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獣医さんのお仕事 in 異世界  作者: 蒼空チョコ
異世界召喚編

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49/62

 番外編 調査と全裸ファンタジア 中編

 


 採集したヘビなどを一度村に置いてきた風見達は薬草の丘へと向かった。

 その途中ではあれはこんな効能が。これにはこんな効能が。とクロエが大活躍して草や木の実の説明していた。

 彼らは血止めや化膿止め、虫下しに関するものは特に採集しているようである。

 


「お、これってまさかニガヨモギってやつか? 確か胃薬とか駆虫薬に使えたはずだよな? ちょっと味見してみようか」

「いえ、それは毒草です」

「げっ……!?」

 


 いつまでも果てしなく続く学者同士の会話にリズとクイナは興味もなく、山道をただただ歩いていた。

 


 そんな中、丘近くとなって木々や茂みが減ってきた時、リズはふと周りを見回してからクロエを見つめた。

 すでにあの薬草話は終わっている。

 


「ふぅむ……クロエ。一つ気になるんだがシンゴはどこに行った?」

「えっ!?」

 


 言われてからクロエも気付いたのか急いで左右を見回したのだが彼の姿はない。

 二人してクイナを見て所在をたずねてみるが、彼女も「わかんないです」と首を振ってくるだけだ。

 


 ……彼は迷子ったらしい。

 


「前々から思っていたが自然でのあいつの隠密技術は凄いね。いつの間に消えたのかも判らん」

 


 こんなところで発揮されても困るけどと言いたそうにリズは腕を組んでいた。

 


「に、匂いはどうなのですかっ!?」

 


 そこまでは隠せないはずとクロエは踏んだようである。

 しかしながらリズとクイナは揃って彼の匂いを感じていなかった。

 


「風下を取ったのか砂でも被ったのか。汗一滴の匂いもないね。まあ、あれは今まで魔物にも襲われていなかったし平気じゃないかな」

「そ、そんな適当な! 風見様に何かあれば――」

「だがあいつは解剖刀を操るのは上手いし、ゴブリンやコボルトを始めとして一回相手をした魔物なら血管や神経の走行も覚えている。こと、ただの獣相手なら私達以上に扱いが上手いんじゃないかな。急所打ちにかけては確実に負けるよ?」

「ほ、放って……おくのですか……?」

 


 恋人を死地に送ったような顔をするクロエにリズはすんなりと頷いてみせる。

 過剰な心配はかえって判断を曇らせると暗に言っているのだろう。

 


「必要ないさ。とりあえずこちらは予定通りに動けばいい。シンゴにもらったエーテルは持っているのだろう?」

「……持っています」

「なら問題ないね。クロエとクイナはハーピーの足止め担当だ。鎖でもいいし電気でもいい。それができたら私が岩壁で閉じ込めるからエーテルをぶち込んで終わりだ。目的地は同じなんだからそこで待てばあれもじきに来るよ」

「はい……」

 


 項垂れるクロエをよそにリズはサーベルを抜いた。

 目的の丘に到着したらしく、視界を遮っていた木もなくなる。

 


 すると目の前には城の庭のような草畑が見えたのだが、その中にはいくつか大きなシルエットがあった。

 人、人、人だ。

 


 下半身を植物に飲まれたような女性の姿が四つある。

 だが、こんな場所に普通の人間がいるわけはない。冒険者らしい装備や衣装は一切つけていない――魔物である。

 


「構えろ、二人とも。ハーピーの前座だ。まずはここから掃除するとしよう」

「アルラウネですか。ツタに捕まると厄介ですね」

「ああ。クイナにとっては相性が悪いから下がっていろ。捕まるとあの大きな下の口でしゃぶられるよ?」

 


 リズが刃で指すのはアルラウネの下半身だった。

 


 球状に寄り集まったツタの集合体だろうか。

 それにはハエジゴクのような口がついており、ぐぱっと開いた折には透明な溶解液が散る様がよく見えた。

 


