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獣医さんのお仕事 in 異世界  作者: 蒼空チョコ
異世界召喚編

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33/62

職場では最強の装備とアイテムです

 


 どんな場合でも装備の点検は相互確認が重要だ。

 ジェットコースター、航空機、その他万が一にも危険が伴うものなら誰でもきっちりと点検された覚えがあるだろう。

 


「よし。全員装備は整えたかー?」

 


 自分の装備を細やかに確かめた風見は周囲に目をやり、確認をした。

 「はい」「当然」「もちろんです」とめいめいに返ってくる声は全部で三。

 クロエ、リズ、グレンの順だ。

 


 装備は皮厚のブーツ、脚と腕をしっかりと隠した服装に加え、グローブまでしている。

 もちろんどれも獣脂を塗って水を弾くようにしたものである。

 口に巻くためのスカーフも用意しており、虫や小動物に食い破られる恐れはほぼないと言っていい装備だろう。

 これならばグール化した動物から盛大な血しぶきでも浴びなければまず感染しないはずだ。

 


「ですが、風見様。あの……」

「え、その視線なに?」

「聞くまでもない。変と言いたいんだろう? うわぁ。これ、本当にくっついているね」

 


 妖精の追っかけ、スライムの観察など変な人扱いをされたことはしばしばあったが、こんな変なもの扱いされたのは初めてではなかろうか。

 


 この扱いの理由は服装にある。

 風見の装備も彼女らと似たようなものだが、同じ完全防備といっても彼の場合はツナギと安全長靴であった。

 


 化学製品もなければ上下が一体化した服なんてワンピースくらいしかない世界ではツナギはどうにも妙らしい。

 リズは興味のまま本当に上下が一繋ぎなのかくいくいと引っ張るし、クロエでさえ珍しく奇異の瞳で見つめていた。

 


 ダメだ。てんでダメダメだ。全くもって彼女らは判っていない。

 これは最強の装備かつ、ロマン溢れる服装なのだ。まずはそれからレクチャーしなければならない。

 


「あのな、ツナギって凄いんだぞ。制電、抗菌、防臭、難燃、撥水が付いてしかも丈夫で破れにくいし、ポケットも多い。なのに動きやすくて、しかも汚れが落ちやすい現場の至宝だからな! ついでに言うとタンクトップ+ツナギ姿の女の子って最高だと思うっ!」

「それはそうと猊下殿、弓も持ってきておいたので一応持っといてください」

「……うん、まさかグレンにまでスルーされるなんて思わなかったよ」

 


 これがアウェーの洗礼というやつらしい。

 思わぬところからの攻撃にやたらとしおれてしまった風見は安全靴の凄さを語る元気も無くして弓を受け取っていた。

 


 このドローイング重量は20キロ程度だろうか。

 引き続けるのには苦労しそうだが休息を挟みながらの使用ならば問題ないだろう。

 矢数もそれほどないので筋力の心配は不要なはずだ。

 


 ただ、狭い洞窟内では放物線を描いて飛ぶ矢なんてほぼ使えない。

 だから密かな戦力外通告とでも取るのが正しいだろう。戦闘のプロに囲まれているので指示に従う方が安全である。

 


「おい、シンゴ。この石灰はどうする?」

「もちろん持ってく。そのために建材屋に行ってもらったんだし、これは消毒の必須アイテムだからな」

「ふむ、ヒュドラの洞窟を漆喰で固めるかと思ったらよりにもよって消毒とはね。言っておくがこんなものを飲んだっていいことはないよ? 口がただれるだけだから私は遠慮させてもらう」

「解毒に使うなんて一言も言ってない。“消毒”だよ、“消毒”。足元や死骸に撒くんだ。寄生虫の卵には効果がないだろうけど、成虫になら効果があるだろうからな」

 


 消石灰は漆喰の材料として古くから使われる身近なものだ。

 どのくらい古くから使われていたかと言えばピラミッドの壁にも使われたくらいで、紀元前に誕生した技術である。

 これは西洋のみならず、日本の古墳でも使われていた。

 


