67 明日の夜、ワインをサラミと曇チーズで(1)
数日間男祭りになります。ごめん。
ではどうぞ。
この世界における治療は、現実のそれに比べれば、奇跡の産物であるとしか思えぬほどに高度である。それゆえに、この世界には「古傷」など存在しない。傷が残ることは珍しく、傷を残すという選択肢もないからである。
「なあ、あれ……」
「プレイヤー、じゃないよな?」
顔面を袈裟に切られた古傷のある、フードローブの男。首元にのぞく金の環と、足元から鳴る音からして【使徒】なのであろう、とは思われるものの……【使徒】はもっとも治療・医療と縁が深く、「体に古傷の残る【使徒】」は、二重に存在し得ない。
特別なものとは、特別なイベントのトリガーである。
「どこに言うのがいいかな? エム? TTかな」
「水銀同盟って街にいないんだっけ? なんか事件くさいんだけど」
すたすたと去っていった男は、そのままプレイヤーたちの視界から消えた。そして、フードローブの男たちが空から降ってきた。
露店街の裏路地、酒場に向かっていた青年の目の前に、ぶわりと何かが降り立った。
「ヨウぅやく見つけましたよ、どれほど苦労させられタカ」
「おやおや、おや。見覚えはありませんが、どこかでご迷惑をおかけしたお客様でしょうか……【使徒】の方が【愚者】にご用事とは」
三日月のような、あまりにも胡散臭い笑みを浮かべるグレリーは、すっとぼけていた。厄災の神々に魅入られた「沈療死施」の中でも、破壊工作を自分の手で行う「原罪派」……罪と血に酔った狂人筆頭であるクルディオは、十五年前から因縁のある相手だ。
「セイぃ杯はまだその手にあるのでしョウ? ネンん齢を保っているうえに、あふれるほどの魔力を感じマス」
「何のことだか。あなたこそ、【使徒】なのに傷が治っていないじゃありませんか」
「ワタぁしは「傷の神」にお言葉を頂いたのでスヨ? コノぉ疼きを、皆さんにもお分けしましょうというノニ」
「狂人はいやだなぁ、話して分からないんだから……」
外なるものは、モンスターとしては二等級から零等級、それこそ神に匹敵するものも少なくない。ある性質を持つ化け物が神を僭称したとて、【使徒】は気付くことができない。この世界は「タシンキョウ」……多くの神々が共存すると信ずるものが多い、と旅人が言っていた。
旅人は「怪物だって神なんだ」ととんでもない冒涜を口にしていたが……直截に表現すれば、ハーダルヴィードの現地住民が考えていることも、ほとんど同じだ。
「ひとつ聞きたいなぁ。千年後の安寧と今夜のおつまみ、どっちに価値があるかわかりますか?」
「ヤハぁりあの日と同じことを聞くのですネェ……。ヒトぉの行き着く先はすべて同じ、死という虚無デス。スコぉしでも恐怖を和らげるのが、【使徒】としての務めでしョウ」
「やっぱり【使徒】は気に入りませんね。ぼくら庶民の気持ちなんて、なんにも分かってないんだから……」
グノーシア正教会の教えによれば、すべて生き物は等しく魂を持ち、行いによりさらに尊い魂に生まれ変わることができるのだという。美徳を行い、清貧に暮らし、怒りを抑え隣人を愛すべし――そんなことができるのは、中流階級以上の人間だけだ。上流階級でさえ、悪徳を行い贅を尽くし、汚辱に従い子供さえその手で殺す。
「殺されかけた夜に待つ「明日」、腕を失った後に思う「一年後」、衰えてきた日に思う「十年後」。それでも、今日のお酒とおつまみを楽しむ。今日の終わり、明日のはじまり。幕引きを怖がっているのは自分なのに、どうして認めないんです?」
「フフぅふはは、あはは……泥酔の果てに待つ惰眠が、毎日の幕引きだとおっしゃるのでスカ。スイぃ漢の冗句を真に受けるとデモ?」
時間は稼いだ――グレリーが仕掛けるには充分なリソースが溜まった。
「じゃ、行きましょうか?」
真鍮製のコップを手にした彼は、くいっとそれを傾けただけで、クルディオの斬撃を止めた。ぬらりと揺れる液体が何なのかは、グレリー自身にも分からない。「捧げたものの重さに応じた奇跡を起こす」という、ハットのそれにも似た性質を持つ「杯」――ではなく「聖杯」は、「斬撃を止められる強度の液体」を具現化した。
肩に取り付けていた龍の仮面を、顔に着ける。意志が【愚者】であると知ったときから持っていたそれを、徐々に本物の龍の骨や天穹銀に入れ替えていったものである。目覚めた力をさらに洗練させたそれは、あの少女に告げたウソとは別の解を導き出していた。
「マッったく、すっとぼけるのが上手ですネエ。アノぉ日と同じことをするのですカラ」
虚無、夢幻、異空。〈道化師〉の持つ武器がもたらすそれを、聖杯によって大幅に拡張し、周囲から断絶された空間を作り出す。あの少女がどれほど強くなろうとも、杯の性能だけで同じことはできまい。「煌鋼龍面」の解は、ただひたすらにひとつの武器を……聖杯の性能を、二倍程度に強化することしかできない。
「ソレぇに、ああ、〈道化師〉がそんなものを持つなンテ! ボウぅ涜ではありませンカ?」
「私の……〈血濡れ道化師〉の手を汚したのは、あなたなのにね」
奇妙な緑色の輝きを放つナイフ。手のひらを広げたほどもある、おそろしく大きな釘。いわゆる暗器と呼ばれるたぐいのそれは、どちらかと言えば〈暗殺者〉や〈ニンジャ〉の使うものである。
手を人の血で汚してはならぬ、というエンターテイナーとしての禁を侵した〈道化師〉は、何も損はしない。手に武器を持てるようになり、より強いステータスを得るジョブに転職できる。そして、そのジョブが死ぬまで付きまとう。飾剣の持つ力でジョブをごまかし、商人としての地位を築いたグレリーは、エーベルにおける名実ともに最強の人間であった。
(……あちらも【使徒】で〈教会騎士〉、剣技も本物。どうしましょっか、“グレリー”?)
プレイヤーのあずかり知らぬ間に、エーベルの敗北条件にひとつ、チェックマークが付こうとしていた。
グレリーさん:万能チート
カルディオ:↑に身体能力で追い付くやべーやつ(搦め手ができないとは言ってない)
BPB:いまカンデアリート(第三の街)近くにいる
TT:半壊状態
ミルコメレオ:戦力ひっくいので出られない
水銀同盟:インしてない(いま18時くらい)
ファイッ!!(やけくそ)




