61 融の解:演景に理は溶ける、陽月の頂交わるごとくに
どうぞ。
大きく飛び上がって、カードを投げる――とっさにステッキで防いだそれは、思った通り、伸びた剣だった。弾かれるままに天井から生えた結晶に着地して、地上には分身を配置する。
「あっぶな……! えっ、こっち来る!?」
飾剣を持った分身が出てきたのに目もくれず、バネ状に伸ばした剣でびよんと跳ねて、ぐにゃりと変形した脚で天井に貼り付く。
「えー……??」
投げたボールを地上で跳ねさせ、思いっきり跳ねたボールに乗せた分身たちを天井に着地させる。そのまま重力を逆にした、足元荒れ放題の戦いが始まる。どう見てもゴーレムのはずなのに、性質がぜんぜん違う。それに、お互いの“解”……意志の証が手に入れた、最強の必殺技を使っているはずなのに、何をしているのかさっぱり分からない。
試しに〈リンクボルト〉を使ってみると、すごく効いた。たぶん金属製で、中位から上位のゴーレムらしく「武器や道具を使う」という特徴もあるけど……表面が液状化していて、それを使いこなしている。
「よし、使っちゃおう……〈サー・プライズ〉!」
『やあやあ、サーだよ……おっとっと、今日は逆さまなのかい?』
「ごめんね、今日はご飯あげられなくて」
『夕食が美味しかったから構わないよ。さて』
ムチのようにしなって襲いかかる剣を、抜き手で逸らす。ほかの人が呼び出すサーがどんなものかは分からないけど、私のサーはすごく強かった。いちばん最初に呼び出したときの「受け止めるが戦力にはならない、君が頑張れ」と言っていたころとは大違いだ。
弾かれたり切り裂かれたりするボールを当てつつ、聞いてみる。
「サー、これって何のモンスターか分かる?」
『うん? 自然発生型ゴーレムと、スライム系統のミックスじゃないかな。魔界だとよく見るよ、食い合った化け物がキメラになるところは』
「スライム……だからあんなに柔らかいんだ?」
『知る限り、〈メタルストリューム〉って名前だった気がするね』
確か、魔石は正しい方法で使わないとおかしなことになる、と言っていた。ダンジョンの中にいるモンスターが、ちゃんとした手順でジョブを身に付けられるわけがない……これもまた「進化モンスター」、しかも異常進化してもちゃんと適応しているのだ。
「タイミング見計らってたけど、解使ってもしょうがないかも……」
『相談はナシだよ、あれは言葉を判っているんだから』
「あっ、うん」
『少々妬けるけれど、他の悪魔も呼び出してはどうかな? 私一人じゃあ手が回らないようだ』
こっちは数を増やしているのに、ゴーレム一人に大苦戦している。こういうのを仲間にしたいと思っていたから、正直どんと来いだけど……ハットの悪魔召喚は、ちょっとコストが高すぎる。さっきから自己判断で戦ってくれている分身たちも、あんまり火力を出せずにそろそろ消えようとしていた。
「しょうがない、使おう」
『悪いね、地位ばかりで弱くて』
「強くしてあげるよー、方法あったら。ちょっと準備……」
杯の中にある液体を油にして、思いっきりドボドボ撒く。そして強いお酒をざばーっと出して、地面の近くにあった岩にカードを何枚も投げた。
『だ、だいじょ――』
「これが狙いだから!」
バギンッ、と音を立ててカードは一瞬で破損し、飛び散った火花が大爆発と大炎上を巻き起こした。天井まで届いた爆炎と煙を、ハットの入り口から広がった空間が喰っていく。そして放り込んだのは。
「あ、間違えた」
『否、正解である』
間違えて、さっき取れた宝石を掴んだ勢いで入れてしまったけど……どうやら、クラスタルの一部扱いしてもらえたようだ。爆炎も煙も一瞬で消えて、蓮の花のような形に集まった結晶体から灼熱のビームが放たれる。
『うんうん、悪魔に炎を与えるのは正解だね』
「おー……落ちた」
分身が消えたけど、肩あたりがゴッソリ削れたゴーレムを見て、そのまま地上に降りる。たぶん、もう大丈夫だなと確信できた――瞬間に、ゴーレムは固い方と柔らかい方で分裂し始めた。
「ずるくない!?」
『じゃあ君は四倍ズルいのかな』
「うぐっ」
『主どのにも頑張ってもらわねば……』
