70 明日の夜、ワインをサラミと曇チーズで(4)
一日に四話書けたので連続投稿になりました。ちょっと休んでいいっスか?
まあいいや、どうぞ。
ログインしたエーベルの街は、大混乱だった。
あちこちで人と人が戦っていて、建物も壊されている。いつだか配信に来てくれた人がいて、そっちに駆け寄ろうとした瞬間、誰かが目の前に降り立つ。
「待ってた。グレリーの弟子」
「仮面……えっと、「スヰートパレヱド」とかの」
「そう。その顔は、知ってる?」
「グレリーさんがいない、って」
一人で戦ってる、と赤と青の和装ドレスを着た少女が悲しそうな顔をした。
「おかしくなった【使徒】……「沈療死施」、原罪派の「クルディオ」。すぐに行かないと、グレリーは死ぬ」
「で、でも本物の聖杯って……!」
「相手は化け物。最強の旅人より強い」
「そ、そんな」
確か「ディリード」というBPBのリーダーがいちばん強い、と聞いていた。ろくに知りもしない人を切って捨てる確信があるほど、強いと思っているみたいだった。
「行こう。私は小娘だけど、あなたはあの人を助けられる」
「どうやって――」
手のひらを模したような仮面が、ドアノブにくっついた。
「これで通れる。行って」
「え、っと――はい。その前に、ひとつだけ」
杯を掲げて、街のすべてに雨として美酒を降らせた。
「よし。行ってきます!」
「グレリーをお願い」
うなずいて、私は開けた扉をくぐった。
不気味な匂いのする風の中を通って、長い回廊を走った。背景の色が何度となく変わり、いったいどこを通っているのかは分からなかったけど、あの人を疑う気にはならなかった。やっと見つけた扉を、体当たりするように開けてくぐる。
「グレリーさん!!」
「おや、おや……来ちゃったんですか? 危ないですよ」
ゴッッ!!! と、もはや何が何だか分からない大風が、風圧なのか音なのかも分からないくらいの勢いで届いた。
「な、なんですかこれ!?」
地面からぐぐっと何かがせり上がり、隣にグレリーさんが着地した。
「聞いたでしょ、クルディオって男ですよ。「傷の神」に魅入られたとか言ってますが、外なるものの門にされただけです」
『ずいぶんと、余裕があるようですねぇ。そちらは要りませんね、消えぬ傷でも残しておきましょうか』
「えー、もちぷる目指してる肌にですかー?」
どれほど広かろうと、「バトルフィールド全体」に作用する私の解からは逃れられない。そう思って、こめかみの仮面に手をかけると――
「いけない!!」
「え、」
何が、と思ってグレリーさんを見ると、見たこともないほど真剣な顔をしていた。空中にいた汚い血まみれ包帯男は、少し首をかしげてから……いくつもある眼が、いっせいに笑った。ゾッとするほど不気味な光景に、グレリーさんが肩をすくめる。
「先に言うべきでしたかね。しょうがない、〈ウィ・ザード〉を」
「ふぉえわぅ!?」
ズゴゥンッ!! と地面が崩壊する。そして、大きなコップから触手が湧き出すような、数十メートルもある悪魔が現れる。
「はっ、仕込みしてたんですね! 裏側に!」
「ずいぶん察しがいいですね。フィエルさん、きみをここへ送ったのは……赤と青の服を着た、手のひらみたいな仮面の子だったでしょう」
「え、はい」
「彼女、ルイカというんですが、ああ見えてもうお酒が飲める年齢でして。仕方ない、あの子に伝えといてください……明日は好きなだけおごる、と」
男女の関係ではなくて、仲良しの親戚同士みたいな、すごくうらやましい関係に見える。
『応援が来たところで……その少女は旅人、こちらの一撃で死ぬほど脆弱に見えますが。何かができるとお思いですか?』
「これでも旅人最強の一角なんですよー。ナメないでください!」
『フぁっはっはっはっは……!!! 失敬、ふふっ……これは素晴らしい。なるほど、あなたを仕留めれば、旅人への信頼も失墜しますねぇ。よく来てくれました』
