91 Noble-Ocean Vestige Arcadia
(2025/10/14 内容差し替え)
どうぞ。
観終わって、いくつも交わされる感想を聞く。オタク視点とふつうの視点、あれこれとぶつかり合っていて、聞いているだけでも楽しかった。
「アカネはどうだった?」
「んー、やっぱちょっと暗いよね。でも、サクヤの人は曇り顔が似合う、っていうのはめっちゃ分かるなって」
「そっちかーい」
「通しで見た後もっかい見るとさ、ちゃんと伏線張ってあったなーとは思ったよ」
役割が似ている預言者と巫女が両方いる理由とか、フェイクペッターがこれまで変身済みで出てきた理由とか……長いスパンで考えると、ここって分かるようになっていたんだな、と思った。
「ま、楽しんでくれてるみたいだし。俺はいいかな」
「ヒョウドウはほんとトンチキな絵面似合うなー、と思ってるところからの着流しコンクリ寝そべりだもんねぇ。ちょっと痛そう」
「あれ合成でシート消してるらしいぞ、さすがに直は無理だって」
「あ、やっぱり!」
トークが深くなってきたなー、とちょっと距離を置く。楽しそうにしている人は、そっと見守るのがいちばんだ。
「あ、そういえばまだお風呂入ってないよね。今日はあたしがアンナをもらっていくぜ」
「いいよー。じゃあお兄ちゃん、最初に入ってきなよ」
「いいのか? ありがとな」
「そのあいだ、何しよっか」
兄がお風呂に入っているあいだ何をするか……ちょっと話した結果、もう一本何か見るのではなく、ちょっと女子トークすることになった。
「アカネっちは大学どうなの? てーくみはいあーな人とかいないの?」
「金色の人気者?」
「染まっとるやんけーい。そうじゃなくてカレシとか候補くん」
「冗談だってばー。声かけづらいしすでにカレシ持ちっぽい、とか言われた」
私の恋愛観は小学生レベルで、そこらへんの情緒はほぼ何もない。結婚するまでえっちなことを思いつきもしなかった女性がいる、なんてのも別にウソじゃなくて、私並みにいろいろ薄かった人なのだろう。
「カレシとしたいこととか、思いつかないし」
「そうなんだぁ……何かきっかけあったら覚醒っ! しちゃうのかなぁ」
「アカネっちわりかし重いから、爆発力はすごそうなんだけどねー。ばーにんぼるけーのしちゃったら、並みのオトコは着いて来られんぞい」
「なるかなー、そんなこと」
兄みたいに、そのうちモテ期が来るのかなとか思っていたけど、別に来なかった。考えてみたら、男子が応援に来るタイプの部活でもないし、クラスメイトにアピールしたりもしていない。まあ別にいいや、というのが過ぎ去ったあとの感想で、それ以上にはない。
アンナは結局カノジョを作っていないとか、義姉のちょっとキツめの惚気とかを聞いていると、そのうちに兄がお風呂から上がってきた。
「盛り上がってるな。父さんもいたらなぁ……よかったのにな」
「しょうがないよぅ、今日泊まり込みみたいだもん。じゃあアカネ、私たちお風呂浴びてきちゃうからね」
「うん、いってらっしゃい。三人だと狭いし」
「そこはしょうがないか。あったまってくる」
兄と何を話そうかと思っていたら、「あっすまん」と頭を拭きながら片手で合掌の形をとる。
「やるんならやるで、ちょっとはレベル上げもしとかないとだしな。今日は早めに引っ込んどく。当日にいいとこ見せたいからな!」
「ふふ、楽しみにしてるね。私も、NOVAの方行っとこうかな……」
そんなわけで、みんながそれぞれに散ったところで、部屋に戻ってメタバース「NOVA」に入る。土壇場で変更が入ったとはいえ、約束の時間まではまだある。
オープンスペースに降り立った私のアバターは、高校のときにお小遣いで買った「人魚の薬売り」をちょっといじったものだった。そういえばそんなに慣れていないし、ここ一週間はゲームばかりで、ほぼ使っていなかった。独特の浮遊感を懐かしく思いつつ、ついついと尾びれを動かしてゆったり泳ぐ。
腰に提げた薬かごがゆーらゆーらと揺れて、なんだか懐かしい感覚が蘇る。
「そうそう。こんなだったよねー……」
街角で、ヘッドフォンをした十二面サイコロ頭が、ギターを演奏している。前に教えてもらったリュミのアバターだ。ロックだけではない、いろいろなカバーを心地よく聞きながら、「おっしゃぃ、次ぃ!」とご機嫌に始まったイントロに、尾びれの先がぴくりと震えた。
「夢を叶えたいって思ってるやつは聞け! 偽物から本物になったヒーローの歌だぜ! 『キラ星選隊イチバンファイブ!!』、さあ――」
ギャアンッ、とイナズマのように切り込むギターが響いた。
いくつもの思い出がある歌を、遠巻きに聞く。ステージの上空で踊っている人魚たちの中には、激しいダンスや子供向け番組みたいなダンスもあり、バレエや新体操みたいな動きのものもあった。いつもなら混じりに行っても楽しいところだけど、今日は静かに見ることにした。
「やっぱ上手いなー、ギターすごい」
あっちからは分からないくらい遠いのに、小さな指遣いが心臓に共鳴するみたいに、折り重なった複雑な旋律を届けてくる。
「……また見たときは、応援行こっと」
お風呂上がりの二人の声に、私は現実に引き戻された。
えー、PVが下がり過ぎていてアレなので、本編三章1~4話に収録されていた『イチバンファイブ』本編を設定集の方に移動させます。やりたいことではあったんですけど、需要に合わないならしょうがない。
数話リセットという形になりますが、ご了承ください。