遅い方は炎の悪魔に任せて、びょいんと跳ねたバネゴーレムは私とサーで倒すことにした。今こそ〈レクストリガー〉と〈ダブルデッカー〉の力を使うときだ。反射神経と三半規管を総動員して、私は思いっきり跳躍する。
襲いかかってくる速度をなでるように、コピーした飾剣を差し込む。いくつもの付加ダメージが弾けて裂けた液体に、指を差し込んだ。赤や青、黄色や緑のイナズマがすさまじい勢いで弾けた。
「〈プリズムスパーク〉」
雷属性が苦手なら、付加ダメージでそのほかの属性が出ても耐性貫通する、というすごく凶悪な特技だ。そして、今のアクションの意味は。
『ははあ、なるほどね。道化にケレン味は欠かせないからかい?』
「ふっふっふ、そういうことだよー。それに!」
手が四つで分裂し、すごい勢いで切り付けてきているバネゴーレムに、〈アクセルトリガー〉で対応する。カードを浪費して、目が追い付いているけど手が追い付かない、なんて状況を完全に潰した。小手先でくるりと順手・逆手を持ち替えたり、ステッキを空中に浮かせたり肩に置いたり足にお手玉したりして、剣の応酬をなんとかこらえる。
真っ赤な宝石の輝きは、どうやら「加速」の解を導き出しているようだ。
気付いてみれば、使うタイミングを見失っていた仮面が顔にある。けっきょく外さないまま、左は見えるけど右はちょっと見えにくいくらいで戦っていた。完全に目元が塞がれた仮面だと、逆にはっきり見えるそうだけど……半透明だったり片側が開いていたりすると、片目だけや不透明な視界で戦うことになる。
「じゃあ私も、そろそろ使っちゃおうかな」
仮面がバイオリンの奏で始めのような音を響かせたかと思うと、いちごミルクが流れるような銀河を浮かべた、月が微笑み魚の泳ぐ夜空が広がる。遠景の夕陽はまだ沈み切っておらず、奇妙な矛盾、あるいは絵に描いたようなわざとらしさが聞こえていた。
『うん、いい解だ。よく利いているね』
「ありがとね、サー。じゃあ仕留めよう?」
『フフフ、先ほどまでの不安はどこへやらじゃないか』
ふらふらのバネゴーレムは、逆転の一手とばかりに横薙ぎの斬撃を繰り出した。そんな敵に、私は指鉄砲を向けた。
「ばぁん」
弾けた雷が、ドロリと地面に倒れて消えていく金属の表面に光っていた。
モンスタージョブ〈レクストリガー〉の初期技、〈トリガーアクション〉。セットした技をセットした動作で使えるという、パフォーマンスに使うとよく映える特技だ。思考操作もあるし、発声発動もあるから、使う意味はあんまりないけど……【愚者】で〈道化師〉の私にはちょうどいい。
「うん、練習はバッチリだね!」
『何よりだね。先に進むなら……彼をそのまま連れて行った方がいい』
「そうだよね。今のも強かったし」
帰っていったサーに手を振り、悪魔を連れて先に進むことにした。
そういや情景描写も私の強みの一種だったなーって……はい。じゃあデータ置いときますね(通常営業)
「融の解:演景に理は溶ける、陽月の頂交わるごとくに」
意志の証「月泳流星のおもて」を使うことで、戦闘参加者が全員収まる結界を展開する。敵対者は【陽の堕つる】【狂い月】【群喰み】【凶ツ星】のうち、ただちに有効ないずれかを付与される。展開時間の長期化により、複数が付与されることもある。
【陽の堕つる】:装備補正が徐々に弱まり、最終的に装備不可になる。戦闘終了後解除される。この状態異常への抵抗判定は光耐性と同等と見なされる。
【狂い月】:ランダムな行動制御系状態異常を引き起こす。効果時間はそれぞれの状態異常への耐性に準じ、次の判定までに解除されなかった場合は重複する。
【群喰み】:精霊/ゴースト/人形のいずれかの性質を持つ「遊臣空魚」に憑依される。味方からダメージを受けるようになり、1スタックごとに味方全体の魔術耐性を下げていく。解除すると小ダメージを受ける。この状態異常への抵抗判定は「憑依」判定の可否(筋力の高さに依存)と同等と見なされる。
【凶ツ星】:幸運がどんどん下がり、ゼロに達するとほかのステータスも低い順から下がっていく。この状態異常への抵抗判定は「破滅」判定の可否(罪科の数値・各NPCからの好感度など複数参照)と同等と見なされる。




