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獣医さんのお仕事 in 異世界  作者: 蒼空チョコ
異世界召喚編

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47/62

あなたとの区切りをつけます

 


 中央塔に持ち込んだ機材はそのうち運んでもらうとして風見はまとめた資料を小脇に抱えて出てきた。

 


「おっ、旦那。もう大丈夫なのかい?」

 


 その様子は警備をしていた隷属騎士達もすぐに見つけ、それぞれ体調を聞こうと囲んでくる。

 忠実な人形として作業を求められる彼らでも風見がいれば免罪符になってくれると思って気楽に接してくれるのだ。

 


 警戒やよそよそしさも感じられず、仲間にする態度と似たようなレベルである。

 風見にしてみれば今まで気楽に接してきたのがようやく芽を出してきたようで感慨深くもあった。

 


 まず話しかけてきたのはヒュドラの洞窟探索にもついてきたライだった。

 


「ああ、今朝になってようやくな。暇で死にそうだったけどなんとか生き残れたよ」

「そりゃあ良かった。旦那がいなくなったらオレらもいろんな意味で大変だったからなぁ」

「悪い。次からはそういう気苦労をかけないように頑張るよ」

 


 元はといえばヒュドラと対した後にもっと慎重にしていればこうはならなかったのだ。

 まずは相手をよく知ること。

 そして決して油断はしてはいけないと彼はもう手痛いほど学んだ。

 現代日本での知識や常識だけではこちらは生き残れない。

 


「団長もお元気でしたか?」

「私はもう団長でもなんでもないだろう? グレンもグレンだがお前らまでそんな調子なのか」

「変な言い方ですけど、どうやら副団長はあんまり副団長を指名する気がないらしいです。仕事量は今までとあまり変わっとらんから問題ないとかって笑ってました」

「だろうね。私は最終確認程度しか書類仕事をやっていなかったし」

「お前、今までそれでよくやれたな?」

「お飾りのトップでもやっていけることなんてこの領地が証明しているだろう? 私は現場で体を動かす方が好きなんだ」

「うん、それは嫌というほど判った」

 


 この十日間、リズは一人でサーベルを振るか、寝るか、ちょっかいを出してくるだけで風見が持ち込んでもらった羊皮紙の資料や、少ないながらも備え付けの本なんて少しも手に取ろうとはしなかった。

 そんなあからさまな様子でインドア派なんて言われたら笑ってしまう。

 


「しかしどちらにせよ補佐は必要だろうに。やれやれ、まったくもってバカ揃いだ。先が思いやられるよ」

「多分教育がダメだったんですね」

「ハッ、私のせいにするなんて言うようになったね」

 


 敬意を払っていることに変わりはないが上下関係がなくなったので冗談を混ぜられるくらいの関係になったらしい。

 騎士達がそれぞれ笑っているとリズは呆れて肩を竦めてしまった。

 


 それで何を思ったかリズは風見にじとりと視線を向ける。

 “これもお前の責任だからね”と。

 そんな副音声が混ざっていたので彼は苦笑する。逆恨みもいいところだ。

 


「ところでさ、ドニのところに行く前に一つ聞きたいことがあるんだけどいいか?」

「はいはい、なんだい旦那?」

「ノーラのことなんだけど、どうなった? もう墓とかが作られてしまったんならその場所を教えてくれ」

「あー……、そうだよな。旦那は知らねえか」

 


 聞かれるなり、彼はどう返したものかと困っているのか頭を掻く。

 なんでそんな態度になるのか風見にはあまり理解できなかった。

 もしやライは知らないだけかと思って見回してみると他の騎士も似たように言葉に困り、目を合わせようとはしなかった。

 


「俺達にゃ墓はないんだよ。死んだら焼かれて、灰にされて、それを捨てておしまい。でも俺らもゴミ捨て場はやだから集合墓地の端に置かせてもらってる」

 


