63 トライアル・トリニティ
どうぞ。
アンナやとっこ、有識者に「ミルコメレオに三十万ディール払った」というと、たぶん呆れられるだろう。けれど、お店にいた人の全員を巻き込んで情報の交換会にまで発展したから、全員分の情報料と迷惑料も入っていた。これくらい説明すれば、あの二人も納得してくれるはずだ。
カードの絵柄は、ただのアイドルにしか見えないだろう。胸元の装飾やあちこちのデザインに植物っぽいコンセプトを感じるくらいで、あんまりモンスターっぽくない。それもそのはず、進化して人の形になった上位モンスターだからだ。
――「イデアイドラ・ヴァイン」。かわいらしい植物型モンスターが、美少女になってアイドルにまで昇華した姿だ。どうしてカードに封印されたかの理由は明白だ、誰も倒せなかったからだな。
――イデアイドラ……「真理の偶像」という意味なんだが、上位モンスターにふさわしく、化け物じみて強い。遭遇できたこと自体、年単位で幸運を使い切ったくらいにラッキーなことだろう。
「【おもてさかさま情転図】」
使う――バキンッ、と砕けたカードからエネルギーが噴き出し、全身に吸い込まれていく。飛び込んできた銀細工の攻撃を、掴んで止める。
[ジョブが〈道化師〉から〈イデアイドラ・ヴァイン〉に変更されました]
葡萄のつるの名前通り、濃い紫色と葉っぱのデザインが施されたアイドル風衣装。いつものサイドテールではなく、つるのようなリボンが巻き付いたツインテール。指を少し動かすと、キラリとエフェクトが飛んだ。
お店にいたみんなも言っていた、「倒せなかったのだろう」という言葉。自動的にいちばんレベルが高いジョブと同じレベルになって、スキルも同じような状態になる「ジョブ変更」というアビリティは、それを何よりも強く知らしめていた。
『あら。道化は弱いものじゃなかったかしら』
「道化は、ね。アイドルは強いみたいだよ?」
掴んで引き寄せた銀細工に、膝蹴りを叩き込んだ。グワンッ、とたわんだ胴体はそのまま吹き飛び、空中をふらふらと飛んでいく。
「言ってた通り、すっごい強いね……」
結局、このモンスターをカードに封印してくれた人は見当たらなかった。けれど、みんなが口を揃えて「倒せなかったのだろう」と言っていた理由は分かった。
植物系の「フューチャーシード」系から進化する「イデアイドラ」は、おそろしく潤沢なエネルギーを使って進化する。だからなのか、ステータスもスキルも異常に強い――難関ダンジョンにいるモンスターと、真正面から殴り合えるくらいには。
がしゃん、と墜落したモンスターは、しかしすぐに立ち上がった。そして、脇腹から出てきたものを、手にある槍から生えてきた指でむしった。
「すぐ対処されたら意味ないんだ。じゃあ、お願い」
『ええ。見に回るフェーズは終わったわ』
右手にステッキ、左手に鎖。変則的な二刀流、もしくは新体操の発展形。
跳んだ銀細工の攻撃をくるくると回すステッキで流して、蹴り上げた分銅を太ももにぶつけた。揺れた体幹に向けて、悪魔の放った水流がぶち当たる。しゃらりと流れた鎖がもう一度ぶつかり、引いたそれをがりがりとこすり付ける。そして。
「ばぁん」
指鉄砲の〈トリガーアクション〉は、私のHPを三割ほど奪った――そして、銀細工の全身にできた傷口から芽が伸びる。誰もこのモンスターが封印されたカードを買おうとしなかった理由は、きっとこの〈ルート・パスト〉だ。
『さすがね。すこし足止めをしただけなのに』
ふつうのテイムは、見える形で魔力のリンクができる。けれど、カードの拘束力はとても弱くて、強いモンスターだと拘束を破ってしまう。自傷効果のある技を持っていてなお誰も倒せなかったのなら、外に出したら終わり、と思われるのも仕方ない。
傷口から芽が伸びて、相手のHPを食い荒らしながら成長し、実った果実は味方のHPを回復する。アイドル文化を最悪の捉え方で見たみたいな能力だけど、「攻撃しながら生存する」にはすごく向いている。敵からいくつものツルが伸びてきて、編んだ銀をどんどんと黒くしていく……かなり効いている。
「でも、やっぱり……重い!」
『ごめんなさいね、ワタシは攻撃向きじゃないの』
石ころの入った水流を配置して、動きを妨害するだけの悪魔だ。でも、私はどこにでも着地できるから、切っても形の崩れない足場はすごくありがたかった。
左右の腕の剣で切り付け、突き刺し、すさまじい勢いで攻撃が繰り出される。バトンの要領でステッキを回して、流したり止めたり弾いたり、好き放題に遊ぶ。鎖と分銅は回したり叩きつけたり、水流でぐるんと方向を変えさせたりもした。少しずつ浸食していくツルは、途中で枯れたりもしたけど、ずっとこっちのHPを回復し続けている。
そして――
「〈ウィ・ザード〉」
とっさにハープと笛を放り込んで、演奏をしてくれる悪魔を呼び出す。
す、と迫ってきた蹴りを、同じ蹴りで弾いた。
「あははっ、やっぱりすごい!」
『道化の足じゃないわね……』
イデアイドラは、音楽のバフを受けるとさらにステータスや特技の威力が上がる。中でもヴァインは、銀細工と殴り合える物理ステータスを持っているから、もはやアイドルとは思えないくらい強い。
蹴りと蹴りがぶつかり合い、いくつもの衝撃波が弾けた。首を狙う蹴り、腰や胸に続けて繰り出された蹴り、体幹を崩そうとする足払い……それらすべてを、同じように蹴りや脚で受ける。パパン、パンッと音が弾けて、カードが浪費されていく。格闘技には慣れていないから、追い付けなくなりそうになることもあるけど……〈アクセルトリガー〉で強引に間に合わせていた。
今の私は〈道化師〉ではない――けれど、〈レクストリガー〉であり〈ダブルデッカー〉でもある。【おもてさかさま情転図】はメインジョブを上書きするだけだから、サブジョブの能力はそのまま使えてしまうのだ。
「ちょっと痛そうだけど」
蹴りで体幹が崩れたところに、分銅をぶつける。大きく吹き飛んだ銀細工に、指鉄砲を向けた。ばん、と口で言った瞬間に、蹴りが何度もぶつかった脚にザザザッとツルが伸びた。ただでは起きないという宣言か、敵はツルを振り回して攻撃を繰り出す。
どん、と突き立った水流がツルを巻き取り、ゆるりと止めた。ツルが巻き付いた勢いのまま、ぐっとこちらに接近しようとした敵は、水のやわらかさに体勢を崩す。全身から銀色の輝きが失われ、ほとんどがいぶし銀に染まった敵は、軸足さえも踏み外した。
すっとまっすぐに伸びた鎖が、その足を捉えた――銀細工は、逆さ吊りになった。
ちょっとその、アクセルトライアルをやってみたくてですね……超加速連続キックの応酬。でもこの「イデアイドラを使い捨てた」って事実は、聞いたらみんなお口あんぐりになると思う。そのくらいヤヴァイ。何だったらサイオウクワガタより一つ下の一等級だし……