 作り方は簡単。貝殻を粉にして焼き、水を加えるだけだ。

 乾燥材に水を加えたら熱くなるのは知られているが、その反応後にできるのがこれである。

 


 消石灰は防疫用の消毒薬として現代でもよく用いられる。

 頭から足の先まで防護スーツの人が殺処分した動物や畜舎に撒く白い粉は大体これだ。消石灰は安上がりな上に口蹄疫やインフルエンザウイルスにも効くし、元から環境によくあるから自然への害も少ない。

 なにせ少量ならコンニャク作りにも使うくらいだ。

 


 あとは畜舎に出入りする時、靴の消毒漕として使うこともある。

 糞などの有機物がついていると普通の消毒薬はすぐに効果がなくなり、かえって雑菌のお風呂状態になってしまうのだが、消石灰の場合は割と効果が続いてくれるのが選ばれる理由だ。

 


 消石灰は強いアルカリ性だけでなく、粉に水が触れると発熱をするために消毒効果が幅広いのである。

 そんなわけで低コストな上に使いやすくて安全。

 となると薬品がない世界では最も頼れる防疫の味方だった。

 


 だがここではそういう使い方は知らないらしい。

 


(そもそも衛生観念がないんじゃあな……)

 


 理解を得ようと思ったらそれはそれで効果を証明しないと始まらないだろう。

 けれど先を急ぐこんな状況では望めるわけもないので、風見は多少変な目で見られるのは我慢しようとため息をついた。

 ただのカルチャーギャップだ。彼もこの世界には段々と慣れてきている。

 


「さて、よいしょっと」

「お待ちください風見様。そのようなものは私が持ちます!」

「いいって。体を動かさないとなまるし、自分だけ楽してるっていうのはどうも居心地が悪いんだよ。それに女の子に重いものを持たせるわけにはいかないからな」

「いえ、私はそういうことなら得意ですし――」

「クロエ、気遣いありがとう」

 


 願い出てくるクロエにはいい子いい子と撫でて退いてもらった。

 風見はずしっとくる麻袋を脇に抱え、「案内よろしく」とリズに声をかける。

 


「はいはい、ご命令とあらば」

 


 


 


 □

 


 


 


 そうして案内された先は街に流れる水路の近くだった。

 目的地の入口にはレンガで封がされていたものの一角が崩れており、這って進めば大人でも入れる穴になっている。

 近くには重そうな木箱やら木材やらが避けてあったのだが、どうもそれが入口を隠していたらしい。

 


 恐らくこれはヨーゼフが置いたのだろう。

 彼も自分の稼ぎ場所を他人に荒らされたいとは思わなかったはずだ。

 それが結果的には彼の二の舞いを防ぐことに繋がったのかもしれない。

 


「ここは下水道として開発されたのですがね、担当者が……まあ、例の兄弟喧嘩のとばっちりでいなくなりましてな。以来放置されていたものです」

「ほんとあちこちに被害を出しているんだな……」

 


 風見は呆れ交じりだが、グレンはもう諦めている様子だ。

 漫画やテレビでよく見るが、ダメな政治家や国主のもとで働かなければいけない人はこういう顔になってしまうのだろう。

 


 ドニには息子に領地を引き継ぎたいとは言われた。

 そのためには皇帝の認可が必要で、他国に領土を割譲させるのが条件であり、割譲させるためには相手に譲歩させるだけの戦力が必要でそのためには金などが豊富にいる。

 だから繁栄に繋がるよう努力してほしいとは大雑把に言われたが、これでは頭をすげ替えるのが一番の近道に思えてしまう。

 


(でもそうすると権力争いの泥沼化もパターンだよなぁ、きっと)

 


 そうした場合は息子に継がせる道もなくなってしまいそうだ。

 風見としては現状、養われている上に力を見込んで頼られているのだから応えないわけにもいかない。

 


