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第二十二話

 というわけで水曜日。

 シーナがいないけど、俺とアルテナは二人で亀裂(ゲート)を潜ってみることにした。

 亜人が来襲した日から二日しか経っていないからか。それとも少々少なめだったとはいえまとまった額で報酬が出たからか。亀裂(ゲート)前にいる採掘者(ディガー)の姿は、いつもよりも少なく閑散としていた。


「記録お願いしまーす」

「お願いするんだよ」

「はいはい、採掘(ディグ)に行くのかい?」


 亀裂ゲートにいる採掘者ディガー組合の職員に、探索時間スコアカードを渡す。


「二日前に亜人との戦いがあったばかりだというのに、さすがに若いのは違うねぇ」

「貧乏暇無しってね、稼がないとダメなんですよ」

「そうか。稼ぐなら広場の復興作業に人員募集してるがどうだ?」

「チラシ、見ましたけど……いまいち魅力が」


 オーガの投石攻撃で残された岩石や土砂の運搬。亀裂(ゲート)内に築かれていた監視哨と、バリケードに使われた材木の残骸。 

 それらの撤去作業員を募集するチラシが、採掘者(ディガー)組合の掲示板に貼りつけてあった。

 戦闘が終わった後で簡単に片付けは行われていたけど、あれはあくまでも廃材を一箇所に集めたりしただけだ。瓦礫を撤去して、監視哨(かんししょう)の再建もしなければならなかった。


「土木作業ばかりだが、安全に稼げるぞ?」

「確かに安全なのは魅力だけど……報酬がねぇ」


 俺が乗り気になれない理由は、拘束される時間に対して報酬が安すぎること。

 亀裂(ゲート)前広場での作業だから、安全度が高い事は確か。でもそれだけにどうしても報酬が安めに設定されてしまっている。 

 壁の内側で行われる作業だから、当然探索時間(スコア)は記録されるから、安全に探索時間(スコア)を稼ぎたい連中であればおいしい仕事かもしれない。

 しかし、今の俺は銀貨およそ二万枚という損失を補うべく稼ぐ必要があった。でも、その事を職員の方に言うわけにもいかないので。


「やっぱり採掘者(ディガー)なら、ちまちま稼ぐよりも、大きく一攫千金を狙うべきでしょう」

「ははは、違いない。ただな、あの戦いで全ての亜人を撃退したとは限らんからな。まだ残党がこの近くにいるかもしれん。死んじまったら一攫千金も何も無いんだからな? 十分に気をつけるんだぞ」

「わかってる、ありがとう」


 探索時間(スコア)カードを受け取って、軽く手を振る。


「ありがとね、おじさん。行ってくるんだよ」

「アルテナちゃんも気をつけてな」

 

 アルテナはすっかり有名人になってるな。

 採掘者(ディガー)が一同に会した防衛戦で、アルテナは容姿の可愛さと金貨一万枚の値札で結構目立っていたからな。

 職員のおっさんへアルテナが手を振ると、おっさんは相好を崩して手を振り返していた。


「うへぇ、これはひどいな……」


 神の城壁内の亀裂(ゲート)前広場は、惨憺たる惨状を呈していた。

 戦闘後は慌ただしさもあってじっくりと見て回る余裕が無かったが、改めて落ち着いて見渡してみると、本当にひどい有様だった。

 警備兵が常駐していた木造の監視哨は跡形もなく吹き飛んでいて、今は簡易のテントが張られていた。

 探索時間(スコア)稼ぎの連中で賑わっていた休憩所のような建物も無くなっている。

大きな岩があちこちに転がっているのは、オーガが投げ込んだ岩だ。

岩の下に犠牲者の身体の一部が残されていて、作業員たちが岩を持ち上げて回収している様子だった。

 そして極めつけは、うちの子が作ったクレーターである。

クレーターは、流れ込んだ川の水や地下水が底にたまって大きな池になりつつあった。

 あれはもう、埋め戻すことは無理だろうなぁ……。

 

「この辺りのモンスターは一掃されてるだろうから、あっちに見える森の方に行ってみよう」

「うん」


 将来ファルタナの新しい名所となるであろう池の辺りに沿って歩く。

 採掘者(ディガー)組合の職員のおっさんは、まだ亜人たちの残党が近くにいるかも知れないと言っていたけど、あの大爆発を見てまだ近くにいるだろうか?

