瞬間最大■■
鎧蜘蛛の腕に、斧を叩きつける。
だが返ってきた感触は、まるで鋼鉄のようだ。
「クッ!?」
鬼にもオーガにも感じたことのない固さ。
獣の皮の様な硬さではない。
ただとにかく固い。鋼鉄のワイヤーを何千本も束ねたようだ。
一撃だけで腕が痺れるが、それに気を取られるのは不味い。
急いでその場から横に転がるように飛び退いて鎧蜘蛛の腕を躱す。
俺が先ほどまでいた場所に小さな穴が開いている。
やはりパワーも格上か。
だがそれは分かり切っていたことだ。
「さて、どうやって狙うか」
しばらくは腕の痺れを取る為に動かなければならない。
その間は回避に専念して、相手の弱点を狙い攻撃する手段を考えなければならない。
狙いはあの八つある眼か、胴体の関節部。腕を掻い潜って攻撃出来るかどうかだ。
回復の為には距離を取るのがセオリー。
だがこいつに関して言うならそれは逆にマズイ。
今も少し距離を取っただけで、おしりを上げて糸を撃ちだしてこようとしている。
幸い動作が大きいので躱すための予兆を見るのは出来るからそのままでは当たることは無い。
近づけば腕の叩きつけ、遠ければ糸による拘束。
しかし俺から相手に与えられる有効打は限られていると。
成程、強敵と言われるだけはある。
「それでもなぁ!!」
斧を短く構えて振りやすくしておく。
そのまま鎧蜘蛛に近づいて、相手の攻撃を誘発する。
腕の攻撃は叩きつけ以外はしてこないらしい。ならそれは利用できる。
相手の動きを見て、腕の振りに合わせて体を一歩分だけ後ろに下げる。
目の前を鎧蜘蛛の腕が通り抜け、髪の毛が数本散る。
だが避けたぞ。
「おおおおお!!」
叩きつけられた腕はまた持ち上がるまで、僅かだが隙になる。
振り下ろし、持ち上げるまでの間はその行動しか取れない。
話を聞き、一度攻撃を見たことでそう思った。
そしてそれは正解だった。
腕が完全に上げられるより早く前に出て、その腕を踏み台にする。
振り上げの勢いも重なり鎧蜘蛛の上を取った。
「よしっ!」
鎧蜘蛛は俺を振り落とそうと暴れるが、体の毛をつかむ事で抵抗する。
腕が短くて俺のところまでは届かない。
そしてずっと暴れられるわけではない。
止まった瞬間に、斧を頭と腹部の結合部に向けて振り下ろす。
「やった!!」
「いや、まだです」
「え?」
俺は確かに頭と腹部がつながった部分を攻撃した。
そこが脆いというのは、ある意味で正解で、ある意味では間違いであった。
確かに他の場所に比べるとダメージが通りやすい。
だが・・・俺の斧でそれを行うには少々無理があった。
斧の刃が砕けちる。
それに一瞬、茫然としてしまった。
そして再び暴れ始めた鎧蜘蛛に振り落とされる。
「クッソ!!」
落ちたと理解した瞬間に体を無理やり動かす事で叩きつけを避ける。
そこで俺も鎧蜘蛛も止まらない。吐き出された糸をバク転で後ろに飛び退くことで回避する。
何とかなったが、不味いな。
「まさか壊れるとは」
ここで初めに懸念していたことが現実になってしまうとは。
俺の斧は、特殊個体の鬼という非常に珍しい、強いモンスターがもっていた物を奪った一品だ。
一応一層に出てきたことで弱体化の影響を受け、実際の鬼が使う品よりは弱くなってはいる。
だがそれでも、ここまでのモンスターを容易く両断できるだけの能力はあった。
それが二回の攻撃だけで砕けた。
刃が通らないとかではなく、文字通り使い物にならなくなるとは。
さてこれは・・・どうするか。
まだ攻撃手段が無いわけじゃないのが救いか。
赫爪の爪を出す。単純な切れ味だけなら、この爪の方が上だ。
問題は間合いが狭い事か。今まで以上に踏み込む必要があるな。
一度上に乗られたからか、鎧蜘蛛も警戒している気がする。
先ほどの叩きつけからの糸吐き行動なんてまさにそうだろう。
俺だから避けられたが、普通ならあれで捕まってそのまま死んでいたぞ。
「戸村君!?」
「ちょ、日坂さんしゃがんでしゃがんで!」
「手助けはいるか!!」
「いらん!!」
確かにピンチ。危機的状況なのだろう。
だがそれは敗北につながるとは限らない
今度は一気に距離を詰めることはせず、じりじりとすり足で距離を詰める。
それを受けて鎧蜘蛛もこちらが何をしてもいいように腕を構えている。
上げきることはせず、かといって低いわけではない。
故にその構えは、非常に中途半端であった。
一歩で詰められる距離まで来ると一気に踏み込む。
すると予想通り中途半端な高さの腕が先ほどまでより早いタイミングで迫ってくる。
だが中途半端な高さということは、それだけ加速していないということだ。
迫った腕を手で受け流し、着弾点をずらすことでさらに一歩詰める。
牙で噛みつこうとしてきたところを蹴り上げることで強引に口を閉ざす。
そしてついに一手届いた。
赫爪の刃が鎧蜘蛛の目を抉り、内部にダメージを与える。
だがそれだけでは殺せない。手を突き刺した瞬間に抵抗するのを感じた俺は急いで引き抜いてから離れる。
すると鎧蜘蛛は痛みで暴れ始めたではないか。もはや俺を認識できていない。
こうなると逆に困る。腕を振り回して暴れているのでこれでは流石に近づけない。
「待つしかないか・・・」
ここが開けた場所で良かった。
もし木が近かったらあの暴れようだ、他の木に引っ掛かっている蜘蛛の糸に触っていたことだろう。
そうすればあっという間に多対一で絶望的な状況に追い込まれる。
桜木さんたちがいるから逃げるだけなら可能だとは思うが。
暫くすると冷静さを取り戻したのか鎧蜘蛛は暴れるのをやめた。
こちらを睨みつける様に見ている。
そして・・・跳んだ。
「なっ!?」
なんと鎧蜘蛛の巨体が宙に浮いた。
腕を除いた六本の足でジャンプしてこちらに向かってきたのだ。
予想していなかった行動に一瞬反応が遅れるが、何とか回避には成功する。
だが跳ぶのと同時に吐き出されていた糸を避けきることが出来なかった。
「まっず」
「いかん!」
「戸村さん!!」
糸が右足に当たり、その場で動けなくなってしまう。
桜木さんたちがこちらに来るが鎧蜘蛛の方が早い。
腕が持ち上がり、俺を潰さんと振り下ろされ始める。動きがとてもゆっくりに見える。
助けは間に合わない。手元に防御できるものもない。
動き自体は目で追える。なら最悪でも死なない様にすることは出来るはず。
足が動かないながらも何とか構えて、ダメージを最小限に・・・ダメージ?
