65 水が流れれば爪が短くなるイン・サイト
どうぞー。
短めに紹介するために、朝食前にちょっとだけログインした。ベルターのセーブポイントに登録していたせいか、滅びてからほとんど復興していない街並みが見えていた。フレンドの近くにワープしてくるシステムを使って、アンナも街の外に現れる。
あまり人が出てきていないので、街にほど近い大木の裏に二人で隠れた。
『来たよぉ。見せて!』
「はい、これ!」
水の球体を取り出すと、ぶつりと破れて石ころが落ちる。すさまじく丁寧に、つるっつるに磨き抜かれた、金属の鉱石を含んだ石ころだった。
「水で石を磨いたり、人形を針金で編んで作ったり、っていう敵だったんだよね。〈アクアクラフト〉っていうスキルで、こういう宝石のカットみたいな感じ」
『ふぅむー……むぅ。ん? ちょっと気付いちゃったんだけど』
「ふふー、気付いた? “そう”なんだよ!」
『水球作ったらインベントリに入れといて、放置で完成……すっごいねぇ』
さすがの頭脳で、アンナはすべて完璧に言い当ててみせた。〈アクアクラフト〉は、水の中に石や木を入れて彫刻を施すスキルだ。彫っているあいだは最大MPが減るけど、ログアウトしているときも時間は進み続ける……つまり、ノーリスクで使える。
「レベル上がると、最大MPが削れる幅も大きくなったりとか、時間も長引いたりするみたいだけどねー。早めにレベル上げないとね」
『MP確保するためにモンスタージョブ習得したのに、使い道増やすんだねぇ』
「あっ」
『もう……』
武器や装備で基礎値を上げて、仲間やスキルの補正で増やして……も、やっぱり使い道の方が多い。アクセサリーに「付加ダメージ発生時、MP微量回復」というものがあるから助かっているけど、レベル上げも急務だ。
「がんがん戦って、どんどん作っていかないとね!」
『やっぱりフィエル、脳筋だよねぇ……』
ちょっと心外なことを言われつつ――ログアウトして朝食を摂り、大学に向かった。
駅まで歩いて電車に乗り、乗り継いで最寄り駅に着く。新体操をやっていたころはお出かけのたびにメイクもしていたけど、なんだか肌に突き刺さるような、妙にイヤな感覚があって、やめてしまった。元から地味めな顔だからか、男子はあんまり寄ってこないし、メイクがひとつのリテラシーや合図になっているのか、女友達もほとんどできなかった。
ちょっとふわっと気味の服を着ていると、それなりのスタイルもほとんど目立たない。男子が目を惹かれるくらいの胸は、とんでもなくずば抜けた、それこそウソくさいくらいの大きさをしている。ウエストと差がありすぎてウソが丸分かりの子もいるけれど、男子はころっと騙されていて、ちょっと可愛いなとさえ思ってしまった。
講義を受けるものすごく大きい部屋の、それなりに熱心な生徒が座る前あたりからもうちょっと奥に座る。様子見でもうちょっと後ろに座っていたけど、このあたりならガリ勉とも思われないし、後ろで駄弁っている人たちとも関わらなくて済む。
入ってきた教授が、「じゃあ始めます」と宣言した。
「ああ、そう……君ら、次からひとつ前の席に移動しなさい。顔が見えん」
さすがに不満があったのか、そう言って板書と説明が始まる。端末のカメラで板書を撮影するのはいいが、後で書き写すこと……前に教授が言っていたことは、結局書けばいいのか撮ればいいのか、微妙にわからなかった。
「うん、今日の分はだいたい終わり。じゃあ、あとは君らの興味ありそうなことでも話しましょうか」
野次も飛ばず、帰る人は帰っていく。
「巷で流行っているVRMMOね、あれを私も初めてみました。『ストーミング・アイズ』というやつでね。このあいだ、NOVAでずいぶん盛り上がっていたものですから」
このあいだというと、ちょうど『魔王チャレンジ!』の頃だろうか。
「競合タイトルや古株もあるのですが、あれらはゲームの域を出ていないと、そう感じましてね。若い友人が『アルトネオン』というのを薦めてきたのですが、いや、ひどかった」
二十年くらいの歴史がある、すごく古いVRMMOの名前が出てきた。今は「歴史がある」というだけでお客さんをつないでいる状態で、いつ終わってもおかしくないらしい。いても違和感のないメタバースに比べて、「CGが人間の真似をしている」という罵倒が通るくらいにはひどい。
「けれど、そうですね……やはり、人生の答えを求めにゲームへ向かうのは、間違っていたかもしれませんね。ぼくは、……私の人生は伽藍洞のままで、こうして名誉職についてもなお、満たされていない……」
話題が妙な方向に逸れたところで、教授は「いやしかし、本当に面白くて」とごまかす。
「あちらだと何を言っているのだか分からなかったNPCも、きちんと会話できてね。哲学的な話題にも、問題なく対応してくれる。まずもって、NPCに個人差があるというのが驚きでした」
とうとうと二十分くらい語って、教授は「では、私の話はこれで終わりです」と言って退出していった。
「っすー、アカネ。教授きょうもヘンだったね」
「リュミ、今日は来てたんだ?」
「たまには来るってー」
クマガイ・リュミ=熊谷耀穹――昔でいうキラキラネームの子だ。唇にピアスをしていたり髪に紅と紫の二種類メッシュを入れていたり、見た目ヤバめで不真面目だけど、妙に性格が合う。ギターをやっているそうで、大学の軽音楽部に所属していると言っていた、気がする。
「当てよーか、アカネもやってんでしょ。意外な子がやってるんだよね」
「よく当てられたねー……リュミは?」
「NOVAでストリートパフォーマンスはやってるよ。そっちのゲームでそういうのあったら、やってもいいかもねぇ」
「あー……ちょっと方向性違う、かも」
そっかー、と残念そうにしているリュミと話しながら、次の講義に向かうことにした。
完全にタイパ重視かつログインしてなくても進む、いわゆる放置報酬みたいなスキル。水での研磨は表面なめらか・形の調節も利きやすくってそこそこ使われているようです。不定形の方が良かったり、ちゃんとしたカットだと目立つものがあるときはこっちを使うみたいですね。
あっそうそう、「水で磨いてそうな話」。探してたら、『鉱石研磨が趣味なおっさんは、異世界で石を磨きながらスローライフを楽しむ事を決意する』(李 百桃)って作品が見つかりました。コメントをざっと追った限りだと、水で磨いてるって話が出てるかどうかは分かりませんでした。(アドレス:https://kakuyomu.jp/works/16818093081791143713)そこそこ面白いみたいなので、またちょっと読もうかな。数話読んで、わりかし楽しめています。




