83 種が死に芽が生まれ/”最強”
最強、現る。
どうぞ。
聖杯の作り出した空間が崩壊する。
その様子を見ている、最後の【使徒】ゾルイがいた。
(失敗した……!)
聖杯を自然魔力の集まる地から離し、十全な力を出せない状態まで落とす。そして所持者を殺して奪い取り、すべての聖遺物を【異神】の手中に収める。完璧だったはずの計画は、いくつものイレギュラーによって壊れた。
(クルディオめ、旅人を巻き込もうとするからこうなったのだ……異界から訪れたものなど、もとより制御不能だと分かっていようものを)
外なるものは、言葉を話しているようであっても、人の思考を理解しているとは言いがたい。同じように、異界より訪れる旅人は、ハーダルヴィードの人間と限りなく似ているが……根本的に、思想や教育水準がまったく違う。「神を信奉する」という言葉ひとつ取ってみても、その真理をぴたりと言い当ててみせる。かれらは、人の世にあってよいものではない。
計画が失敗した以上、これ以上のチャンスはない。聖遺物の存在が知れ渡り、彼らをはるかに上回る化け物どもが警護するとなれば、いくら【使徒】でもただでは済まない。ベルター最強の戦士に蹴散らされた原罪派だけでなく、ディーコノジーヴに派遣した無罪派と雪罪派も半壊して逃亡したとの報せが入っている。
(聖棺を持つ「大罪の聖女」に敵わないのは目に見えていた、陽動と考えていたが……まさか本気だったのか? 半壊などとバカなことを)
生者が列聖されることはほとんどないが、聖遺物を持つ【使徒】は例外なく「創世神の足跡を追うもの」として聖人・聖女として扱われる。たとえそれが、血塗られた過去と殺人を生業として生きるどす黒い現在、存在も逸話もすべて闇に葬られるであろう、影ひとつ存在しない未来にあるとしても――この瞬間あたたかな血しぶきを浴びて、敗者の血や肉を喰らわせているとしても、である。
このままでは帰れない、と戦士ならば思うところであろうが、ゾルイは宗教者である。目的外のことに意識を向け、その結果として敗退したと聞かされてなお、聖杯強奪に注力できようはずもなかった。人手もなく、力も足りぬ。であれば山に戻り、今一度祭壇に向かって神託をもらうほかない。そうでなくとも、「沈療死施」全体の危機であることは間違いなかった。
が、しかし。
どこから現れたのか、山林のただなかに、男たちの姿があった。
「……」
長い銀髪を後ろで束ねた、黒くとげとげしい鎧の美丈夫。無表情の中に、わずかに揺れる不穏があった。続く四人も、どこか不穏なものを漂わせながらも、美丈夫に判断をゆだねているような気配があった。
「見られてしまったか。ならばッ」
剣を抜き放ち、大上段から叩きつける。【使徒】にして【狂妄】、先ほどの空間でスライムを討滅せしめた旅人であっても、まともに受け止めることは困難であろう。瞬時にいくつものバフを練り上げた手腕も、旅人には不可能な速度だ。この斬撃から生き残れるものはいない――
――彼が“最強”でなければ。
「……」
「が、ブぁっ……」
敏捷で言えば五百を超える速度での斬撃を、なぜ四人全員が余裕を持って回避しているのか。そして、喉元から鎖骨を断ち切り、腕に抜ける……否、その逆の軌道で刻み込まれた傷痕は、一体いつ付いたのか。
そして、美丈夫はどこにいるのか。
「な、んだ……ッ、ごブォっ、れは……!」
枯れ葉を踏んだ音に振り向いたそこには、男がいた。夜の闇に“解ける”ような、黒い剣ではなく、剣の形をした闇とでも言うべき何か。男の手にあるそれは、恐ろしく広い見識を持つゾルイの記憶にもないものだった。
残り四人の男たちも、油断なく構えている。先ほどとまったく同じ剣技を繰り出せたとして、彼らもまた余裕で反撃してくるのであろう、と……あらぬ恐れが湧き出でる。そんなはずはない、と必死に考えてみても、それを否定できる材料がどこにも見当たらない。何より、まったくの無言であることが不気味極まりない。
肩を大きく上下させている美丈夫は、何かの力を溜めているに違いない。
(発動させてなるものか、ここで仕留めねば……!!)
足を刈るように繰り出した斬撃は、恐るべき圧を持った足によってゾルイが地面に縫い留められて終わった。砕けた肋骨が臓器を破壊し、口からとても手のひらには溜められない量の血がどっと噴き出る。
「ぼバッ、ご……」
何ひとつ為すことなく、ゾルイは死んだ。
「……道、聞けなかったな……」
「殺しといて言うことじゃないでしょぉ!? おおかた「沈療死施」だろうけどさぁ」
「すまない……」
「しょうがない、さっきの丸いのに近付いてみよう。特殊ステージか何かだろう」
四大ギルドがひとつ「ブレイブ・パイオニアーズ・バトルフロント」=BPBの五人は、道に迷ってしまっていた。ギルドホームへとテレポートすれば済む話なのだが――今回ばかりは、すこし事情が違う。
(リーダー、偶然を装って「水銀同盟」の前にカッコよく登場したかったんだよな……?)
(配信をシークレット窓にしながらチェックしてるから、間違いない。ファンなんだ)
(普通に行けばいいのにさぁ)
(彼ってば、しゃべるの苦手じゃなぁい? そこもカワイイけど)
戦いが終わったアマルガム陣営の前に現れ、なんかいいことを言って去っていくか、健闘を称えるか、ほかの攻略にかかりきりだったことを謝罪するか……どれにせよ、ディリードはそういうことをするため、カンデアリート開放が済み次第、ものすごく急いで山を登っていた。
が、どうやら間に合わないどころか、夜の山で完全に迷った。何度か遭遇戦を行い、どう考えても悪の組織な「見たな? 死ねィ!」をぶった切って、さらに迷った。
「どうしよう、間に合わない……」
「んもぅ、泣き言言わないの。情けない顔で口説けるオンナなんていないのよ?」
そのとき、すさまじい衝撃音が轟いた。
「――あ」
「来た、か」
いくらでも盛られる「ベルター最強の戦士」、現状で設定は何もありません。何なんだろうね……剣を使ってたっぽいことくらい? でもクルディオと同じくらい強い原罪派を十人くらい斬ってるんだよね。
……よりも強いの? そっかー……