 アルラウネはあんな容姿で男をたぶらかす。

 男の方も魔物相手なら好きにできるからあわよくばと近付くが、大抵はいちゃついている間に武装解除され、ツタを巻かれてしまう。

 


 ツタで雁字搦めにされた獲物はあの下半身でゆっくりと消化されるのだ。

 生きながらに溶かされ、食われる――そんなビジョンが脳裏によぎったクイナはリズの言葉に無言でこくこくと頷き、身を抱くようにして一歩引き下がった。

 


 バンカーシールドではどうやったって相手はできない。

 拳もまたしかりだろうとリズはクロエに視線を投げた。

 


「クロエはツタを引き千切れるかな? なんならナイフをやるよ」

「問題ありません。捕まったとしても鎖で寸断できます」

「おや、ご立派。頼もしい限りだね」

 


 小さい頃に誰もがやった草相撲の要領で千切るそうだ。

 ならばお互いに救助は必要ない。リズは攻め重視でいこうと決めるのだった。

 


 


 


 □

 


 


 


「あっれ、おかしいな。俺はいつの間に迷子ったんだっけ?」

 


 前も後ろも確認するが女性陣の姿がまったくないことに気付いた風見は小首を傾げた。

 そういえばいつの間にか道もない森の中を突っ切っていた気がするのは気のせいだろうか。

 


「なあ、ここがどこだか判るか?」

 


 風見はとりあえずさっきキャプチャーした大きな大根サイズの動く植物――ピクミンと呼ばれるあれによく似た変なものにたずねる。

 


 茶色い体だ。木の根を人型に結った人形のようである。

 二股に別れた根で器用に歩いていたところが面白く、よく観察していたら隙だらけだったのでつい、わしっと捕まえてしまったのだ。

 


 言葉が通じた感じはない。

 根にべたりと貼り付けられたビー玉サイズの目玉はじっとこちらを眺めてくるだけだった。

 


 なんだかウーパールーパーのようなトロいものと睨めっこをしている気分になり、彼も途中でお遊びをやめてしまう。

 


「ですよねー」

「デズヨネェー」

「うおっ、喋った!?」

 


 驚いて落としてしまったのだが、その変なナマモノは見事に着地する。

 


「デズデデデズデズヨネネネネェー」

「夜にこんなのがいっぱい出たら怖いな……」

 


 九官鳥みたいなものなのか、それともファンタジックに言うと木霊コダマなのだろうか。

 よく判らないがこの声につられたように同じものが周囲からわらわらと集まってくる。

 これは何か危険そうと判断した彼はこの場を離脱することにした。

 


 幸いあのナマモノは足が遅いので簡単に撒ける。

 


「ええと、太陽があっちの方角で斜面がこっちに向いているならこの方向をまっすぐ行けばいいな」

 


 歩くのに邪魔な枝やツタは解剖刀で払いつつ、どんどん進む。

 すると木々はまばらとなり、茂みも少なくなってきた。

 目的の丘が近づいているのだろうと判断した風見は皆と早めに合流しようと急ぐのだが――

 


「ん?」

 


 不意に視界の端を掠めた奇妙な草に目を引かれた。

 もっさりと茂った葉は一枚一枚も大きく、僅かな日差しをしっかりと受け取ろうとしている。

 


 そういえばさっき捕まえた大根的なナマモノの頭部にも似たような草が生えていた。しかしこちらの方が青々としていて若い感じがする。

 クロエの話によるとここはマンドレイクの産地でもあるという。

 


 となるとこれは――

 


「未熟なマンドレイク……なのか?」

 


 マンドレイク、マンドラゴラと呼び方はいくつかあるらしく、アルラウネも元は同じだという。

 それと完熟したマンドレイクは自分で地面から這い出し、歩き回るらしい。

 


 なんとなくこれを引き抜いて確かめてみたい衝動に駆られたが、風見は踏みとどまった。

 マンドレイクを引き抜いた時の絶叫は抜いた者を死に至らせるほどのデスボイスと有名だ。軽く音響兵器の域である。

 


「欲しいんだけどなぁ、マンドレイク」

 