 いたとしたら、よほど危険感知能力の無い奴だなと思うんだけど。

 もちろん、警戒しておくに越したことはないんだけど。

  

 さて山裾に広がる森へと到着。

 道はあったけど、この森にも爆発の影響が残されていた。

 爆風で吹き飛ばされたと思われる倒木や、噴き上げられた岩塊が道を塞いでいたりする。

 この辺りは探索しつくされているはずなのに、まるで未開の森へ足を踏み入れた気分だ。

そしてこの辺りにもモンスターの気配は無い。もっと奥に行かないと獲物はいなさそう。

 倒木を乗り越え、時には道から逸れて足で背丈の低い草木を踏み倒し歩き続けて三十分。

 最初の獲物を発見。

 森の背の低い木々の葉や下草をモムモムと一心不乱に食べているのは、全長およそ一メートル半くらいの大きさの緑のイモムシ。

 葉っぱを食べつくすとモソモソと移動しては、旺盛な食欲を満たしているようだ。

 大きさからして(サナギ)になるまでにもう少し時間が掛かるといったところ。

 こいつらは夏が来る前に立派な蝶となって木々の樹液を吸うようになる。

 こちらから近づいてちょっかいを出さなければ大人しい、比較的害の無いモンスターだけど、その貪欲な食欲は、森一つを丸裸にしてしまう害虫だ。

 

 俺はアルテナへ「静かに!」とジェスチャーで示すと、右手にショートソードを持った。

 一心不乱に葉っぱをモムモムしているイモムシの背後に回り込むと、足音を忍ばせてそっと近づき――。


「っは!」


 鋭い呼気を吐き出してショートソードを振り下ろす。

 ゾブリという手応え。

 イモムシの体から緑色の体液が勢い良く噴き出す。

 身体をくねらせるイモムシ。

 一度大きく後ろに仰け反ると、左右に大きく身体を振る。

 そして傷つけた俺を見つけると、再び身体を大きく振って頭突きをかまそうとした。

 が、決して素早い動きではないので、慣れていれば余裕で避ける事は可能。

 そしてこいつらには面白い特性があって――。


「こっちだ! イモムシ野郎!」


 イモムシに挑発しても意味は無いかもしれないが、俺は声を出してイモムシの正面へと回る。

 イモムシは「チャンス!」、と思ったかどうかは知らないが、奴にとって唯一の特殊技能、シュルシュルと真っ白い糸を俺に向かって吐き出して来た! 

 もちろん、糸の事を知っていた俺は簡単に躱す。

 狙いを外したイモムシの糸は、近くの木にべチャリとくっついてイモムシと木を結んだ。

 実はこの糸、後で巻き取れば結構良いお値段で売れるのだ。

 糸を吐き出させたところで、後はイモムシの頭突きに近い体当たりを躱しつつ、ザックザックとショートソードを刺してとどめを刺す。


「こいつを狩ればいいの?」


 動かなくなったのを確認していると、アルテナが恐る恐る近づいてきた。


「そうそう。動きは単調だし、攻撃手段は体当たりか糸を吐いて相手の動きを縛るだけ。駆け出し採掘者(ディガー)には美味しい獲物なんだよ、イモムシは」


 ただ、年中いるモンスターじゃないのが残念なところ。

 春先にしかいないからな、イモムシ。

 だが、季節限定モンスターというおかげで、糸がそこそこ貴重な物として高価で取り引きされているのはありがたい。

 さて、次のイモムシを狩るとするかね。


「これならアルテナにも狩れそうなんだよ!」


 俺とは別のイモムシへアルテナが近づいていく。

 真正面から。


「あ、そいつに正面から行ったら――」


 ぶしゃあああああ。


「わあああああ! ノア! ノア! 糸が! 糸が絡まって! ネバネバする! ネバネバするよ!」


 ああ、もう言わんこっちゃない。

 イモムシは糸に絡め取られて動けないアルテナに、そのままジャンピングボディアタック。

 ボテッとしたイモムシの体当たり、実はそれほど痛くはない。

 丸めたマットレスが、ぶつかってきたと想像してもらえればわかりやすい。

 糸で絡めて身動きできなくなったところを体当たりで転がして、その隙に逃げ出そうとするイモムシ。

 その背後に踊りかかった俺が、グッサグッサとショートソードを突き立てた。


「……うぐっ……えぐっ……ノアぁ……ネバネバするよぉ……取って欲しい……」

「その糸、切ったら素材として売れなくなるからダメ」

「っ!?」

 

