79 源黒端濁泥土に喘ぐ、千彩鈍の帳を晴らせ(1)
二章ラスボス戦、開始。
どうぞ。
様子がちょっとへんなアンナにいつも通りの両親と、いつも通りの夕食を終えた。今日は何か起こるのかな、と思いつつログインしたエーベルの街は。
「やっぱり、復興はしてないよね。そんなに壊滅してないけど」
――と思っていたら、鎖が飛んできた。私の横を通り過ぎて、七三分けであごひげが二股に飛び出た、妙に特徴的な男を捕らえる。
「す、すすすんませんしたァーーっっ!!」
「だったら逃げないでもらえると助かったのですがー。おや、フィエルさん」
「とっこ? どうしたのこの人」
「テロに不参加だったクエスト受注者です」
聞いてすぐ、カードと飾剣を手に持った。フル装備をぜんぶ装着して、本気を出す構えを整える。
「や、やめてください!! オレはっ、なんにも知らなかったんですよォ!」
「ジョブとアイテムだけ受け取って、どうして何も知らないんですか」
「だ、だって予定合わなくて……聞いてなかったし」
「……お仕事でしょうか?」
急に現場に呼び出されてェ、と男は情けを乞うていた。
「もろもろ省いて簡潔に。一度死なないと、その「ジョブ」は解除されませんぞ。力を使うほど異形化して、キャラの見た目がぐちゃぐちゃになります。代償のあるクエストだったのですなー」
「えっ、じゃあ上がったステータスは!?」
「ジョブ丸ごと消えますので、リセットされてしまいますぞ。NPCがプレイヤーを騙すなんて、ゲームの黎明期からあるでしょう」
「そんなァ……」
男はどうやら、本気で落ち込んでいるようだった。
「スキルを使わなかったせいでしょうか、ちょっと角が出てくるくらいで済んでおりますなー。ささっとデスポーンして、……」
「どうしたの、とっこ」
割れたガラスの破片が落ちるような、不可思議な音が聞こえてきた。この街にはもう、割れて落ちるガラスなんてどこにもないのに……いったいどこから、と思っていたら「あれだ!」と指さす人がいて、夜空に視線が集まる。
見ると、山の手――「北の方には赤っぽい星座が見える」とアンナが言っていたけど、星座どころではなかった。
真っ赤な空間の亀裂が、雲のような大きさで山を覆っている。
「空が、割れてる……!」
「魔王虫と同じです、あれは「外の世界」のゲート!」
「えっなに、オレどうなるの!?」
「しょーがありません、禊! 「水銀同盟」からのクエストですぞ」
あなたを使います、ととっこは言い切った。
「化け物のような強さのモンスターが出てきますのでー、何があっても逃げずに戦ってください。街を守ることで、罪を雪いでもらいます」
「い、いいんですかァ?」
「皆さん見ていますから。行きますぞー!」
『連絡ついた! 敵は「ソードガーデン・サーペントスライム」!』
街の外にいるアンナは、すでに山の方に向かっているようだった。
『今回の敵はとても危険です。地上をふつうに歩く方は、参加権がありませんね』
「どういうこと、レーネ?」
『泥沼のようなものを広げて、剣を飛び出させる力があります』
「私はいいけど……!」
壁を歩けたりパルクールできたり、特殊な移動方法を持っている人はいいけど、泥沼と剣という二重の制約がかかっている。ものすごく早い人でなければ、そもそも攻撃まで行けないかもしれない。
「うーむ。皆さんに情報共有しておきましょう、人手がいつもより少なくなりますからな」
「ボール、使えないね……」
頭の中で、戦いの手順を組み立てる。先に出していたフル装備はそのまま、山の方へとひた走った。
『もしもーしー、テステス。旅人の皆さん、私は「グレリー」。そこのスライムがいる空間を、現実から切り離します。存分に』
「やった! 頑張りますね!」
『制限時間は二時間ほど。それを過ぎれば、浸食が街まで来てしまいます……エーベルは今度こそおしまいです』
「おっ、オレは! オレは何すればいいんですかァ!?」
そうですなー、ととっこは首をかしげて、ニコッと笑った。
ワインの池のようなものに飛び込むと、すすすっとプールのスライダーみたいなものを通って、真っ黒い剣が無数に突き立った大地に降り立つ。
[ソードガーデン・サーペントスライム(一等級) との戦闘に突入しました]
ドロッとした黒い沼が、杯で作られた虚構空間の全体を覆っていた。着地……することなく突き立った剣の刃に降りて、地面と平行に立つ。
閉じたつぼみとドラゴンっぽい蛇の葉っぱがある、子供の書いたお花の絵と、中二病になった男の子が書いたカッコイイ絵を合体させた感じの姿だった。真っ黒いけど微妙に赤い光も放っていて、より中二病感が強い。
「スライム……? っていうか、花みたいな形……」
『あの剣、置き土産が喰われたんだねぇ』
『ミルコメレオが攻略サイトにアップしていた情報ですな』
『性能はたしか、HP吸収と吸収量に応じたクリティカル率上昇でしたね』
完全置いてけぼりで話がどんどん進んでいくので、牽制にいくつか技を撃つ。分身を本体の方に向かわせてみると、激しく反応していた。
「んーと。〈スクリーンフェイス〉は効いてるね」
『幻惑耐性はナシと。貴重なデータですな!』
まだ〈朧演刃賜〉も使っていないのに、ものすごい勢いで剣を新しく突き出している。
『ちょっと遠くから見てる。けっこう、攻撃範囲は狭いみたいね』
「早いけど、〈道化師〉のレベル50くらい……敏捷が三百ちょっとで逃げ切れる? と思うよ、たぶん」
『敏捷が三百以上で〈面歩〉か〈軽業〉持ち、両方ならなおよし。了解しましたぞ!』
「ありがとね、とっこ」
『じゃあ私、キャラ切り替えてくるよぅ』
「へっ!?」
制限時間付きの戦いが、始まった。
やっぱ浄瑠璃風のサブタイはいいな、ちゃんと調子が決まる……