 加えて言うなら今の風見はドニに無理を言える唯一の立場だ。

 今までこの領地、住民、周りの仲間を見て何も思わなかったわけではない。人並みに覚えた感情があった。

 だからこそ、単に悪者退治して赤字を黒字に直すだけではつまらないのだ。なにせ、やりようによってはもっと根本からこれを変えるチャンスさえある。

 


 が、その方策にはほとほと困ってしまう。

 そんな一石二鳥みたいなことをほいほいと思いつけるほど彼の頭は良くなかった。

 できることなら世に名をはせた策士達の知恵を借りたい。

 


「兄弟喧嘩ってそうまでやるもんかなぁ……って、ん? なあ、グレン。その下水工事の途中で洞窟への穴が見つかったのか?」

「当時は洞窟に繋がったとまでは把握してなかったようですな。よく判らない空洞へ突き抜けてしまったからとりあえず埋めるための予算をつけてもらおうとして、その都合がつく前に首が飛んだそうです」

「突き抜けた情報は工事途中にはもうあったのか」

 


 この場所があの二人に関係あるということが風見は気になった。

 当時の資料なら彼らは入手可能だろうし、この空洞がヒュドラの洞窟まで繋がっているという発想もできなくはない。

 


 そしてあの兄弟といえば、メイドさんのしかめっ面を思い出す。

 聞いた話によるとセルゲイはねちねちと攻めるひね曲がった性格で、相手の弱みを笑う嫌なタイプらしい。

 逆にドニの方は突撃で蹂躙するパワータイプだとか。

 


 話は戻るがセルゲイは「もうじきに……」などと不敵に笑っていたとかなんとかメイドさんの口から聞いた覚えがある。

 あと、「あんな人、毛根の一本まで死滅すればいいのでございます」と呪っていた。

 


 やはりお世話役をする人はいろいろと参考になることを知っている。

 家政婦は見た! なんてお約束ができるわけだと風見は改めて感心していた。

 


「んー、」

 


 ふと考える。

 これは方々から寄せ集めた情報だが、繋げてみるのはあまりにも安直すぎやしないだろうか。

 もうグールは発生したし、罠にはまったものとセルゲイは気を抜いていたのか、舐めていたのか。それとも単にそれらしい情報が集まっただけなのか。

 


「ま、考えても仕方ないかな」

 


 真相は判らない。

 例えばセルゲイがグール蔓延をもくろんでヨーゼフにこの場所のことを教えたとして、今さらそれを証明する証拠もないのだ。

 いるかどうか判らない黒幕を考えるのは徒労だろう。

 


 ……けれど。

 領地を立て直すなら弟のセルゲイを失脚させるところから始めるのも手かなとだけ彼は意識に留めておいた。

 


「ともかく、その地下水道はさらに地下のダンジョンと繋がっちゃったってことだよな。そういうパターンってあるある。ラスボスを倒したらどこかで変なダンジョンと繋がって隠しダンジョンへ行けるようになりましたーってな感じで」

「よく判らんのですが恐らくそういうことでしょう。数人を潜らせたところ、殺気立ったネズミとコウモリ、それから若干のスライムがいるくらいだと判ったのですが、一応はご注意を。中ではワシと他の者が前を歩きます。猊下殿は団長殿、クロエ殿と一緒に後をついてきてください」

「判った。それなら俺は石灰を撒きながらついていくことにするよ」

 


 VIP連れで危険地帯へ踏み込むという、警備には最も気を遣わせる仕事を強いているようで風見は少々申し訳なかった。

 


 しかし衛生は彼以外に知る者がいないので代役は難しいだろう。

 中途半端なことをすれば見逃しから悪い結果へと繋がることもある。

 何かあった時は前衛がしんがりとなり、リズとクロエで風見を逃がすなどと対応をまとめ終えると彼らは穴をくぐって下水道に入るのだった。

 


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