 彼が言うと途端にしんとなってしまった。

 判ってはいるが、誰しもが目をそらしたい現実だったのだろう。みんなやり難そうだが苦笑して取り繕っている。

 


 何とも痛々しい空気だった。

 リズは所詮奴隷なんてとか、たかが奴隷とか自虐的なほどに言っていたことが自然と思い出される。

 


「……、」

 


 こういう時、誰もが笑ってしまうような真っ直ぐ過ぎる言葉で反論しそうなクロエも黙り込んでいた。

 普通、宗教家なら「あなたが善行を積んでいるならきっと救われます」と何の救いにもならない言葉で説いていただろう。

 


 しかし、彼女の宗教には神なんていない。

 死後の安寧なんて考えていない、今を生きるための宗教なのでこんな人にはどう声をかけていいか判らないようだ。

 


 クロエは苦しそうにして口をつぐんでいる。

 けれどこのままではいけないと彼女は喉の奥からどうにか言葉を押し出していた。

 


「変え……ます。変えられます、風見様ならきっと! それで足りないのなら教会からも声を上げられます。私の言葉では何の足しにもならないかもしれないですが、気を落とさないでください」

「あー、いや、同情してほしいんじゃねえんだよ。これは普通でどこにでもあることなんだから気にしないでくれ。むしろ生きている間は寒さと飢えがないんだからまだいい方だぜ? ま、重労働ではあるんだけどな」

 


 そう言ってライは無理にはぐらかそうとしていた。

 彼は心根が強いからこんな風に振る舞えるのだろう。

 けれど彼ほど心が強くない一部の顔には陰が残ったままだった。表情を隠そうとしなかったらみんながこんな顔になってしまうのだろう。

 


 誰も彼もが風見より若いというのに未来を悲観している。

 先は同じ末路なのだと疑っていない。先を見るだけ苦しいから彼らは足元を見るばかりだった。

 


 領地の繁栄だとか、ドニの息子に継がせるだとかなんて大仰なことよりもまず見るべき場所がある。

 これが本当に正すべき課題なんだろうなと風見は静かに認めていた。

 


 しかしかわいそうだが今はまだ何もしてやることができない。

 変な同情なんて与えるだけ辛くしてしまうかもしれないから風見は慰めの言葉はかけられなかった。

 


「……判った、ありがとう。じゃあ俺はまず墓参りに行ってくるわ。一人で外出は駄目だろうからリズとクロエには悪いけどちょっと付き合ってくれるか?」

「別に構わんよ」

「喜んでお付き合いします」

 


 三人で連れ立って場を後にしようとしたのだが風見はふと思い出したように騎士達の方へ振り返る。

 


「あのさ、ノーラのことは俺の力が足りなかったよな。これからはもうそんなことはないように頑張る。少なくとも俺の手が届く範囲、目が届く範囲ならもう絶対に同じことはさせない。そのくらいまでは這い上がってみせるよ」

「え。あー、旦那?」

「んじゃ、そういうことで」

 


 いやに心が入った声にライは驚いていたのだが、風見はいつもの底抜けな顔に戻るとひらひらと手を振ってその場を後にする。

 残された騎士達はどういうことなんだろうと顔を見合わせるのだった。

 


 


 


 □

 


 


 


 ハイドラには集合墓地が数か所ある。

 そのうち、城から最も近い墓地は小高い土地となっており街を見渡すことができた。

 文化が違うためか、十字架ではなく『*』字型に組まれた木や石を立てただけの墓がいくつもある。

 


 そんな中、隅っこに忘れ去られたスペースがあった。

 無造作に灰が捨てられて山になっただけの場所である。

 風雨に晒されて土に戻りかけた灰もある中、一番上には真新しい灰と骨が乗っていた。

 


「……、」

 


 風で転がったのだろう。風見は足元に落ちていた骨を拾う。

 ほんの少し力を入れれば折れてしまう細木のような骨だ。これがほんの十日前までは人だったなんて信じ難い。

 