 実在するマンドレイクもあるが、これは伝説上のマンドレイクだ。

 その薬効くらいは風見としても確かめてみたい。

 


 確か伝説ではこれを使って不老不死になる薬を作ったなんてものもあったくらいなのだからそれなりの効能はあるはずだろう。

 これの入手法は紐をつけた犬に引かせるなどがあったのだが、それをするのもかわいそうだ。

 


「犬っていうとリズだけど……こっちも無理か」

 


 最初は彼女の首に縄を付けた想像図だったができそうもない。

 というか大人しく首に縄をつけさせてくれるのだろうか、彼女は。

 


 次に彼女に律法を使って取ってもらう図も想像したがこれも絶叫がいくらか耳に入ってしまいそうな手法である。

 もう少し考え、何かしらの手段でこれを手に入れたいところだ。

 


 と、そんな時だ。ギィエェェッ!! とかなり大きめな悲鳴が近くから聞こえた。

 耳を澄ませてみれば激しく腐葉土を踏む音と、戦闘音のようなものも聞こえる。

 


 恐らくはこの先でリズ達が戦っているのだろうと思い至った風見は急いでそちらの方向へと走った。

 茂みをかき分け、木の枝のカーテンを超えるとそこには――

 


「みんなっ、無事――むねっ!?」

「あぁっ……!?」

「おっと?」

 


 風見が茂みを抜けてきた途端、飛んできたのは全裸の女性――ではなくアルラウネだった。

 ちょうどリズがアルラウネの下半身を切り飛ばし、回し蹴りで思い切り遠くに蹴り飛ばしたところに運悪く(?)風見が飛び出してきたのである。

 


 そんな突然なので彼は避けるも受け止めるも無理で押し潰されてしまった。

 


「ちょっ、やわら……重いっ!」

 


 顔にむにむにとくる何かの感覚。

 それにハッとして体を離すとそこにあったのは女性のあられもない姿なわけで。

 


 上半身はともかく下半身にはツタが絡まり、膝があったであろう場所はバッサリと断絶されていて何もない。

 痛がってはいないし、しかもそこからは緑色の体液が漏れていることから人間でないことは風見にもすぐに判った。

 


 ――むにむにと吸い付くような肌の感触だけは本物なのに……!

 


 いつまでも身を任せておきたかったが、周囲の女性陣からくる視線に乗る感情に変化の兆しが見えたため、風見は泣く泣くアルラウネを押しのけた。

 


「こ、この人は魔物なのかっ!?」

「アルラウネ。立派な魔物だよ」

「全裸ファンタジア……」

 


 女性型モンスターといっても山姥を始めとして美人とは限らないのが現実と思っていたのだが、それがいい意味で裏切られた風見は震撼していた。

 


 白くて細い肩。

 なよっとした華奢な体。

 保護してあげないとすぐ折れてしまいそうな花を思わせる美女に心が動かない男なんていない。

 


 ちなみにアルラウネの四女はロリ、中学生くらい、高校生くらい、大学生くらいと年齢層を網羅していた。最強すぎる布陣である。

 幻想郷はここにあった。

 


「人間から家畜まで何でも捕食して豊富な栄養を得るとマンドレイクを産む。残っているツタでも首に絡まれば絞め殺されることもあるから早めに処分してしまえ」

「しょ、処分しろって言われてもな……」

 


 改めてアルラウネに視線を戻す。

 彼女は丘に上げられた人魚みたいにすがりついてくる。もしかしたら助けを乞いているのだろうか。

 


 すがりつかれる腕が幸せな感触だ。

 ……煩悩退散。

 


 嬉しいがやめてほしい。女性陣がいる前では特に。

 なんて思って複雑な顔をしていると、クイナからの視線がなんだか虫を見る目に変わってきたっぽい気がした。

 


 今まで築いてきたなけなしの地位も崩れているのが判る。

 だが、むやみに殺したくない気持ちも真実だ。風見はリズに問いかける。

 


