夏休みが明けて
俺は、夏休みが明けてテクノロジーラボに出社した。ここに来たばかりの時は、室に一日中閉じこもりの日々が続いたが、今は半日くらい室に居て商用AIクラウド化の為の課題の技術的対応の設計、と言ってももう自分自身で手を動かす事は無く、恥ずかしいけど年齢的には先輩にあたる人達が作っている資料の室内レビューなどをしている。
後の半日は室長と社内広報の為の資料作りと根回し。会社が大きいといくら良い製品を提案、構築しても社内で賛同を集めなければ、いつ何時切捨てられるか分からない。その為の作業だ。
「神崎、夏休みはリフレッシュ出来たか?」
「お陰様で」
「そうか。今度のクラウド化の件については、コンプライアンス委員会への説明と担当役員への説明がある。宜しく頼むぞ」
「はい」
こんな感じで、一日が追われていた。
仕事が忙しいのは、望む所だが望まない事もある。
「りゅう、この前はごめんなさい。あの夜連絡しようと思ったんだけど、ちょっと都合が付かなくなって」
「…………」
俺は別に連絡貰わなくても良かったんだけど。
「ねえ、今度の土曜か日曜日会って」
「土曜は仕事で出社するかも知れないし、日曜は家でしないといけない事が一杯有るから会うのは無理」
「えーっ、そんな事言わないで。ねっ、お願いだから」
頭を下げて手を頭の上でお祈りするようなポーズを取っている。周りの人が何だという顔で見ている。
「御手洗さん、こういう場所で、そういう事は止めて下さい。僕室移動なので」
無理無理を言って来る彼女を無視して俺はその場を去った。
不味いなぁ。この前無理してでも連絡しておけばよかった。それで別の日にまたと言えば良かったのに。
りゅうはとても忙しい。席は私の前に座っているけど、とても話しかけられる雰囲気ではない。少し間が空くと室長が彼に声を掛ける。今も偶々廊下で会ったのに、簡単に断られた。
どうすれば彼をもう一度私に振り向けさせられるんだろう。最近は他部との打合せも多くなって来たみたいだし。
俺は、御手洗さんの魔の手?から逃れ、別の室で打合せを行った後、自席に戻った。彼女は席に居なかったので、ホッとしながら椅子に座り、直ぐに資料作成に入った。
午後八時、そろそろ帰ろうとすると、帰った筈の御手洗さんが何故か席に戻って来た。忘れ物でもしたのかな?
彼女を見ないで席を立つと
「りゅう、一緒に帰らない?」
俺は彼女をジッと見ると
「ごめん、家でする事があるんだ」
「そう、じゃあ駅まで」
「まあ、それはいいけど」
会社のゲートを抜けてビルのゲートも抜けて外に出ると
「りゅう、全然時間ないの?」
「…………」
さっき言っただろうが。
俺は聞こえなかった振りしてそのまま駅の方に歩くといきなり腕を掴まれた。
「お願い。少しでも良いから話を聞いて」
「ごめん。早く家に帰りたいんだ」
寂しそうな顔をして腕を離すと
「どうしても時間取れないの?」
「御手洗さん。君も今の俺を見てて分かるでしょう。週中はなるべく疲れを残したくないんだ。会社が終わったらオフの時間にしたいんだよ」
「じゃあ、じゃあ土日は、今月は土日以外にも休みの日があるよね」
どうしてそんなに俺に絡んでくるんだ。俺はこの人付き合う気はさらさら無いんだけど。やっぱり夏休み一緒に旅行に行ったのがまずかったのかな。
「御手洗さん、なんで君が俺にこんなに絡んでくるのか知らないけど、俺は付き合っている人がいる。だから君とは二人だけで会いたく無いんだ」
「そんなぁ!やだ、やだよ。りゅうそんな事言わないで。私はあなたと…」
「御手洗さん、昼もそうだけど場所をわきまえようよ。じゃあ、さようなら」
「待って」
また、腕を掴んで来た。
「お願い、私の話を聞いて」
参った。根負けしたとはこの事だ。
「分かった。でも今日はもう遅い。食事もしていないんだ。今度の休みにしよう」
「ほんと、本当に今度の休みに会ってくれるのね」
「ああ、でも会える日はこちらから言うって事で良いかな。近くにならないと都合が見えないから」
「うん」
やっと腕を離してくれた。俺はそのまま駅に体を向け歩き始めると、彼女も隣で一緒に歩き始めた。
駅に着いて、乗る電車も違うので何も言わずにそのまま別れた。
参ったな。どういうつもりだろう。付き合っている人いるって言ったのに。でも付き合っている人って?やっぱり優香になるのかな?一瞬だけまどかの顔が横切った。
御手洗さんに口ではあういう事を言ったが、毎日出社すれば嫌でも御手洗さんと顔を合わせる。一週間経ち、二週間経ち、もう諦めてくれるのかと思っていたけど、三週間が過ぎた頃、朝一番の挨拶の後、
「りゅう、月曜日は休みだよね」
「そうだね」
じっと俺を見て来る。
「土日以外の休みだよね。何か用事入っている?」
そういう事か。土日は優香が近くになると必ず連絡して俺の部屋に来る。今度も俺の部屋にくるのかと思ったら、月曜日は家に戻らないといけないらしい。本当は一人で居るのもいいと思っていたが、つい口が滑ってしまった。
「いや何も」
「じゃあ、約束守れるよね」
「…分かった」
急に笑顔になった。
そして金曜日。
「りゅう、どこで会う?」
「渋谷。午前十時」
「分かった」
これで分かってしまうのも頭痛いのだが。
次の土曜日は優香が朝から来ていた。彼女に鍵を渡していないので、インターフォンを鳴らされて部屋に入れると必ずと言っていいほど、下着姿になり俺のベッドに入って来る。俺もまだ眠い時間なのでついもう一、二時間寝てしまう。そしてゆっくりと目が覚めると
「りゅう」
それがいつもの合図だ。二時間位肌を合わせた後、一緒にシャワーを浴びる。そしてちょっとだけして出るという感じだ。
「りゅう、明後日休みでしょ。前にも言ったけど、母親がしつこいの。ねえ私と一緒に実家に来てくれない?」
「えっ?!」
「りゅうの口から、まだ仕事優先だって聞いているし、私も今はそれでいいと思っている。でも母親を黙らせたいんだ。もうしつこくて」
「うーん。もう月曜日は用事が入ってしまっている」
「そっかぁ、りゅう忙しい人だからね。分かった。また今度にするね」
「悪いな」
「ふふっ、いいのよ」
優香はそれから日曜日の夕方までいて帰った。優香は悪い子でない。優しいし、俺を気遣ってくれる。容姿もいい。頭もいい。外国語に関しては専門用語を除けば俺より話せるくらいだ。
これだけ一緒に居ると情は湧くが、それが愛情にすり替わる事はない。それは俺が忙しいからなのか、別の理由が俺の心の中に有るのかは分からない。
明日は御手洗さんが、話したいことがあると言っている。聞くだけは聞くが、それで終わりにしたい。
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