ったな。とにかくこれを解かないと。周りの人がジロジロ見ているよ。
「分かりました」
「ほんと?」
体の締め付けが緩んだ隙にさっと離れて手首を掴んで
「さっ、行きましょう。駅に」
「ばか、ばか。私がこんなにお願いしているのに」
「御手洗さん、俺とあなたがする理由がないでしょう」
「遊びでもいいよ」
「えっ?!益々駄目です。さっ、帰りますよ」
「…………」
彼女は諦めたのか、やっと俺と一緒に駅の方へ歩き出してくれた。
俺は、彼女を東横線の乗り場までしっかりと送って行って、彼女が乗るのを確認してから、俺も自分の路線に向かった。
しかし、どうしたものか。仕事に差し支えが出ないと良いが。
りゅうとせっかく会えたのに、彼の心は全く閉ざされたままだ。彼は私の体にも興味が無い。夏休みで少しだけ開いた扉が閉じてしまった。あの時、連絡していれば。
でもあの時を悔やんでも仕方ない。今は、とにかくこうして会う事だけでも続けて、彼の心の中に少しずつ私を染み込ませていくしかない。そしてまた夏休みの様なきっかけが有れば…。
大学最初の頃の一時の失敗でこんなにも距離が開いてしまうなんて。りゅうは恋人を作る気が無いのかもしれない。彼がかつて言っていた
『好きになってもどうせ離れていくなら彼女なんて作らない方がいい。大学出て、仕事して親が決めた女性と結婚すればいい。愛情なんていらないって思ったよ』
もし、それが彼の心の底にあるなら、彼が恋人を作らないのは私の責任。でもそうならば時間はあるという事だ。なんとしてもその心の底にある思いを溶かす必要がある。
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