「目的はハーピーだ。攻撃されないなら戦闘はやめないか?」

「残念ながら攻撃されてないのは――ほら、この通りシンゴだけだよ。こいつらがいると捕獲の邪魔にしかならない」

 


 その他三匹のアルラウネとある程度距離を置いていたリズに一本のツタが鞭のように振るわれたのだが、彼女は一刀のもとに切り落とした。

 落とされたツタはヘビの如くのたうち、やがて静かになる。

 


 彼女が話に意識を向けた隙を狙ってきたのだろうか。

 大人しい顔をしているがアルラウネも人間を捕食しようとする魔物をしっかりとやっているようだ。

 


「…………、」

 


 その隣ではクロエにも数本のツタが襲い掛かっていたのだが彼女は一本を全力でむしり取り、アルラウネに悲鳴を上げさせていた。

 


 それどころか逃げるツタも余すところなく捕まえると容赦なく千切る。

 うつむき加減で彼女の顔は見えないが、手や体がわなわなと震えているのが見えた。

 


「……判った。なら俺だけでハーピーを捕まえよう。こいつらはここに根を張っているだけだし、土地を荒らしにきた俺達が殺したらかわいそうだ」

「お、お優しい限りで何よりです、が……!」

 


 クロエは何か言いたそうに腕に絡みついたツタをぶちぶちと千切りながらうつむいていた。

 何か彼女からはいつも以上に黒いオーラが立ち上っている気がする。

 「私が……私の方がっ……! その場所は……!」とぶつぶつ言っているが聞かなかったことにしようと風見は心に決めた。

 


「それは構わんが、シンゴだけで捕獲できるか?」

「見つけてみないことにはな。とりあえずここを離れてハーピーの寝床のうろを探そう」

「はいはい、判ったよ。ならさっさとそれを捨てていくぞ?」

「あ、ちょっと待った! 植物だからくっつくかも知れないし切れたところに寄せてやってからだ」

「やれやれ、まったく物好きだね。それは魔物だよ?」

「魔物でも生き物だ」

「医者の鏡だね。尊敬する」

 


 呆れの視線を受けながらも風見はアルラウネをお姫様抱っこで運ぼうとする。

 しかしそれをすると胸部が否応なく目についてしまう――ということで彼はサイドパックから包帯を取り出すと彼女達にさらし代わりに巻くことにした。

 


(これもこれで非常にヤバいんだけどなぁ)

 


 さらし、裸Tシャツ、裸Yシャツは三種の神器と考える風見には裸以上にこみ上げるものがあった。

 はち切れんばかりのさらしを前にやはりその破壊力を再確認する。

 


 それはともかく、アルラウネを切られた下半身まで運んだ彼は少しばかり痛い思いをさせてしまうことになるが土台とアルラウネの切られた部分を解剖刀である程度整え、接ぎ木の要領でいくらか繋げてやった。

 


 解剖刀を持った作業なのでいくらか敵意を剥き出しにされるかと思ったのだが、一本一本のツタが繋がっていく感覚でもあるのだろうか。

 他の三体のアルラウネはその様をしげしげと見つめるだけで何もしてこなかった。

 なんだか女家族の家に訪問してコンピューターの配線を任されたような気分である。

 


 ツタを削られるアルラウネにしても大人しくしてくれたので彼としてはありがたい。

 ただし、そんな間にも風見の背中には誰かが突き刺す視線を投げていたのだが。

 


 


 


 □

 


 


 


 ハーピーがいるという木はいくらかの木とセットで丘のふもとに立っていた。

 かなり老齢の木なのか、もともと二本の木だったのか。真ん中にぽっくりと空いたうろは小さめのかまくら程度のスペースを作っていた。

 


 そんな場所に風見はひっそりと近付いていく。

 


「……本当に上手いね。近付く音が全然しないし気配がない。あいつは猫か」

「風見様だから当然です」

「あんなのの仲間なんてやだ」

 


 遠くの方でこっそりと様子を覗う三人娘がそんなことを言っているうちに風見はうろの中を覗ける位置までたどり着いた。

 中には情報の通り半人半獣のハーピーがうつぶせに横たわっている。

 


