93 最大公約数はみんな見慣れてるから怖くない
(2025/10/14 内容差し替え)
どうぞ。
道化師系統のジョブは、三つに分岐する。より戦いに特化してたくさんの武器を使える〈血濡れ道化師〉、さらに種類・数を増やしてモンスターの使役を極めた〈座長〉、幻惑とバフをより強化する〈夢現霧歩〉。
どれも悪くないとは思うけど、キラークラウンだけにはなりたくない。転職条件は「NPCを殺害して血を浴びること」――そのキャラのメインジョブが固定されるのも良くないけど、恥とか人気取りとかじゃなくて、絶対にやりたくなかった。
「……このへん?」
盆地にあるエーベル、山の中腹にあるベルターに続いて、第三の街「カンデアリート」は谷川を見下ろす崖にある。霧が多くてちょっとした穀物しか育たないけど、風が吹くから粉挽きはすぐにできる。エネルギー源の鉱石もたくさん算出するし、モンスターから食材も落ちるから、そこまで生活は大変ではない、らしい。
とはいっても、ここから見えるのは風車だけだった。
「飾剣を差し込むと開く、斜め向きでねじらなくていい鍵穴……」
高くけわしく切り立った崖は、〈面歩〉スキルがあってもちょっと怖い。けれど、今回用があるのは山に登って村に入るルートではなく、崖そのものだ。ダウジングみたいに飾剣をかざしながら、何か反応がないかを探してみる。たまにきれいな石ころを見つけて拾いながら、角度的に村がいっさい見えなくなるあたりで、剣先にぼうっと鬼火みたいな光が宿った。
「んーと……? あ、あった!」
崖の方に歩み寄っていくと、アンナに聞いた通りの鍵穴があった。まるで何かのハンコみたいなマークの中心に、斜めのスリットがある。念のため、予備の飾剣を差し込むと……すっとスムーズに入っていった。
魔法なのか科学なのか、まるでホロウィンドウのような円形が出てくる。SF映画で見る、手でつかんで回転させる何かのようなものが、自発的にぐるっと回った。
「これ、何の技術なんだろう……」
ファンタジーにはだいたい何でも登場するけど、からくりや呪術も登場するから、見ただけだと技術体系は分からない。ぽっかり空いた穴をくぐると、そこはすぐ、アンナの言っていた通りの光景になっていた。
ひどく大きな洞穴と、ちゃぷちゃぷ音がする廃港のような場所。地下に隠し港を作っていたようで、設備はかなりしっかり揃っているけど……港の半分は凍り付いていて、船のほとんどは氷に吞み込まれていた。そして、ボロボロになった帆船だけが、氷の上に座礁している。
「入り口、……あった」
ボロボロになった船底にはいくつも穴が空いていて、人が通れるサイズのものもいくつもある。あちこちから入るのもいいんだろうけど、今回の目的はかんたんなものだから、とりあえず入れればいい。
歩くたびにきしむ木の床は、ところどころ抜けている。めちゃくちゃ乱暴にすれば壊れそうだけど、私くらいの重量なら床が抜けることはなさそうだ。
『フィーネ、今日は幽霊船に来てるから、お留守番ね』
『床が抜けてしまうのですね。承知しました』
ひとこと告げてから、船室をひとつひとつ見ていく。明らかに入った船の大きさより大きい気がするけど、部屋ひとつずつは思ったより小さかった。
宿舎らしい部屋、食堂らしい広いスペースに、事務室なのか作業室なのか、詳しくないと分からない部屋。ワンフロアすべてを回り切ってもいないけど、モンスターが何も出てこない。ジャンプスケアなのかな、と思っていると、階段が目に入った。
「あそこかな」
カードデッキを用意して、下に降りていく。ぎし、ぎしと鳴る階段と、ハイヒールの鳴らすコツコツという音が不思議にマッチして、へんに面白かった。
そして、妙に軽い足音が聞こえてくる。
「来た……!」
ちっとも灯りがなくて、光を放つ氷がこびりつくところ以外は、光量がちっともない暗闇。かこっ、かこっと妙なつくりをした何かが、寒い洞穴の中で古びた床材を踏む音。ぼう、と赤い小さな光が灯る。
「あーぁああ……」
それは、まぎれもなくガイコツ――
「〈シールバインド〉!」
――私が捕まえに来たモンスターだった。