 糸のネバネバは、しばらく放っておくと次第に乾く。

 それから糸を回収するのだ。

 イモムシの魔石は小さいので、貴重な糸のほうが高いんだ。

 周辺を見回せば、イモムシはまだまだいっぱいいたので全部狩ってやることにした。


「……シクシク……グス……えぐぅ……」 


 その間、糸で簀巻にされているアルテナがメソメソ泣いていたけれど、ここは金のために心を鬼にして無視。

 

「……ヒドイ、ヒドイよ……ノア……シクシクシク……」


 せめて、アルテナが縛られている糸の回収を一番最初にしてあげようか。


「いくら縛られている女の子が好きだからって……」


 おっと、人聞きの悪い事を。

 口まで糸で縛るぞ、コラ?



 イモムシは全部で十七匹いた。

 結構多かったな。

 集団で襲ってくることは無いので一匹ずつ倒したんだけど、これだけの数がいると糸の回収に時間が掛かる。

 もちろん、放置して帰るなんて選択肢は無い。

 糸から解放してやったアルテナにも、回収方法を教えて手伝わせる。

 教えると言っても、糸巻き機があるわけじゃないので、手頃な棒切れを拾ってそれに糸を巻きつけるだけだ。


「結構面倒くさいね」

「だから高く売れるんだろ?」


 面倒くさいことは否定しない。

 木の根元に腰掛けて、二人でちまちまと糸を巻き巻きしている時だった。

 バキバキと木の枝を踏みしめる足音が聞こえてきた。

 急いで近くの茂みに身を潜める。

 巨体を揺らしながら姿を現したのは巨大な鹿。

 体長はおよそ三メートル近い。破壊の角鹿(バッタリングムース)と呼ばれるモンスターだ。

 名前のとおり気性の荒い鹿で、その見事に張り出した平たく丈夫な角で巨木をなぎ倒し、襲ってきた肉食獣も返り討ちにする。

 ただし角があるのは雄鹿のみ。

 雄は複数のメスを連れてハーレムを形成するのだけど、こいつは一頭だけ。

 まだ年若いはぐれ雄なのだろう。

 フンフンとしきりに周囲を嗅ぎながら、バリバリと背丈の低い草木を貪っている。

 どうやら俺たちには気づいていない。ちょうど風下に俺たちはいたようだ。

 鹿肉は高級食材だ。

 毛皮に角はもちろん、このサイズであれば骨も素材として高く売れる。

 手持ちの武器で狩れるだろうか?

 少々不安だったけど、滅多に見かけない大物。

 見逃すには惜しすぎる。

 俺はショートボウに持ち帰ると、そっと矢を(つが)えて狙いを付ける。

 狙いは前足の付け根からやや後ろのあたり。そこに鹿の心臓がある。

 キリキリと絞って、矢を放つ。


「ブモフッ」


 飛んでいった矢は僅かに狙いが逸れて、首付近に命中。

 破壊の角鹿(バッタリングムース)はその場で飛び跳ねると、ダッとその場で一周駆け回り、そして俺たちを視界に納めた。

 

「あわわ、ノア! あいつこっちに来るよ!」


 前足で地面を二度引っかき、頭を低く下げて角を前に突き出し突撃体勢。

 俺は二本目の矢を素早く番えて放つ。

 命中。

 今度は右肩のあたり。

 鹿肉で一番上等なロース肉を傷つけてしまったけど、俺の腕じゃ避けて射つことなんてできないから仕方がない。

 そして破壊の角鹿(バッタリングムース)の旺盛な闘争心は、俺の二射目の矢でも折れることはなかった。

 俺目掛けて勢いつけてドッドドドと突進してくる。

 

 あ、コレ無理。


 超重量級の破壊の角鹿(バッタリングムース)の突進は迫力満点だ。

 とても真っ向から受け止めようなんて思えない。

 でも、ここで背を向けて逃げ出せば背中からぶちかまされる。

 落ち着け!

