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いつでも真面目ちゃん! ~VRMMOでハジケようとしたけど、結局マジメに強くなり過ぎました~  作者: 亜空間会話(以下略)
2章 救罪矛償:あなたの足が訪れる

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69 明日の夜、ワインをサラミと曇チーズで(3)

 男祭り、引き続き開催中です。


 どうぞ。

 刃物を押し固めたような手足、血で染まった包帯を巻いた胴体。真っ黒く染まった頭部に、切り裂くようにいくつもの眼が開いた。ばさりと広がった翼は、血漿が染み込んだ生々しい茶色をしている。


『ああ、神よ……!! あなたを感じる、これ以上ないほど近くに!!』


 法悦に悶える男は、全身で喜悦を表していた。十字剣を持つ手から、血がどっと溢れる。彼の言によれば「傷の神」の力をその身に降ろした状態……常人に耐えうるとは思われぬものであっても、【使徒】は受け止めている。


「亀裂……! あなた、狂ってたんですか!」

『失礼な!! これは神の刻んだ聖痕。かの神が与えたもうた、人の苦痛(しあわせ)なのです』


 へその少し上からあばらを断ち割り、のどを通って顔面を真っ二つに斬るような――深い、とても深い傷。宇宙の外につながる亀裂は、【狂妄】の証だった。グレリーを育てた、機械人形を編んだような仮面の男が言っていたことを思い出す。



――【使徒】には気を付けろ。なんだって? いやあ、そりゃそうだ、誰にだって優しいもんだ。正教会の教えは間違っちゃあいないぜ。

――だが、ときたま自分の言ってることが分かってねぇやつがいる。ありゃモドキだ、あっち側に魅入られちまったバケモンなんだ。もう人じゃねえ、「異端」だ。

――見かけたら正教会に言え。でなきゃ逃げろ。〈教会騎士〉に任せるんだ。

――「聖杯」の力でも、あいつらとはやらん方がいい。



 彼はおそらく知っていたのだろう……「沈療死施」とは、【使徒】と【狂妄】にまたがる存在であり、意志を破壊された人間なのだと。


 人の枠の中にあるものの中では、【使徒】がもっとも強い。邪悪を裁く力を持つ〈教会騎士〉は、人の犯した「罪科」に応じて強くなる。頭の中で事実を並べるたびに、怖気が増していく。


 それらすべてが反転し、人に向けられたのなら。


「あーあ……やだなぁ。いいフローリィ・ワインを仕入れたのに……」


 極上のブドウから絞ったワインに花びらのエッセンスを加え、ビンの中にひとかけらの宝石を閉じ込めた、贈答品あるいはコレクションアイテム……これを飲むという贅沢ができるものは、なかなかいない。


「サラミに、曇チーズもあったなぁ。まったく……」


 濃い乳を何種類か混合した、白い雲と曇天の入り混じったようなチーズだ。深いコクと複層的な味わいを持ち、香りもやや薄く食べやすい。保存期間こそ短いものの、すこしばかりの酸味のおかげか、お菓子作りにも向いている。ひとつを切り分けて食べ、もうひとつをどう加工するかを、酒で盛り上がりながら話すつもりだった。


 つう、と裂けた頬から血が伝う。


『よくかわせますね? 完全に上回ったはずなのですが』

「まだ試運転でしょうこれ、腕が怯えてますよ」


 化け物じみた速度だったが、その速度への恐れがあった。やはり、空間の崩壊を恐れている……異空間が不正な手段で破壊されるとき、奇怪な断裂が起こる。それに巻き込まれてしまえば、いくら高いステータスを誇っていようが意味がない。


(まだ機能していますね。あと少し、持ちこたえてくれれば)


 空中で三次元機動を繰り返し、美酒から出てくる怪物と次々に繰り出す武器で、なんとか劣勢に陥らずに済んでいた。しかし、相手の温存している手札が見えたことで、動きがどうしても鈍る。


(たしか〈教会騎士〉は天使を使役するはず。まだ出さないのは、何か理由があるんでしょうか。こっちが何か出せば、ってことでもなさそうですけど)


 十字剣が足場を切り裂く。落下することもなく、聖杯から出した金属に逆さまに着地した。当たり前のように飛ぶクルディオは、執拗に攻撃を続け、いくつもの傷をつけようとしていた。


「趣味のためだけに、ここまで小技に走らなくてもいいんですよ?」

『私は神の使い、伝道師です。素晴らしいものは伝えなければ』


 脇腹に傷ができた。


「これはまずい……!」

『さあ、もっと――おや? あれは』


 すうっと、扉が現れた。






 時間はすこし前――現実におけるJST19:28あたりのこと。


「今日も美味しかったね。クッキーは、また作るの?」

「うん! アカネも喜んでくれたからねぇ」


 四大ギルド「水銀同盟」の幹部ふたりは、まだゲームにログインしていなかった。大学から帰宅したアカネを迎えて入浴・夕食といつもの流れで進み、少しだけ眠くなりつつもゲームで遊ぼうとしていた。今日は父が帰ってこないため、かなり早めの夕食になって、予定も前倒し気味になっている。


「あれ、おかしいなぁ。なんか着信あるよぉ」

「アンナに? 基本あっちで直接だよね」


 業務用の大型VRデバイスは、ベッドあるいはリクライニングチェアのような形をしている。これには、一般的なVRデバイスにはない機能として、端末やベッドとしての機能も搭載されていた。それほどの頻度でもなく、購入したソフトウェアの広告がある程度だったが……友人からのメールのようだった。


「んーと。えっ、エーベルの街が滅びそう!?」

「何それ!? 何が起きてるの!?」


 夕方からフードとローブの集団が来ていて、日暮れとともに破壊活動を始めた――とっこからのメールの要旨は、そのようなものだった。


「“あの人”が見つからない。やっぱりねぇ」

「誰、有名人?」

「グレリー、龍の仮面の人。本物の聖遺物「聖杯」を持ってる、って噂なの」

「グレリーさん!? あの人、ただの商人なんじゃ……?」


 でも、とアンナはアカネを見る。


「杯の訓練、ティニーさんじゃなくてグレリーさんにしてもらったんじゃないの?」

「え、そうだけど。なんで知ってるの」

「急に消えたときがあったの。その次の日、アカネが杯持ってきたんだよねぇ」

「うわ、名推理……」


 言ってる場合じゃないよぉ、と表情が険しくなる。


「奪いに来たんだよ、聖杯を。アップデート情報にあった「街が滅びるかも」って、これのことだったんだねぇ……」

「滅びるって、えっと、滅びる……?」

「状態が変わって保存される、って書いてあったよぅ。ベルターも、ね?」

「エーベルが、ベルターみたいに!」


 人々を笑顔にするための道化でさえ「復興に役立つ」とされるほどの状況。そして、知り合いがただひとつのアイテムを奪う、それだけのために殺されようとしている、という焦燥。


「早く行こう、取り返しつかなくなる!」

「間に合わせよう。いないの、何か能力だと思う」


 二人とも無言で、VRデバイスを起動した。

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