 肩甲骨、大腿骨といった部分から骨格的には鳥類に近いらしい。

 翼は人の腕より五割ほど大きく、広げればちょうどハンググライダーのようになりそうだ。

 鳶色の大きな羽はとても綺麗で、彼女の頭髪も似たような色を持ち、生えっぱなしになった長髪をしている。

 


 彼女はそんな羽毛を枕に寝ていた。

 


「そしてやっぱり全裸ファンタジアなのな」

 


 男としては反応してしまうものの、これ以上女性陣からの視線が冷たくなってしまうので彼も困りものだった。

 どこかの原住民ではそういう姿も気にしないなんていうのもあるし、魔物が気にしないのも自然なことだろう。

 


 だが、日本からやってきた風見としてはどうしても目のやり場に困ってしまう。

 とりあえず包帯は使い切ってしまったので彼女が起きたらタオルを胸に巻いてもらう他あるまい。

 タンクトップを持っていなかったのが悔やまれる。

 


「えっと、とにかく怪我は……と」

 


 動かれない今のうちに怪我の位置や種類だけでも確かめてしまおうと彼は視線を走らせた。

 


 翼――異常なしだ。人の前腕部にあたる尺骨や橈骨などをどこかで打って骨折したかと思いきや、意外なことにこちらではないらしい。

 背中からウエスト――とてもほっそりしていて綺麗な肌をしているのが独身男性には目の毒であった。

 


 最後に足。

 と、ようやくここに異常が見えた。場所は左足首だ。そこには妙な腫脹がある。

 膿が溜まったように白からクリーム色をした腫れが鳥足の鱗を腫らせていた。

 


「家畜を襲ったっていうし肉食系女子、なんだよな。ハーピーは鳥だし、人とは違ってタンパクの最終産物があれだから……。てことはまさか……」

 


 ふむと風見は考え込んだ。

 すると意識が逸れて少々気配を消し損ねてしまったのだろうか。ハーピーはもぞりと動き、目を覚ました。

 


「お若いのに大変ですねぇ」

 


 風見は同情するようにハーピーに向かって言う。

 彼女はアルラウネのように言葉を解さない様子で妙な訪問者に首をかしげるかと思ったら、

 


「し――しゃぁっ!!」 

「うおっと!?」

 


 猫みたいな警戒音を上げて牙を剥いてきた。

 


 驚いた風見は飛びのいたが、その瞬間にハーピーの周囲に緑色の幻光が満ちる。

 これは彼女の両翼にある風切り羽を中心に漏れた光のようだ。

 


「や、やばっ!?」

 


 横っ飛びで逃げた瞬間、彼がいた場所をかまいたちが薙ぎ払った。

 土と木の葉が乱れ飛ぶ威力からして重い鞭をふるった程度の威力はあるだろうか。

 当たれば防具は貫かれないまでもかなり痛そうである。

 


「風見さまっ、ご無事ですか!?」

「ああ、怪我はない。ただ他のやつは平気だったのにこんなに嫌われたのが驚きだったな」

「魔物は魔物なのだから当然です!」

「そういう、もんなのかな……?」

 


 うろからハーピーが出てくるよりも早く駆け寄ってきたクロエは無事を確認すると身構えた。

 何やら彼女にはいつもよりも殺気が満ちているような気がする。

 


 そんな空気に驚いていると両脇にリズとクイナもやってきた。

 


「シンゴ、どうする。あれでも一人で捕まえるかな?」

「いやぁ、ちょっと難しいかも。あ、でも起き抜けに人がいたらビビるし、体が不調だから余計に神経質になっているだけなのかもしれないから――」

「ダメです。危険ですから風見様はお下がりください!」

 


 いつになく強いクロエの口調だ。

 そんなものを前に風見は反論することも忘れて「あ、はい……」と頷いてしまう。

 


 クロエは即座に鎖分銅を投擲した。

 一応殺すまいと心掛けているようだが、多少は怪我させることも覚悟しての捕縛にしたらしい。

 


