84 人は顔のせいでけっこう損をする(らしい)
どうぞ。
遠くから聞こえてきた戦闘音に気付いたのは、私だけではなかった。
「なんでしょうなー、相当激しい戦闘のはずなのに……一瞬で終わりましたぞ」
「生き残りがいたんじゃない? どっちにせよだけど」
筋力六百近かったね、と数字を言い当てているサフォレにちょっとドン引きしつつ、ボールを出して乗った。
「ちょっと行ってみるね。私が瞬殺されたら敵だと思う」
「フィエルさんをですか。念のため、わたくしも向かいます」
戦い足りないらしいレーネも、一緒に行ってくれることになった。思いっきり跳ねさせたボールの上で、できるだけ何があるのかを見る。地味な山林の中には、ちらほらと弱めのモンスターがいるだけで、特に何もない。と思ったら、何かあった。
『あ、なんかキラッとしてる』
『わたくしは樹の上にいますので、ボールの音で知らせていただければ』
『りょーかい、落ちるね』
少しだけ開けたところにボールを落下させて、ズドォウンッ!! と音で威嚇する。ぼよん、とボールの上で跳ねてから着地すると、そこにいたのは五人の男性だった。
「――あ」
「来た、か」
長い銀髪をポニーテールにまとめた美青年が立っていた。見た目だけならただの細マッチョだけど、立ち姿が……とても静かな呼吸、ゆらりとこちらを向きながらも揺るがない体幹、どう仕掛けても勝ちの目が見えないほどの威圧感。あまりにも、恐ろしかった。
「ディリード、ですね。BPBの本隊が、こんなところで何を?」
「この人が“最強”!?」
まったく音もなく鞘に収めた真っ黒の剣も異様だけど、よく見れば黒い鎧のあちこちが無理やり入れたようなデザインをしている。この人も、モンスタージョブに就いているようだった。
「カンデアリート開放が、終わった」
「……あ、第三の街ですね。ありがとうございます」
急にものすごいしかめっ面をしたけど、笑いを噛み殺しているようにも見える。ギュッと握った拳には何の意味があったのか、ほかの四人も何も言わない。ものすごく不気味だった。
「まだ、疑問にはお答えいただいていませんが」
「……少し、道に迷っただけだ」
ジョークなのか素の言葉なのか、ちょっと判断に迷う。とくに隠れた意図はなさそうだけど、いまひとつ真意が見抜けない。女子ばっかりの部活にいたから、しぜんに人の顔色はそれなりにうかがうようになったけど、男性だからだろうか、感情は読み取れなかった。
「ッ配信を、……見た。俺たちは出なかったが、「魔王チャレンジ」……都合よく使わせてもらって、……悪かった」
「ええと……事情は聞き及んでいますが。それを伝えに?」
「また、同じことを……するときに。次か、その次あたりに……俺ったち本隊が――出ても、問題ないか?」
「……ッ!!」
噛んだのか、途中で途切れそうになったり変に上ずったりしている。実は緊張しているのかもしれない。レーネはというと、もののふの血が騒いでいるのか、悪鬼みたいな笑顔になっていた。
ちょっと通話しますね、とサフォレにつなぐ。
『もしもし、アンナ? BPBの人だったよ。「魔王チャレンジ」に自分たちが出てもいいかって』
『えっ、…………ディリードがそう言ってるの?』
『レーネが侍モード入ってるし、本気っぽいよー』
『わぁお。話題は呼べそうだねぇ、いいよって言っといて』
通話を切って「いいそうです」と答えた。
「そうか。前から、〈レクストリガー〉に〈ダブルデッカー〉が増えた、ようだが。同じ二つ名を持つものとして、……二人とも、この手で斬る」
「今度こそ、わたくしと戦ってくださるのですね」
どうやら同類なのか、ディリードは凶悪な微笑みを浮かべる。それ自体に威力があってもおかしくないくらい、怖い。