「宗次君!!」
日坂さんの声がする。
ああ、そうか。
俺は今回、危なげなく勝たなければいけなかったはずだ。
あの人の為に。俺は貴方を救えるのだと示すために。
貴方の前で、私はいなくならないと証明するために。
なのに・・・なにをしているんだおれは。
その瞬間、頭の中で何かがガチリと嵌る音が聞こえた。
その日の事を、彼女は決して忘れることは無いだろう。
鎧蜘蛛の振り下ろされる腕が、自分の大事な人を潰すその光景・・・ではない。
「・・・え?」
「何ッ!?」
「そんなバカな」
今、戸村宗次は吐き出された糸により右足を拘束されていた。
だから攻撃を躱すことは出来ない。防御姿勢だってまともに取れない。
戦うことが出来ない日坂ですら、それを理解して絶望した。
ああ、また自分は誰かを失うのかと。
だが現実として目の前に現れたのは、戸村宗次の死ではなく鎧蜘蛛の腕が宙を舞う光景だった。
彼を守ろうと飛び出した二人も、それを見て思わず止まってしまう。
今何が起きたのか。それを日坂が理解することは無い。
理解する前に、状況は終わったからだ。
「・・・」
手の爪で糸を簡単に千切ると、先ほどとは比べ物にならない速度で鎧蜘蛛に彼は近づく。
もはや腕を盾にすることも出来ない鎧蜘蛛。迎撃すらままならない。
そのまま二回目となる眼への攻撃をゆるしてしまう。
しかしまだ失われたのは腕のみ、痛みも相まって抵抗はさらに激しくなるだろうと誰もが思った。
だが誰もが考えたその未来すら彼は超えた。
鎧蜘蛛の背中から刃が生える。
赫爪から伸びたと思われる、巨大な刃だ。
体を貫通した巨大な刃は、一瞬で鎧蜘蛛の命を奪う。
腕を引き抜く彼の姿は、先ほど一瞬とは言え死の危機を迎えていたようには見えなかった。
まるで何もなかったかのように。冷静で、凍えるような雰囲気と共に。
暫く誰もが動けなかった。
それでも、誰よりも早く動き出したのは
「戸村くん!」
時間が止まってしまったような世界で、日坂巡が動く。
それを見て、ようやく大人の二人も正気に戻ったかのように動き出した。
「無事か?」
「・・・」
佐々木が声を掛けるが、全く反応しない。ただじっと赫爪の刃を見つめるだけだ。
爪から延ばされた刃はゆっくりと短くなっている。
それを無言で眺める彼の姿に不安を覚えた彼女は、彼を抱きしめた。
「戸村君!」
「・・・あ?・・・ヒ、さかさん?」
「そうです。分かりますか?わかりますよね?怪我してないですよね」
「あー・・・ああはい。大丈夫ですね」
どこかうわの空の様な返事をする戸村に、先ほど感じていた不安感は消えた。
だが代わりに別の感情が浮かんでくる。
それを一言で言い表すことは出来ない。だがそれを敢えて表現するのなら・・・
「・・・良かった」
「え?」
「よかったよぉ」
また周りの人がいなくなってしまうかもという不安
目の前で失われてしまう命に対する恐怖
それでも自分の為に命を懸けてくれることへの感謝
無事に今生きていることを実感できたことへの、大きな喜びがある。
それを感じ取ったのだろう。
ようやく彼がいつも通りの様子に戻った。
「すみません。もっと余裕で勝つつもりだったんですけど」
「ぞうじゃなぐっでぇ」
「泣きすぎですよ。ほら、俺いなくならないって言ったじゃないですか」
零れる涙も、彼に触れて感じる熱が前より心地いいのも、きっとそのせいなのだ。
「ほれ、二人も見てるんでそろそr」
彼女は熱に浮かされたまま、彼の唇に自分の唇を重ねた。
今この瞬間、彼女は理解した。
自分は、戸村宗次という人に、恋してしまったと。




