76 回遊プラン:行く道を撫でるのならば花がいい
どうぞ。
発端はというと、昨日お風呂から上がったときのことだった――
「あ。今日もえっち」
「まーねー。アンナは、またそれ?」
「だって種類持ってないもん」
「それもそっかー……。明日は大学お昼からだし、朝から買いに行く?」
本百合のアンナは……そうでなくてもかもしれないけど、毎度のように私の下着姿をじろじろと見ている。今日はちょっと大人しめの、グレイッシュパープルのやつだった。レースで境界線を作るタイプじゃなくて、カップ全体にレースのカーテンをかけるような、すごく上品な造りをしている。普段使い寄りだから、男ウケは悪いだろうなと……なんとなく思った。
「私はほら、あんまし外出ないしさぁ……」
「映画くらいだもんね。行こう、明日予定ないよね?」
「うぅ、確かにないけどぉ……」
安くて地味で薄い、たぶん色名としてはモカとかだろう。「ベージュ」とか「地味なやつ」でひとくくりにされる感じの、インナーという言葉でしか表現しようがないような、必要最低限っぽさあふれる下着だった。SF映画で女の子がばさっと脱いでも、男の人だって視線をコンマゼロイチ秒も送らなさそうなくらいの、ああいうやつである。カップはあるけど、ワイヤーはたぶん入っていない。
思春期があんまり明るくなかったからか、バーチャルな世界に「ほんとうの自分」を置いているせいか……アンナは、あんまり自分の体を大事にしようとしていなかった。現実でのあれこれに興味関心が出てきたり、価値を見出したりしたのもすごく最近のことだ。数日前のお菓子作りなんか、絶対にやらないとすら思っていた。
「アンナも、メタバースの中と同じくらいかわいくなれるんだよ?」
「で、でもアカネより太めだし」
「前まで痩せることしてたし、食べる量減らしたからかなー……」
「じゃ、じゃあ!」
まず理想、と私はアンナのほっぺたを左右から押さえた。
「それから目標。着たい服買ってから体型絞るの、けっこういいらしいし」
「むぬぅ」
太ってはいないけど微妙にだらしなくて、かわいいし嫌われもしないだろうけど、これに合わせた服はあんまりないなーという印象だ。ほんのちょっとだけのたるんとしたところを絞れば、とは思うものの……その「ちょっと」がけっこう難しい。
「私、現実でも白バニー着られるよー? アンナは?」
「ぐぬぬぬ、挑発してきよるぅ……」
さすがにちょっと足が太くなってきているけど、同じアイテムを渡されてもちゃんと袖を通すし、何なら写真だって撮ってもらってオッケーくらいの気持ちでいる。
「じゃ、約束ね。お義姉ちゃん、また帰ってくるだろうし」
「そろそろだよねぇ……里帰り」
学生婚して家を出た兄は、休みのたびに奥さん……じゃなくて「お義姉ちゃん」を連れて帰ってくる。まっっったく血がつながっていない義理の姉妹三人だけど、一緒にいるとなんか楽しくて、兄や両親をほっぽって一緒に遊びまくっていた。そのわりに「じゃあ帰る!」とさっぱりしているから、いい意味であっさりしすぎていて、そういうところが大好きだ。
「びっくりさせちゃおうよ、かわいくなってさ」
「わかったよぅ……」
あんまり乗り気じゃなさそうだけど、私はやる気だった。
もう時間も遅いから、髪を乾かしてから、さっさと部屋に引っ込む。お風呂上がりにくっついて寝るとすごく汗をかくから、今日はお互いのベッドに座った。
「ねぇ、アカネ。たしかに下着可愛いと嬉しいけど……私もやるの?」
「一方通行じゃだーめ。お客さんのままでいたら、恋人になれないよー」
してほしいことはあるけど、何もしない――それじゃ仲良くなれない。義姉は兄と同じくらい頭が良くて、「好きな人に“あげられるもの”用意しなきゃ」と笑っていた。
「それにほら、さ……可愛いのとか、きれいなのとか、身に付けてるとドキドキするでしょ? あのドキドキ、好きな人と分け合えたら、もっと良くない?」
「むむぅ、確かにそうかも」
「どっかで引っかけた女の子に、恥ずかしいところ見せないように、とか」
「……だねぇ」
灯りを消してすぐに、私は眠りに沈んだ。
起きてすぐ、腰の右側にだけリボンが垂れた空色のキャミソールと、少し角度のずれた黒いフィッシュテールに着替える。やわらかなフリルが下がった梅色のパニエを履き上げて、ちょっとだけアブないコーディネートを完成させた。
十年くらい前に発案されたという、「どうせならスカートの中見えてもいいじゃん」という発想で、パニエを取り入れたコーデだ。……脚にそうとう自信がないと着られないけど、これにタイツやボディスーツを合わせる人もいるというから、女子のカワイイ欲はほんとにすごい。
「アカネはパニエの方なんだぁ……」
「……見えてるのと見せてるのは違うの」
インナーとしてハイレグのボディスーツを合わせるのは、ほぼそういうコスプレだ。見せパンという文化は今もあるけど、鼠径部より太ももを見せる方がまだ健全だろう。フリルがふわふわ太ももあたりで揺れるから、ちょっとクラゲっぽくてかわいい。
アンナの外行きの恰好は、いつものシャツとジーンズだった。胸はおっきいのに、髪をまとめたら男で通りそうなくらい、色気を感じない。ゲーム内でのギリシャ風衣装がセンシティブ判定を受けないのも、いまひとつ雰囲気が出ていないからかもしれなかった。
「さ、朝ごはんの匂いもしてきたし。行こ」
「うん」
現実でも「コスプレ文化から輸入された服飾のやり方」ってありそうなんで、「パニエに飾りひも付けて太もも強調」ってやつを考えてみた……んですけど、実物の画像見る限り前後の落差そうとうエグくないと見えないな? まあええか、すでにガーターと合わせる方法一般化してるみたいだし。