「助かった。拠点を壊されるのは、困るからな……」
「え? はい、どうも……?」
防衛線というわけでもなかったけど、エーベルの街は守れた。喜びを噛みしめながら、五人に手を振ってギルドホームに戻った。
それから十分くらいで、いつもの五人が揃う。
「いやぁ、大変だったねぇ……スライムが、置き土産で進化するなんてねぇ」
「タイミングを見失って配信もできませんでしたからなー。大損ですぞ、あれほどの撮れ高をぜんぶ逃してしまったのですから」
「ごめん、今日友達の誕生日お祝いしてて……」
「いいよー、特殊すぎたしまた居残り組だったと思う」
シェリーは、こういうゲームには珍しい、リアルの方が大事な常識人タイプだ。たぶん私も、まだ新体操を続けていたら「ハジケる」必要もなくて、ゲーム自体やっていなかったか、付き合いでちょっとだけ、くらいだっただろう。ある意味で自分のIFを見ているようなところがあるから、冷たいことは言えない。
「ねえ、アンナ。あれもあの……シシの仕込みだったの?」
「違うんじゃない? あれも宗教団体みたいなものだし、金等級の剣をスライムに食わせて進化させる……なんてねぇ。大工さんが息子に、大工道具おもちゃにさせるようなもんだよぅ」
「死んでもやらなさそうですね。祖父も、真剣は握らせてくれませんでした」
「抜刀していたということは、あそこで残党を斬ったのでしょうなー。何か訊きませんでしたか?」
あっ、とレーネと顔を見合わせる。何があったのか、ちゃんと訊いていなかった。
「ごめん! 完全に忘れてた!」
「道に迷った、と言っていましたが……。別の伝手から情報を仕入れて、討ち漏らしを仕留めてくれていたのかもしれません」
「だよね、拠点を壊されたら困るって言ってたし」
「さすがド廃人、すごいねぇ」
それじゃあ、と登場したホワイトボードに、とっこが文字を書き入れていく。
「第二弾企画、ですな」
「今回の敵は手ごわいよぉ。“沈黙の刃”、“黒剣”、“刹那”……“最強”」
どこ界隈でそういう会話が交わされてるんだろう、とちょっと思いつつ……けれど、そう呼びたい気持ちはちょっとだけ分かった。ただ立っているだけでもその強さが伝わるし、表情や指の動きひとつさえ、まったく読めない。敵対したときに何が起こるか、どうやったら勝てるのかのビジョンが、ちっとも見えてこなかった。
「あのディリード率いる「BPB」が君臨する玉鋼陣営――全員」
四大ギルドの陣営名(自称)
「タイトルタイルズ」=黄金陣営
金儲け至上主義、というカバーストーリーをでっち上げるため、それっぽい名前になっている。所属メンバーとしては「やりたい放題で出資してもらえるなんて最高やで!」とむちゃくちゃをやらかしているため、キンキラ尽くしどころか収支トントンの模様。
「ミルコメレオ」=キプルス陣営
銅は再利用率が極めて高いため、「収集と利用」を旨とする団体としてあやかるために名付けられた。一説によると「ギルマスが好きなものの名前を付けた」と言われてもいるが、真相は不明。
「ブレイブ・パイオニアーズ・バトルフロント(BPB)」=玉鋼陣営
武器を何より重視するものたちが、最高の鉄の名前を付けた。……というのは建前で、「アマルガム陣営」という名前に続いて「金属っぽい・武器っぽい名前はないか!?」と真剣に会議した結果この名前が出てきた。刀使いはそれなりに多いが、陣営の名前は関係ないと思われる。
「水銀同盟」=アマルガム陣営
だいたいなんでも合金にしてしまう水銀がほかのものを取り込んだ結果=アマルガム、というきわめて単純な理屈でつけられた名前。これにBPBが続いた結果、ほかの陣営における名付けの方向性を決定づけた。一説には、道化の千変万化っぷりに由来するとも語られる。




