77 葉が麗しければ花も佳い
どうぞ。
鄙びた田舎では、お店に置いてあるものの色も、萎れたように色を失くしている。駅前の大型スーパーにある下着コーナーは、すごく無難で誰が手に取ってもいいような、白にピンクにベージュあたりの色しかない。若者やオトナが目を惹かれるようなものは、何駅か先の……「ちょっと都会」とギリギリ言えそうなところか、もっと先にある。
「だから駅に向かってるんだねぇ」
「そ。このへんはあんまりよくないから」
食べ物を買うならここでいいけど、それ以上となるとちょっと違う――地元の大型スーパーはそういう場所で、テナントもそこまでオシャレに寄っていない。地元で暮らす人ならここでいいから、築四十年の家みたいな色の服を着た老人は、ここに通ってここで生きている。
アンナが切符を買うのを待ってから、定期カードで改札を通る。マニッシュ巨乳さんとドーリィ学生は、どうやら大学生ならそこそこ普通に見えるのか、そんなに視線が刺さってこなかった。階段を登りながら、ねっとり気味のアナウンスを聞いた。
「丹待と蚕両どっち行く?」
「アカネのおすすめでいいよぉ」
「じゃあ蚕両ね」
ファッションビルがいくつもあるけどおしゃれ過ぎない、いい感じの場所だ。けっこういろいろあるから巡ってみるといい、と教授も言っていた。
住んでいる街が見える二番乗り場に向かい、電車を待つ。太陽がまぶしいのか、アンナは口数が少ない。
「なんでこんなに眩しいのかなぁ……」
「人工の灯りより、太陽の方が……なんかこう、単位的に明るいんじゃない?」
ルクスだかルーメンだかの単位が、人が作れるものよりも、太陽から(たぶん)百万キロくらい離れても届く光の方が高いのだろう。
「暑くないだけマシ、かなぁ」
「今日来といてよかったね……電車来たよ」
椅子はちょうどよく空いていた。アンナを窓際に座らせて、静かめにはしゃぐ妹を見守ることにする。田舎っぽい光景を通り抜け、短めのトンネルをいくつか抜けて、電車は蚕両駅に着いた。
蚕両は、駅ビルと高いビルがいくつも並んだ、けっこうな都会だ。すこし進んで道に入っていくと、小さくて美味しい食堂やカフェもある。近くに絹糸や紡績なんかの工場があったとかで、昔からにぎわっていたらしい。加工・販売をしていたここだけが一人勝ち状態で都会も都会になっているのは、地元民からするとどうなんだろうか……と、ちょっとだけ思った。
「おー。私たちが初めて会ったとこに似てる」
「あそこもけっこう、ファッション関係はよさげだったよねー」
ネットで知り合った女の子たちとオフ会をする、という……今から考えたら相当危ないことをしていた気もするけど、全員がほんとうに女子だった。メタバース「NOVA」はどんなアバターでも作り放題だから、そこに騙されると危険はある、と教えられた。そのわりには、偽物なんて見たことないから、メタバースで声や姿を完全にごまかすのは、けっこう難しいのかもしれない。
「ささ、行くよー」
「うん……」
あんまり乗り気ではないらしく、上がっていくエスカレーターでも妙にそわそわしていた。二階にあるお店もいいけど、ちょっとカワイイに傾いていてぶりっ子っぽくなるから、三階のお店に行くことにした。アンナはお店の前でちょっと足を止めるけど、服の端っこをついと引っ張った。
「ここじゃないの?」
「あそこはすぐ脱ぐ人向け」
表のマネキンにディスプレイされているものも、見せる前提の装飾がいっぱい付いている。普段使いに着けていたら、フリルがものすっごく邪魔そうだ。ああいうのは痒くなる人もいるから、デートに着ていくのがベストだと思う。
反対側のエスカレーターまで移動して、またエスカレーターを上がった。二階がガーリィ・地雷系なら、三階はシック・カジュアル系だろうか。アンナの雑なファッションから一歩進めるなら、こういう系統がいい気がした。このフロアにあるランジェリーショップも、かなり大人しめでデザインもまとまっている。
「あ、こういう感じの方が好みかも……」
フロアが目に入った瞬間に、アンナがぽつりと漏らす。
「フロアごとに方向性違うんだよね。二階はカレシできた大学生とか、夜職の人向けだと思うよー」
「なるほどぉ。だから媚びっ媚びだったんだ?」
「……小声、小声」
「あっごめん」
こういうのなら服買うのもいいかも、と周りの雰囲気を楽しそうに受け止めるアンナとゆっくり歩きつつ、少しだけ奥にあるところに向かっていく。テレビで聞いたBGMをごちゃまぜに聞きながら歩くと、なんかトレンドに乗った若者っぽい雰囲気がある……ような気がした。
「ここ?」
「そうだよー。いい感じでしょ」
地元が材木置き場でさっきのところがネオン街なら、ここはきれいな野草を選りすぐった花畑、といったところだろうか。穏やかな色味のアイテムが並んでいて、へんに心が揺らがずに選べる。
じゃあ後でね、といったん放流してから、私もいろいろ見ることにした。自分のぶんはまた初夏でいいし、やりたいことは手持ちでだいたいできそうだから、新しく買う必要はない。今身に着けている「見せるパニエ」も上下もここで買ったものだから、なんだかCMくさいなぁ、とまで思ってしまった。
「よほーい。またおっぱい大きい子連れてきたね、好きなのああいうの」
「前の人はお義姉ちゃんですってばー。あの子は義理の妹です」
店員のお姉さんが、カウンターに肘をついてにやにやしていた。
「生きるCMかきみは。前にぜんぜん違うとこに出張してたときにも来たね」
「そうでしたっけ? 鳴江に?」
「いたいた。あのときはもうちょっと、メイクもしてるのに子供感あったな」
「まだJKでしたからねー。今は大人っぽいですか?」
だね、と微笑む。
「一人でこういうお店に来られるようになる、よりも。通うお店が決まる方が、もっと大人になったって気がするね」
「おのぼりさん的な」
「あるねえ。目移りしない、芯がある方が大人っぽいところ」
なんか色気出てきたね、とちょっと首をかしげる。
「なんか失くした? 運動部っぽくなくなったけど」
「……内緒で。だいたい当たってますし」
女同士で「女のカン」に戦慄するとは思わなかった。
選び終わったのか、アンナはいくつか持ってカウンターに向かってきた。




