二年前の真実
より速く、より強く。
求めていたのはそれだけだった。
いつからかは分からない。だけどそれがずっと心のどこかにはあった。
止めようとは思わなかった。考えた事も無かった。
当たり前のことだから。無い方がおかしなことだったから。
でも強さは人を傷つけた。
巡さんを傷つけた切っ掛けはそれだった。
でももっと前に、俺の強さが人を傷つけたことがあった。
求め過ぎたのだ。人の領分を超えてしまったから。
もし。もしだ。今のままで俺が強くなるのに限界を迎えた時。
それより先に進もうとして必要な物が俺の嫌悪する物だったなら。
俺は・・・どうしたらいいんだろうか。
「・・・」
「・・・」
「・・・はぁ。お兄ちゃん?」
「っ。あ、ああ。何だ?何かとるか?」
「そうじゃなくて、ご飯食べる時に考え事し過ぎ」
「あ」
どうも箸が止まっていたらしい。
それに気が付かないくらい考えていたのか。
「あーいや。悪い、ちょっとな」
「ふーん。日坂さんと喧嘩・・・はしないか。何かあった?」
「・・・そうだな」
「あっそ」
「宗次・・・」
今までより強い自分。それにはどうなるのか。
ずっと考えていた時期がある。
結局俺は俺のままで、戦うだけで強くなれることがわかってからは考えなくなった。
それが何故か、今頭の中から離れない。
普段の生活にすら影響が出てくるほどに。
「・・・はぁ。もう。お兄ちゃん後で話聞こうか」
「・・・すまん。頼む」
「私も」
「すまん。リアは」
「・・・そう」
「・・・あーね」
この時点で千尋は俺が何で悩んでいるのか凡そ察したのだろう。
夕飯の後、あの時の映像を用意していたのがその証拠だ。
出来るだけ何も考えない様にしながら飯を手早く食べ終えて、先に俺の部屋に戻る。
今までこんな事したことは無い。
少しすると千尋が部屋にやって来た。
手にはタブレットを持ち、ある動画を用意して。
「片づけはお姉ちゃんがやってくれるって。後でお礼言っておきなよ」
「ああ。もちろん」
「んで?・・・まぁ一応内容から聞こうか」
「頼む」
俺は千尋に今日起きた事と考えた事を話す。
巡さんがモンスターに囲まれた光景を目にした瞬間に、脳でおかしな反応を起こしたこと。
その時、巡さんを助けるための動きが今までにない程の速度と精度で行われて終了したことを。
そして・・・俺が考えたその原因についても。
「答えは出てるっぽいけど?」
「・・・あの瞬間、多分暴走してた」
「一瞬だけ?」
「走って斬って。だけで終わった」
「ふむ・・・変だね」
「ああ。変なんだ」
俺が暴走すると、ショックを受けないと止まらない。
一回目はムサシに負けた事によるもので、二回目はアーサーのフラッシュ。
それがあって初めて強制終了が発生する。
暴走している間、俺の行動基準は簡単だ。
ただ目の前の敵を倒すだけ。
それも対象が視界に入った瞬間に、そいつの殺し方を理解し瞬時に行動に移す。
だからこそ敵は俺の動きに反応できない。人の限界を超えた速度での動きだからこそ、あの状態の俺は最強なのだ。
だがその俺を、一瞬とは言え超えていたのがあの時の俺だ。
「しかも殺したうえで、巡さんをそこから抱えて離脱した」
「ほー?」
「だから・・・暴走はしてたはずなのに、分からないんだ」
行動基準が単純であるからこそ、他の要素が混じるとおかしくなる。
少なくとも暴走状態での俺はそのような誰かを守るための動きはとれない。
俺を守るのなら恐らく出来る。だが他人は絶対に無理だ。
「それで?何を私と確認したいの?」
「・・・二年前のイベントと、最近の二例を確認する」
「あら」
そこは意外だったのだろう。本当に驚いた様な顔をしている。
俺が見たいのは、二年前。つまり初めて暴走した時の俺を見たいのだ。
それと今回録画したあの時の俺の動き。それと桜木さんの身に着けていたミニカメラの映像を比べる。
千尋がタブレットに最初の暴走動画を持ってきてくれたので、パソコンの方で最近の二つを映す。
今日のあれは一瞬だけだが、俺の動きを見るならむしろその一瞬こそが重要なのだ。
最初に二年前の映像。
「うん。まさにお兄ちゃんの全力だね」
「だな。次だ」
映像では次々に近寄って来たプレイヤーを切り裂く俺の姿が映っている。
大楯を構えたプレイヤーに対して、俺は直前でジャンプして飛び越えながら首を狩る。
最高速で走りながら一切止まらずにプレイヤーの群れに突っ込んで瞬く間に壊滅させる。
一切動きを止めないで行われる殺戮劇。