 破壊の角鹿(バッタリングムース)の動きをよく見て、体当たりされる寸前で横っ飛びに飛んで躱した。

 ドーンッという音がして、次にメキメキという大木の幹が張り裂ける音。

 アブねぇ、直撃したら内臓破裂のコースだった。

 

火炎弾(ファイア・ボルト)!」


 アルテナの火炎弾(ファイア・ボルト)破壊の角鹿(バッタリングムース)の横腹に命中。しかし少し毛皮を焦がしただけ。

 毛皮を焦がせば、売り払う時に価値が下がるけど、そんな事を言っている場合じゃないな。

 でも。


「アルテナ、足下を狙うんだ!」


 破壊の角鹿(バッタリングムース)は、小癪な攻撃をかましたアルテナへ頭を向けている。


「こっちだ! デカブツ!」


 大声を出して、破壊の角鹿(バッタリングムース)の気をこちらに引く。

 怒りに満ちた瞳が俺を見据える。

 そして地面を蹄がひと掻きふた掻き。


「ブモオオオッ!」


 雄叫びとともに再びドドドと俺に突進。


火炎弾(ファイア・ボルト)!」


 今度は前足に命中。

 並の鹿より太いとはいえ、巨体を支えるには不釣り合いな細い足。

 火炎弾(ファイア・ボルト)は大きなダメージを与えたらしい。

 突進していた事もあって、破壊の角鹿(バッタリングムース)はつんのめるようにして前方へ転倒した。


「やった!?」

「まだ近づくなよ? 押し潰されるぞ?」


 あの巨体だ。

 圧し掛かられでもしたら、ただじゃすまない。

 俺は立ち上がろうともがく破壊の角鹿(バッタリングムース)の正面に廻る。

 破壊の角鹿(バッタリングムース)は頭をもたげると、黒い大きな瞳に怒りの色を滲ませて、俺を見つめる。

 見つめられると少し罪悪感を覚えるけど。

 ショートボウに矢を番える。そして射た。




 腹を割き、内臓を掻き出す。毛皮と肉、腱、骨、そして忘れてはならないのが立派な鹿角。

 とてもじゃないけど全部は持ち帰れないな。


「腹減ったし、少し食うか?」

「食べたい!」


 というわけで、着火(ティンダー)で火を熾して食べることにする。

 あばら骨についた肉へ塩をまぶして炙って食べる。

 ジュージューと滴る脂。

 香ばしい香りが食欲をそそる。


「美味しいね、コレ!」


 寝かして熟成させていないので少し固いけど、食感はプリプリしていて臭みもない。

 心臓も少し食べてみたけど、こちらも柔らかくて美味しい。

 背ロース肉やモモ肉といった高い食肉部位、心臓、肝臓、毛皮、角だけを持ち帰ることにして残りは勿体無いけどそのまま放置。

 後で肉食性の獣が片付けてくれるだろう。

 アルテナには毛皮を背負ってもらって、来た道を戻る頃には日が沈みかけていた。


「泊まりじゃなかったのか」

「日帰りですよ」


 亀裂(ゲート)採掘者(ディガー)組合職員のおっちゃんに探索時間(スコア)カードを渡す。


「獲物は狩れたかい?」

「バッチリですよ」

「ジャーン! 見て見て、この毛皮!」

「ほお! こいつは立派な鹿の毛皮だな! 角もあるのか。破壊の角鹿(バッタリングムース)の雄だな?」


 アルテナが背負っていた毛皮を見たおっさんが感嘆のため息。


「群れでいたのか?」

「はぐれですよ」

「はぐれか」


 はぐれ、つまり雄一頭しかいなかったと聞いて、残念そうに言う。

 群れでいたなら多分、採掘者(ディガー)組合で依頼書を出して、大規模な狩りを行おうと思ったのかな。

 でも、もしも破壊の角鹿(バッタリングムース)の群れなんかに出くわしたなら、俺とアルテナだけじゃ狩りは無理だ。

 アルテナを聖剣にしたら別だけどね。


「運が良かったな。若い雄鹿の肉は高く売れるぞ」

「ええ。一攫千金できましたよ」

「はっはっは、良かったな。ほれ、探索時間(スコア)カード。今回の探索時間(スコア)は十時間と二二分だな」

「どうも」

「おっちゃん、またねぇ!」

 

 俺たちはおっさんに手を振ると、採掘者(ディガー)組合へ歩き出した。

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