「ただでは帰りませんよー?」
横目でちらっと見たグレリーさんは、「仕方ないなぁ」と言いたげに、杯をくいっと傾けた。空中にたくさんの足場が現れる……〈スクリーンフェイス〉で分身し、〈は図み軽魔ジック〉でむちゃくちゃな軌道を跳ねさせる。
『……本体が動いていないようでは、攪乱をした意味がないのでは?』
「そう思いますか?」
グレリーさんの真似をして杯を傾け、美酒に沈む。濁ってなんかいないから、当然のようにクルディオは剣を叩きつけてくる。思わず顔をしかめてしまうほどの衝撃、ゴア表現が行き過ぎて赤い光に覆われている、めちゃめちゃに折れた手首。がらん、と取り落とした剣は、「地面」――水槽のガラスのような壁に落ちる。
『な、ぜ……』
「ここ、いくつもの力を掛け合わせて作ったものですけど……私も、〈道化師〉の武器はぜんぶ修めてるんですよー。同じものは作れなくても、干渉できちゃうんです!」
『このッ、程度の! 壁ごとき!! この力で……、壊せるッ』
「背中がら空きじゃないですか?」
水中、というにはちょっと酒くさいけど、いい感じに気泡があって溺れない。分身たちがものすごい勢いで攻撃していて、赤いもの(たぶん血液)がぼたぼたとこぼれていた。
「結局痛いんじゃないですか。傷が素晴らしいなら、喜べばいいのにねぇ」
『なぜ、この法悦を理解しようとしないのですか』
地面の上にフィーネを呼び出し、私もあちこちを跳ね回るボールに乗った。分身が斬られて消滅し、ボールが破壊されて再生する。コップクラゲは、触手を失いながらも電撃や針の弾丸で奮戦していた。
「【使徒】の人には分かんないですよね? 「そんなの信じられない」って気持ち」
『そんなの? そんなのとは何ですか……』
「ケガした人が痛がってたり、無事で帰ってきてねって見送りだったり。ない方がいいものをあがめるなんて、変ですよ」
『なぜ神を疑うのですか? 無為の日々に意味を与えてくれる、あのお言葉を……』
ああ、と合点がいった。
「あなたに必要だったのって、グレリーさんですね」
「方程式をすっ飛ばして答えだけ言っちゃだめですよ……」
銀と黒が打ち合い、いくつものカードが弾ける。桃紫の美酒がバシャバシャと散る地面に、より濃い赤が散っては溶けていく。それは、届かずに顧みられない声のようだった。赤みが増すことはなく、美酒の色は変わらない。
ガギュンッ、とフィーネの脇腹が切り裂かれたかと思うと、ゾォウンッ、と胸郭と腕が薙ぎ払った銀刃に吹き飛ばされた。ごっそりと減った体積に、ついにクルディオは立っていることすらできなくなったようだった。
膝をついたクルディオの前に、グレリーさんがしゃがみ込む。
「論理も機微も知らないお人。生まれ変わったら、今度は飲み友達にでもなりましょう」
『や――』
逆袈裟に振り切ったナイフが、意志の証である首環を断ち切っていた。同時に美酒から突き出た液槍が全身をくまなく貫き、大事な内臓どころか、余すところなく何もかもをぐちゃぐちゃにした。ばしゃり、と倒れ込んだ男の全身は人のものに戻り、そして光の粒になって溶けていった。
「ふー……ふぅ。きみが来てくれて助かりました、とても取れない手段でしたから。まったく、〈道化師〉はいつも驚きをくれますね……」
「グレリーさんは……えっと、“赤はご法度”じゃない人ですか?」
「そう、キラークラウン。戻りましょうか、明日飲む約束してますから」
「……そうですね!」
グレリーさんとルイカさん、それにクルディオ。二人だとどんな会話をするのか、していたのか……ちょっと気になりつつ、溶けていく空間を見守った。
書いてる途中ずっと『めにしゅき♡ラッシュっしゅ!』聞いてました。神……今後ずっと作業しながら聞いててもいいかもしれん。そのくらい進んだ。
唐突に休んだら「一日四話書いたからか……」と思っといてください。その後連絡なしで途絶えたらまあ、好きなだけざまぁしにきてくれよな!