最後はムサシによって足止めされた状態で魔法に撃ち抜かれた。
次の映像は途中から合流した桜木さんから見た映像。
既に闇騎士を倒し終えていて、そこからアーサーに殴りかかっている。
「ここかな?」
「ああ。何で殴ったんだ俺は」
「お兄ちゃんが手加減した・・・は無いよね?」
「それだけはあり得ない」
暴走していたからこそあり得ない行動だ。
改めて見ると違和感がある。
まずこの時の暴走と二年前が違うのが分かる。
本当に同じならば、初手の時点でアーサーを斬り殺していたはず。なのに最初は殴った。
そのお陰でその時は暴走を止められたってのを考えれば良かったのかもしれないが。
最後。今日の映像。巡さんが撮ってくれたもの。
「本当に一瞬だね。でもこれはこれでおかしいね」
千尋の言う通り、これはこれでおかしい。
この時やったのは、カメラに映る限りだとこうなる。
まず俺が巡さんが視界に入る所まで来る。
その後即座に加速してウェアウルフ達を斬殺。
巡さんを抱きかかえてその場から離脱。カメラはその後に回収した。
この殺すまでの動きはいい。行為自体は暴走時のそれだ。
だがこれで巡さんを守るのは何だ。
何で暴走してないと出来なかった速度の動きが出来ていて、巡さんを守れている。何の危害も加えていないんだ。
少なくとも倒した瞬間に元に戻って終わりなはずだろう。
俺にはこれが分からない。
もちろんこれが出来るようになることが目的ではあった。
暴走時のポテンシャルを発揮しつつ、理性を失わない。
今回は巡さんを助けると言う目的を失っていなかった以上、それは成功していたのだ。
だが何でこれが出来るようになったかが分からない。
ムサシからの課題が関係あるのか。
二度目の暴走を経験したことで耐性がついたのか。
これを理解しなければ、俺は今度こそ巡さんを傷つけてしまうかもしれない。
だから千尋に確認を求めた。
俺以上に、他人への理解が早く正確な千尋に。
だがその千尋からの一言は、俺の想像していない物だった。
「・・・」
「・・・どう思う」
「・・・ねぇお兄ちゃん」
「何だ」
「あのさ。いい加減分からないふり辞めたら?」
千尋がイラついて・・・いや。呆れている。
何でだ。こいつは何を言っている。
「そもそもさ、お兄ちゃん強くなりたいんだよ?」
「そ、それはそうだ」
「じゃあその為に何をしないといけないのか分かってるよね?」
「・・・経験を積んで、対応幅を広げる」
「そうだね。それは正しいよね。でもさ」
聞いてはいけないことを、俺は今から聞かなければいけない。
何となくだがそう感じた。
でも何故か、それを止める気が欠片も起きなかった。
「最短のやり方じゃないよね?」
「っ・・・そ、れは」
喉が急速に乾いていく。声が上手く発せられない。
「いや。お兄ちゃんのやり方でも強くはなるんだよ。お兄ちゃんはそういう生物だし」
「・・・」
「ただ何でか最短最高率の手段を選ばない。選べないんだよね?」
「何を」
「だって選んだら、またお姉ちゃんを傷つけちゃうもn」
勝手に腕が動いた。千尋の首に魔力の爪を突き付ける。
あと少し動けば殺せる。その寸前で止まった。
呼吸が一気に荒くなる。
「今までより早いね。反応出来なかったよ」
「ハァ・・・ハァ・・・い、今のは」
「お兄ちゃん。やっぱりあれ以来本気出してないでしょ」
「!!」
「まぁそうだよね。お兄ちゃんにとって、本気を出すってことはお姉ちゃんを襲うのとイコールだもん」
そんなことは無い。そう言いたかった。
だが否定の言葉は口から出てこなかった。
俺を尻目に、千尋は言葉を続ける。
「自分では選べないよね。本気になるなんて」
「・・・お前、アーサーに嘘を教えてたな」
「うん。あ、分かったんだ」
そうか。千尋はもうずっと前から分かってたのか。
「言った方が良い?それとも言わない方が良い?」
「・・・俺が、リアを犯したのは」
「お兄ちゃんが本気を出したから。理性が擦り切れる程の全力を。別に暴走したかどうかなんて関係ないよ」
理性が弱くなる理由は、別に本能が暴走を起こしたから、だけじゃなかった。
逆なのだ。理性を使い切ったから我慢が効かなくなったんだ。
消耗しきった体が求めたのは、睡眠と栄養。
その上で精神的な負担を癒すべく、それを女に求めた。
「分かったうえで見ないふりしてた理由も私は分かってるんだけど」
「・・・何でだ?」
「まぁそれが分かってない時点でお兄ちゃんがまるで使い物になってないのも分かるけど」
使い物になってない?
