68 明日の夜、ワインをサラミと曇チーズで(2)
男祭り開催中。
どうぞ。
手元にあるのは聖杯とナイフのみ、しかし旅人でも名の知れた〈ラフィン・ジョーカー〉の六種を超える武器を扱っているかのように――異空間の足元に広がる桃紫の美酒からは、何もかもが飛び出してくる。
バシャバシャと美酒をかき分け、ステップと殺意がきらめくしぶきを散らした。
「カルぅい攻撃ですねぇ、この程度でスカ」
「あなたに並べる人はそういませんよ、旅人でも」
宗教者らしく、鍔元に「神の視線」をあしらった黒い十字剣を使うクルディオは、恐ろしい速度と精度で刃を振るう。カードを切り、ボールを切り、液体金属が瞬時に凝結したものをも数撃で破壊し……グレリー本人へと刃を向ける。
(うーん、やはり〈教会騎士〉。手ごわいですね)
そして、クルディオの解はすでに使用されている……彼のひとつめの解「聖痕」は、傷の治療を鈍化させ、傷痕にさらなるダメージを発生させる効果を持つ。素早く攻撃を避ける【愚者】とは相性が悪いが、騎士はすでにそれを克服している。ただ早く強く、追い付くことが可能であるがゆえに追い付く。わずかに上回ってはいるものの、それほど圧倒できてはいない。
「身軽になってくるなんて、ひどいなぁ……まるで私を殺すために来たみたいじゃありませんか?」
「ソウぅ言っていませんでしタカ? スコぉうしばかり、文脈を読むちからが弱いようでスネ」
フードローブを脱ぎ捨てた騎士は、ブレストプレートとひじ当て・ひざ当て程度の鎧しか身に付けていなかった。鎧を剥がされ砕かれて、吹き飛んだ兜に気を取られた隙に、顔を袈裟に切られた記憶が響いているのだろう。【愚者】を相手に動きを鈍らせることは、それすなわち敗北を意味する。あえて道化を殺すのなら、とは広く知られた問いであるが、現実にはあのような答えに意味はない。
(一人だけで私を殺しに来た、ということは……何としても聖杯を奪いたいってことですかねぇ。旅人たちに仲間を全員殺されても、聖遺物を奪うメリットの方が勝ると。大した狂信者だなあ)
以前に訪れた騎士団は、十人ほどだった。「スヰートパレヱド」の精鋭たちと激戦を繰り広げ、最終的には【愚者】が勝利を収めた。化け物じみた【使徒】たちも、翻弄に長けたものどもには対処しきれなかったからである。
足元を急に深くしようが、急に怪物を出そうが、騎士は止まらない。
「コンんな小手先の技ばかり……いえ、昔からそうでしタガ。アナぁたがた「スヰートパレヱド」は、誰もかれもこんなものばかりですネェ」
「そりゃあそうでしょう、【愚者】が打ち合えるわけありませんよ」
肉体性能で強力な武具を扱うものと、幻惑や翻弄ですばしっこく逃げ惑うもの。どちらが有利かは時によって変わる。
「ああ、ああ……まったくもう。やってられませんね」
「ニゲぇきれるとデモ?」
足場をいくつも作り出し、グレリーは空中を跳ねる。
「サンん次元機動もあれから鍛えたのですよ、あなたに負けた経験から学んデネ」
「そうでしょうねえ。手も足も強すぎるから、想定してましたよ」
いきなり足元が沈んだはずが、剣を地面に突き刺した勢いだけで飛び上がり、岸に着地してみせた。ただの身体能力にしてもやりすぎだ。そんな男が、腕だけを鍛えているはずもない。とっくに知っている解を破るためではない、自分に屈辱を与えた男を殺すために、クルディオは強くなっている。
(あーあ、魔力を二割も使ってしまいましたねぇ。仕掛けが大きすぎましたか)
ありとあらゆる方法でMPを増やし、回復してはいるが、それでもなお消費の方が激しい。それもこれも、騎士を倒し得る生物を即興で作るためだった。足元にまき散らされた液体も、かすんで見えるほど大きな空間も、杯の性能を引き上げる龍面の解も――すべては、もうひとつの空間を隠すために使っている。
グレリーの分身は、もうひとつの空間でもうひとつの杯を使って、ありとあらゆる液体を空間に満たし続けている。それらすべてを喰らった悪魔を誕生させ、手札とするためだ。空間展開は、時間経過あるいは術者の死亡でしか解除されない。その常識を逆手にとって、壊れない地面の裏側に、もうひとつの空間を作っていたのである。
地面は破壊可能であり、その裏に抜けられる。騎士にも破壊できないほどの強度は、カバーストーリーとしてじゅうぶんに機能している。
(問題は、あっちの解は首環だけじゃないってこと、ですかねぇ。ま、私にはぜんぜん意味ないんですが)
クルディオの意志の証=拘束具は、首環と足枷である。首環は聖痕、足枷は「相手の解を見抜く」というあまりにも恐ろしい性能を秘めている。むろん、グレリーはすでに解を使ったうえですべての性能を見抜かれているのだから、何の意味もない。可能性があるとすれば、悪魔にも意志の証が生まれてしまい、足場を崩す前に気付かれることくらいだろう。
「アレぇほど多弁なのに、今日は静かですネェ。オウぅ援が来る手筈でも整っているのでしょウカ」
「来られないとは限らないけど、ね……あの子たちには来させられないんです」
陣営「スヰートパレヱド」エーベル支部の座長であるグレリーには、仲間がたくさんいる。しかし、ほとんどは街の方の対処に追われて、ここには来ないだろう。生きるにせよ死ぬにせよ、【愚者】の行く末は孤独以外にあり得ない。
跳ね回るグレリーに業を煮やしたか、ここに拘束されているわけにもいかないのか。クルディオは、足枷に手をかけた。
「シカぁたがない、長引くとあちらがどうなるか分かりませんから……使ってしまいましョウ」
透明な鍵が足枷の錠を開き、その拘束を解いた。
すべての【使徒】は、神の啓示と力をその身に受ける。指先で滝を受け止めるようなその行為は、一滴をとどめることさえ困難であり……人の形を保つことが不可能になることも多い。ゆえに人の体を器と見なし、力を受け止める準備をするために、強固な拘束具を用意する。
樽に取り付けたタガが外れれば、中の液体と板切れがばらばらとほどける――【使徒】が拘束具を外せば、その姿は力を与えた“神”に近付く。
「……最悪ですね。一度でも見たくなかったのに」
神の似姿が、降臨する。
あ、次回はたぶん女の子が出てきます(書いてる途中)