「せめてちゃんと帰りきれれば良かったんだろうけど、少しダメだったか。結局、俺は何もしてやれなかったな」

 


 骨と灰はほんの小包程度しかなく、一人分には明らかに足りていなかった。

 ヒュドラの律法でやられてしまった分もあるだろうし、掘り出しきれなかった分もあるのだろう。

 そんな今のノーラを見ると風見は自分にどれだけのものが足りなかったのかが判った。

 


 命は重い。

 こんな骨片になっても重く、彼は危うくまた取りこぼしてしまいそうだった。

 


 


 


 リズとクロエはそんなことをしている彼を遠巻きに見ていた。

 元よりリズには墓でしんみりとする趣味も拝む趣味もないし、クロエは風見を一人にした方がいいと気を遣ったからだ。

 


 骨に手を伸ばし、しゃがみ込んだままの風見を二人は見る。

 ほんの少しだが彼の肩は震えているようだった。

 


「風見様は、泣いているのでしょうか……?」

「さてね。そう思うのならそうじゃないのかな。あれの世界は随分と甘いようだったからそういう甘さを引きずるのもあいつらしさなんだろうさ」

「はい、そう思います」

 


 ふいと目を離すと手頃な木に背を預けて座るリズ。

 心配そうにずっと見守っているクロエとは正反対だった。

 けれど興味がないというよりは姿が目に浮かんでいるから見る必要がないだけなのかもしれない。

 


 だがそれくらいに理解できているのはクロエも一緒だった。

 風見には良くも悪くもそういう甘さがある。

 しかしそれは彼女としても決して嫌いな一面ではなかった。

 


「風見様はああいう方だからこそ猊下になれるんだと思います」

「逆だね。あれには無理だろうさ」

「それはどうしてですか。きっと風見様なら多くの人を救えます!」

「まあ、救うだけならね。だが歴代も妙な知識を広めただけで伝説になったわけではないだろう? 多かれ少なかれ、国や大陸を動かした。それに至るまでには生かす判断も殺す判断もしたんだろうさ」

 


 クロエは誰よりも歴代の歴史は知っている。だから間違っていないと心では頷いていた。

 


 北の大国を作り上げた初代、数々の戦をドラゴンと共に駆けた二代。

 それ以外の三代や四代だって少なくとも数度の乱と対峙していたはずだ。

 もちろん、どの代だってそれなりの人死には出ている。けれどそれ以上の成果があったのも確かだった。

 


「けれどあれの性格じゃ取捨選択は無理だろう? たった一人で英雄になるやつなんてそうそういない。王だって一緒さ。周囲の人間がそれを肩書き通りに仕立てるんだよ。むしろもし一人でそれになれるやつがいるとしたら人間ではないと私は思うがね」

「それは理想を押し付けるなという意味ですか?」

「違うよ。私はただ単にシンゴを貶しただけなんだから深い意味を探されても困る。私にそんな学はないさ。それをすべきと思うなら尽力すればいい。それがお前の宗教だろう?」

 


 もう小難しい議論は終わりとリズは木に深く体を預けて目をつむってしまった。

 クロエにしてみればどことなく不完全燃焼な幕切れである。

 まだまだリズの心は理解できないクロエは生真面目にもどういうことなのかとしばし考え込んだ。

 


「あの、もしかして諭してくれたのでしょうか?」

「諭すほどまともな頭はしてないよ。好きに解釈すればいい」

「ありがとうございます」 

 


 ぺこりと頭が下がるのを薄目で見たリズはやれやれと肩を竦めるのだった。

 


 


 


 そのまま五分ほどが経った。

 風見は立ち上がり、灰の上にハンカチを広げて被せる。

 


「女の子が雨に濡れるのはいけないしな」

 


 二人のもとまで戻ってきた風見は「待たせたな。帰ろうか」と声をかけてくる。

 泣いた風な目の腫れもなければ表情の陰りもない。

 彼はまったくいつも通りの人の良さそうな顔をしていた。

 