「ああいやこれは別の話か。えっと、お兄ちゃんが本気の事を見ないふりしてた理由はね。お兄ちゃんがお兄ちゃんだからだよ」
「・・・は?」
「いやそうでしょ。お兄ちゃんが強くなるのに都合の悪い事実なんて要らないでしょ」
「・・・お前が男なら殴ってたよ」
「あら。女の子で良かったー・・・でも、それを言うだけの余裕はあるんだね。それに驚かない」
「ああ。忌々しい事に」
俺の本気・・・というか、本気で戦うために必要なのは文字通りそのつもりになる必要がある。
肉体と心。理性と本能。その全てが一つの方向に向かった時に初めて俺は全力を出せる。
今までの俺はこの理性部分が違う方向を向いていた。向けていたが正しいか。
そこまで向けてしまうと、俺が忌み嫌う状態・・・本気になってしまうから。
すると完全に俺自身が擦り切れるまで止まらない可能性がある。
運よく止まれたとしても、恐らく・・・
「お前、これいつから分かってた?」
「ん?最初からだけど」
「・・・そうか」
「そもそもね、理性で抑えきれない程の性欲なんて無いんだよ」
「犯罪者は良く我慢できなかったって言うけど」
「あれは我慢しようとしてないだけ。そもそもお兄ちゃんは我慢強くはあるんだからそれとは無縁でしょ」
「俺が・・・我慢強い?」
「うん。だって冒険者になるまで、現実で暴れられなくてもなんともなかったでしょ?」
いやに千尋の言葉が強烈に耳に刺さる。
ふと、冒険者研修の時を思い出す。特殊個体の鬼を倒したあの瞬間を。
強敵を倒した。本来は敵わない強敵を。
それはとても甘美な感覚だった。今まで感じたことが無い程に。
そうか。あの感じはそれか。
我慢していていた分の喜びか・・・!!
「性欲より戦闘欲が強いお兄ちゃんにしては、おかしな話でしょ?」
「そうだな。本当に、その通りだ」
千尋に言われて、先ほどから納得しかしていない。
でも驚きはない。千尋の言う通り、俺はこれを最初から分かっていたのだ。
「でもまぁ。その我慢を行うための元が無いなら話は別だよね?」
「理性の消耗」
「いえーす。本能がいくら暴走したって、一回止まったのなら後は収まるだけだよね?」
「中途半端に終わらせた反動の可能性は?」
「無いよ。まぁ他の人ならあるかもだけど、お兄ちゃんにそれは無い」
「・・・」
「暴れ足りないからお姉ちゃんに当たるのだけは、絶対にない」
「・・・そうか」
ようやく聞けた朗報と言ったところか。
いや。本質的な部分は何も変わっていない。
「ここまで言えばもう分かるよね?」
「・・・俺の一番強い状態って言うのは、暴走じゃない」
「いえーす。お兄ちゃんの言う暴走って、所詮中途半端な状態だZE☆
二年前のこれだってそう。お兄ちゃんは煽られてキレたんだよ。心の底からあいつを殺したいって思ったから。自分が殺したいって思ったからこそ、全力何だよ」
ずっと勘違いしていたのか。
俺が嫌っていた物は、本来のあれを引き起こすための一部に過ぎないと。
そしてそれを自覚してしまうと、俺は本気で戦えなくなる。
ムサシに勝つ。いや。誰にもそもそも負けたくない俺にとってそれは致命的だ。
だから責任を押し付けた。いずれにせよ、制御が出来ていなかった丁度良い物があったから。
そして何より問題なのは
俺が、俺自身の本気を恐れていたことだ。
リアを傷つけることに繋がった、本気を出すという行為そのものを。
千尋は言いたいことを言い終えたのか、立ち上がって体を伸ばす。
「ああ、一応言うとアーサーさんが止めたときは暴走してたよ。いつまでも本気でやらないお兄ちゃんに本能側が痺れを切らした感じでしょ」
「・・・まぁ。死にかけたしな」
「そういうこと。う~ん・・・はぁすっきりした。じゃ寝るねー」
「千尋」
「なぁに?」
「何でアーサーに嘘ついた?」
「・・・その方が、都合が良いからかな?」
「・・・そうか」
まだ、隠してることはありそうだな。
「はぁ・・・俺も寝るか」
少し考えた方が良い。
これから俺が、どうするべきかを。
「・・・お姉ちゃん。聞いてたなら敢えて言うけど」
「・・・」
「無駄な事考えない方が良いよ。貴方がそれをする必要ない」
「・・・それでも」
「んじゃ私寝るねー。お休みー」
「・・・私は」




