86 スヰートパレヱド/飴降って次固まれ
どうぞ。
いくつもの神輿の上に、たくさんの【愚者】が乗っていた。神輿は十以上、脚が生えていて自分で歩くものもあるし、浮遊してスライド移動するものもある。
「新入りさん。歓迎する」
「ルイカさん、でしたっけ。よろしくお願いします」
手のひらのような仮面を耳あたりに引っかけた和装ドレスの少女は、「そう」と微笑む。この世界の住民は、生まれたときから「意志の証」を持っているそうだけど……ここまで不気味なものを持っていて、変な目で見られないのだろうか。
「ベルターに向かってるんですか?」
「あそこには宴が必要ですからね。夜を明るく過ごさなければ、【愚者】は萎れてしまいます……弔いがただ暗くてはいけない、そうは思いませんか?」
「それもそうですね……なんか違う気もしますけど」
「ははは、【愚者】とはそういうものです。迷惑がられても、石を投げられてもいい。感情を一歩先に動かさなくてはね?」
復興している途中、とはいえまだまだ土台や仮の柱を立てたあたりの街は、遠目に見てもほとんど真っ暗だった。最低限の魔物避けに使う灯り以外は点灯していないけど、どうやらまだ起きている人はいる。
「演奏を始めてください。手筈は整えてありますので」
「にぎやかに、やって」
和楽器のような、ちょっと違う不思議な音色が、お祭り風の調子はずれな音楽を響かせ始めた。神輿が移動するにつれて、街の方にもぽつぽつと灯りが見え始め、あちらに待機していたらしい楽団も演奏を始める。
「さあ、これを。投げても手渡ししても構いません」
「お料理のかご、ですか」
しゃれた木箱型のアイテムボックスを開けて、グレリーさんはバスケットをいくつも取り出していく。そんなに匂いは立たないけど、ふわりといい香りが漂っていた。
「保存がきくものですから、明日の朝でも夜でも、明後日でも」
「時間で考えると迷惑だけど。素直に喜んでくれなくてもいいの」
「なんていうか……意外と照れ屋さんなんですね」
「素直な【愚者】なんていませんよ。あなたのような人は珍しいんです」
名前通りのお菓子配りの行列が街にやってきたのに気付いて、子供たちが駆け寄ってくる。元気っこには投げ渡し、静かな子には手渡す人たちを見て……破壊活動なんてしてないんじゃないかな、とちょっとだけ穏やかな気持ちになった。
「行かないんですか?」
「ちょっと用意を。解も使って……!」
時間結界を空中に、板状に広げる。そして、下から殺到したボールを逆さまにくっつけて、ぴたっと停止させた。逆さになったまま子供たちの上に向かって、小さめのお菓子はそのままばら撒く。いくつも預かったバスケットは、直接渡すことにした。お菓子を渡すのは分身に任せて、バスケットの方は自分で向かう――競争に入っていけない子や、元気のない子に。
隅っこでぼうっと見上げている女の子の前に、たっと降り立った。
「あ、ボールのお姉ちゃん……」
「どうしたの? パレヱドが来たのに浮かない顔で」
「お母さん、私だけ行っておいでって言って……一人で泣いてるから」
「あなただけでもいいの、笑って。きっと、お母さんも笑えるようになるから」
娘に涙を見せないくらい気丈なお母さんは、きっといつか元気になる。それを知っているこの子も、すごく強い。たった二人になったとしても、元気を分け合って、与え合って、強く生きていける。
「笑っても、いいのかな」
「見て。灯りが照らすと、なんでもキラキラに見えるでしょ?」
パレヱドの方を指して、微笑む。
「あなたがお母さんを照らしたら、きっとお母さんもキラキラになる。キラキラしたお母さんに照らされて、あなたも明るくなれるの」
「灯り、……」
「真っ暗に思えるときこそ、灯りを忘れないで。不安なときにも、灯りがあれば一歩ずつ歩けるから」
どうぞ、とバスケットを渡す。そして、キャンディーを五つ渡した。
「あ……!」
「分け合って食べてね。誰かといっしょに食べること! いい?」
「うん!」
女の子は、すぐに走って帰っていった。一度食べ物を渡すだけ、〈道化師〉としてパフォーマンスを見せるだけ――直接何かできるわけじゃないから、人生が壊れた人を助けることなんてできない。すごく無力だけど、小さなひとつだけでもできるなら、と。
一人ずつきちんと話して、私は十一個受け取っていたバスケットを渡し終わった。
【愚者】の本懐は「財をなげうつ」こと、ならチャリティーも活動範囲に入ってるよなぁ! というツンデレたちの行い。なお時間帯は就寝直後あたりとクッソ迷惑なんですけど、寝てない人が多かった理由はまあ、うn……明日はきっと、ちゃんと寝られるはず。