 だが、そんな彼を見たリズはにぃと意地悪に顔をゆがめる。

 


「シンゴ、お前泣いていたろう?」

「……あのな、そういうのは判ってても抉るな」

「ははっ、女々しい英雄様だね。隷属騎士わたしたちはああやって死ぬものだよ。あの山を見れば判るだろう?」

「女々しいのではありません、優しいのです!」

 


 風見に代わってクロエがむきになって反論する。

 その様子を苦笑し、彼は口を開いた。

 


「ま、泣いたのは事実なんだけどな。なんていうか俺なりの区切りなんだよ。家族だとか近しい相手も含めて一緒にいて感謝の気持ちとか思い出ってあるだろ? 私はあなたと一緒にいて楽しかったです。もう会えないのがこんなに悲しいです。自分も何かをしたかったですって伝えるための区切りだ。そしたらもう次の瞬間からは笑う。笑えるようにする。引きずらずに前へ進む様を見せるのが俺なりのやり方だ」

 


 そんな風に言ってみるとリズにはぱちくりとされてしまった。

 


「なんだ、考えがあったのか。それは驚いたね」

「お前なぁ、一回り上の人間を何だと思ってるんだよ」

「世間知らずで、甘くて、戦闘もできない猊下様。あと頭でっかちだ。それ以外に何か言い残しはあるかな?」

「こんの犬っころは生意気なっ!」

 


 拳を振り上げて追いかけようとしたらすぐに間合いを取られて警戒されてしまった。

 相手は戦闘のプロである。こうやって一挙手一投足を睨まれてしまうともう触れることすら無理だ。

 何度か追いかけた経験則はすぐに無理っすと白旗を振ってしまう。

 


 風見は早々に諦め、手を下ろした。

 待てと命令すれば捕まってくれるだろうがそんなことをしてもかえって虚しくなるだけだ。

 


「そうできること、私は尊敬します。先程、騎士の皆さんに言ったこともそうです。風見様はその通り、前に進もうとしていらっしゃるのですね」

「あ、あはは。そう言われるのもむず痒くて恥ずかしいだけど」

 


 この二人は二通りのやり方で風見の羞恥心を刺激してくる。

 彼は後頭部を掻き、場を濁していた。

 


 けれどもクロエは真意で言ったらしい。

 真っ直ぐな瞳で苦笑も溶かされると彼は観念して息を吐いた。

 


「判った判った。じゃ、しょうがない。この際恥ずかしいことはまとめてしておくことにするかな」

「何のことでしょうか?」

「俺にはさ、歴代猊下と同じことをするとか領地丸ごと栄えさせるとかドニの息子に継がせるとかっていう大それたことは無理だ。俺は俺のできることをして、まずは身の回りの力になりたいんだ。隷属騎士とかスラムの人……そういうところから手の届く範囲を余すところなく助けたい」

 


 いきなり大きなことを目指したって何をすればいいのか判らない。

 それなら小さなことからコツコツと積み重ねていく方が取っつきようがあった。

 まずは資金を集め、それから医療・農業技術の改良・周知。それができたらもっと先へ――。

 


 そう言ってみるとクロエは花開くように目を輝かせ、リズはくつりと笑う。

 


「まあ、そういうわけだ。前に言ったように今の俺はドニと同じ悪党なんだよ。ここからスタートしなきゃいけない。這い上がって行こうとしたらきっと二人には迷惑をかけるけど、俺としてはいっぱい頼らせてもらいたい。これからどうするべきかとか当てにさせてくれ。いいか?」

「もちろんです!」

「はいはい、ご主人がお望みとあらば従うよ。そう言っただろう?」

 


 それぞれの個性がある答えだ。

 風見は彼女らを信頼し、これからについてを少しずつ話しながら帰路につくのだった。

 


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