一周年記念 プロローグ
「私はここで寝てるよ。どうせ暇なんだ、することが出来るまでは寝て待つ。はぁ、私がいたら子供の実戦訓練にならんとかグレンも言うようになって……。その上に私がダメで、クイナは良いとか、あいつは鬼か……」
狼は耳の芯まで腑抜けた様子でベッドに横たわり、うつ伏せで枕に垂れている。緊張感の欠片もない姿だ。
ぱたり、ぱたりと尻尾だけはたまに動かしているその姿は構って欲しそうに見えた。
「はい。ちょっと教会の仕事をお手伝いしてきます。少々遠出で帰りは明日になってしまいます。足場が悪くて馬などでは向かえない場所に行かなければないので仕方がないですよね」
手を揃え、いつもの整った様子でいる従者は見送りを前に少し浮かない顔をしていた。
きっとその理由は一時でも傍を離れてしまうことにあるのだろう。小さくハの字に寄せられた眉がその証拠で、名残惜しそうに視線が残っている。
「年少組の実戦があるからわたしも手伝ってくるの。帰ってくるのは明日になるけど心配いらないからね。わたしだって今は前と違って動けるようになったもん。そこをみんなに認めてもらってくる!」
むふんと胸を反らし、気張る少女。
猫の尾は興奮を抑えきれずにゆらゆらと左右に大きく揺れている。いつものように下手をこかなければいいがと少々不安にも思える姿だった。
「海ですわ、海。古い馴染みに誘われてしまったのです。え? 何故完全武装なのかと? それは無論、海に行くからですわ。あそこは生存競争の厳しい場。陸以上に恐ろしいものが集まっていますから」
こんこんと狐らしく微笑む彼女は飛竜に跨り、こちらを見ている。
さて、あなたはどうしますか? と問う瞳と、一人分だけ隙間を開けて座られている鞍を見れば彼女が何を求めているかはすぐに判った。
……一風変わり。
じぃっと彼を見つめる瞳がある。
獣の瞳だ。
興味と好奇心が色濃く宿り、人とマレビトの在り方を常々見つめていた瞳だ。
「いつもいつもそうやって遠くから小さなものを見下ろすだけ。ええ、それは詰まらないですよね。詰まらない。普段とは違う風景も見たくなるというものでしょう。どうです、それが叶う商品、欲しくありませんか? ああ、ボクはただの商人ですよ。求められる商品を用意し、売るのが商人であり、ボク。それ以上でもそれ以下でもないのでご安心を。ここに必要なのは対価と商品の二つだけです」
飄々とする人間の子供がいる。
たまにこの館などを訪れるそいつは歩み寄ってきたかと思うと妙なことを言う。伏して休んでいた竜は頭をもたげ、意味ありげな薄い笑みを見つめるのであった。
常日頃から働き漬けだった彼はこの日、周囲の人が示し合せて用事を開けてくれたことで本日ばかりは休日である。
何をしても良いし、何もしなくてもいい。きっと一年に一度くらいの自由な日だろう。
手元に残っている選択肢は計五つ。
リズ=ヴァート・サーヴィ
クロエ・リスト・ウェルチ
クイナ・マー・リュート
キュウビ・バイツェン
ティアマト
何もしないで過ごすなんてもったいないことはできないので、今日一日は彼女と共に過ごすことに決めたのだった。
今回のお話は6月1日に複数回更新となります。
その時間帯に合わせての物語を投稿していきますが、いつ更新されるかは秘密です。
普段の一話よりは若干短いですが、全部を合わせればいつもよりはずっと多いのでお楽しみに!