 しかしそれは突如ハーピーの周囲に巻き起こった向かい風によって逸らされてしまった。

 さらにはその風が吹き付け、舞い上がった砂によって四人は目を潰されてしまう。

 


 これがハーピーの常套手段だ。

 向かい風によって相手の攻撃をそらし、目を潰し、さらにはその風に乗って相手に急降下からの鉤爪攻撃を行う。

 もしくは遠距離からのかまいたち攻撃だ。

 風属性や飛行スキルを活かした攻撃が主軸なのである。

 


 足の腫れのせいでもたつきながらも助走をつけて数メートル飛び上がったハーピーはクロエに急降下攻撃を仕掛けようとしていた。

 


 が、彼女もやられてばかりではない。

 さっと身をそらして躱すとまた鎖を投げる。

 するとまた風に防がれ――その連続だった。ハーピーの動きは速く、捕獲するのはどうも骨が折れるらしい。

 


 捕獲要員としてはクイナもいるが戦闘スピードが速すぎてどう踏み込んだものかと困っているようだった。

 


「リズ、ちょっとここを見ておいてくれ。俺はちょっと捕獲用のトラップを仕掛けてくる」

「そんなことができる道具なんて持ってきていたか?」

「持ってきてないけど、ばっちりだ。クロエには持ちこたえてくれって伝えてくれるか?」

「それは構わんよ。しかし私がシンゴについていかなくてもいいのか?」

「いい。何とかするさ」

 


 その自信はどこから来るのやらと笑ったリズは肩を竦め、風見の命に従おうとする。

 


「あ、そうだ一つ気になったんだけどさ」

「どうした?」

「ハーピーの胸が実はアルラウネと違って羽毛に隠れる感じになっていたのが驚きなんだけど……!」

「皮膚が弱い部分を守るのは動物として当然だろう? それこそシンゴの知るところだろうに。あんな風にあけっぴろげなのはアルラウネやサキュバスみたいなたぶらかして人を食うものだけだよ。期待してたのか? このスケベめ」

 


 用意していたタオルが無駄になった! とジェスチャーで示してみればくすくすと笑われた。

 彼女は男なんてこんなものと理解しているらしく寛容である。

 


 そうしてひとしきり笑うと風見は頭に引っかかっている疑問を吐露した。

 


「なあ、アルラウネに俺が攻撃されなかったのってたぶらかして食うためだったのかな?」

「さてね。私はアルラウネではないから知らんよ。ただ、飢えている時は何が何でも食おうと力任せにすることはあるらしいね。それに逃げられる時もやっぱり襲うと聞く。ゴブリンやコボルトはお前をたぶらかして食おうとしたわけじゃないし、それだけとは限らんとは思う。お前は無条件に嫌われているわけでもないし、無条件に好かれているわけでもないように見えるね」

「なるほど。確かにそんな感じだ」

 


 魔物は無条件に人を嫌うから人を襲う。これが何故なのかは不明だ。

 しかし風見は嫌われてないのでやりようによっては好かれる――という感じなのかもしれない。

 


 アルラウネにしたって治療してくれる相手と見たら好意的なくらいだった。

 となるとあのハーピーに嫌われた理由もどこかにあるのかもしれない。そう思えた。

 


「で、警護は本当にいらんのだね?」

「いい。きっと大丈夫だ」

 


 なんとなくで流してきたところに解決の糸口でも見えたのか風見は明るい顔で走り去っていった。

 まあ、アルラウネ程度ならば彼の解剖刀でどうとでもなると見てリズも頼まれた仕事を遂行する。

 


「おーい、クロエ。シンゴがお前の勇姿を見たいからそのまま持ちこたえていてほしいそうだよ!」

「……!」

 


 ぴくんと反応を示したクロエの動きには途端にキレが増した。

 なんというか、攻撃をぎりぎりまで引き付けて避けるという魅せる要素が追加されたとでも言えるだろうか。

 


「まったく、現金だね」

 


 そんな様子をリズはくつくつと笑いながら見守るのだった。

 


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