48 今日は道化師のお仕事をします!
※釣りサブタイやジョークではありません
どうぞ。
高校生だったとき、オカルトに凝ったクラスメイトが言っていた気がする――「ツタが地面を這っているところは、“氣”の巡りが悪い、危ないもののいる場所」だとかなんとか。空気の「メ」じゃなくて「米」だと異様なくらい強調されて、正直ちょっと気持ち悪かった記憶がある。はっきり思い出せるから、確かな記憶みたいだ。
寂れたというか退廃的というか、言葉を選ばずに言えば廃墟のような……こんなのでいいのかな、と思うくらい悲惨な状況だった。
「これって……滅んでる?」
「おっ、有名人だ。滅んじゃいないよ、ギリッギリの窮地で持ちこたえて復興中なんだよ。植物人間にリハビリしてる感じ」
「それほぼ死んでません? えと、ファイバーさん」
「うん、そう。浄化とか回復がたくさんクエストもらえてるから、フィエルさん? の出番はあんまりないんじゃないかな」
いつも見るもふ抱っこお兄さんが、悲しそうにそう言った。
「どうしてこうなったんですか、これ……」
「“ジンリョウシシ”。沈む治療、死を施す……って書くんだけど。えーっと、難しいなあ……そうだな。現実の宗教に「グノーシス主義」ってのがあってさ。かんたんに言うと「善なる神だけじゃなく、邪悪な神もいる」かなぁ」
神と交信できる【使徒】の中には、触れてはならない神のお告げを受け取ってしまう人もいる。けれど、【使徒】は神の間違いには気付けないし、神と交信できたことを素直に喜んで、お告げの通りにことを起こしてしまう。
陣営「沈療死施」は、死や破滅や狂気の神からメッセージを受け取り、自分はそういう使命のために生まれた、と信じ込んだ【使徒】たちの集団らしい。
「一神教の中に生まれた多神教的考えってことで、異端認定受けてるんだけどね。それで、その考えを下敷きにした「クトゥルフ神話」ってものがあって……この『ストーミング・アイズ』の世界観は、そういう「邪神がいる世界」を基盤にしてるんだ」
「要するに、邪神の手下なんですね」
「そう! ごめん、最初からそう言えばよかったね」
「それで、そういう人たちが何かしたんですね……」
うんそう、と見渡す。
石材の表面は、妙にしっとりした新鮮なものだった。破壊されてからぜんぜん時間が経っていなくて、きずあとも新しいのだろう。建物の高さは二階分あればいい方で、おそろしい破壊の痕がいくつもある。三階以上の建物は、妙になめらかな断面で消えていた。がれきは、落ちていない。
「プレイヤーより強そう、ですね」
「そりゃー、あっちにも人生があったことになってるからね。いつからかはともかくだけど、備えてたんだろうね」
こっちの住民は、生まれたときから意志が決まっている。それにふさわしいことができるように、同じ意志の大人のもとで育てられる。ほとんどが両親と同じだけど、たまに親とは違う意志の子供が生まれる。そういう境遇の【使徒】につけ込むのでは、というのがファイバーさんの推測だった。
「あー、ごめんね俺ばっか話しちゃって。なにか来た目的あった?」
「お買い物してから探検って思ってたんですけど、……これじゃダメそうですね」
「あはは……まあそう言わずにさ。〈道化師〉にしかできないこと、頼めないかな? 俺たちからの報酬、ちゃんと出すよ」
「えっと、プレイヤー同士のクエスト? ってこと、でしょうか」
違うよ、とファイバーさんは優しげに笑う。
「ライブパフォーマンスするんだ。ちょっと協力してよ」
「パフォーマンス……! ぜひ、やらせてください!」
「お、食いつきいいなぁ。どうしたの」
「ちょっと、練習したいことがあって……」
じゃあそこの広場に、と指さした方角には、すでに何人かのプレイヤーが集まっていた。チャリティーコンサートをやっているらしく、楽しげな音楽が小さく聞こえてきている。
「メニューはとくに決めてないし、飛び入りだけど、それでいい。確か、何か経験あるんだっけ? それっぽいパフォーマンス、できるかな」
「やれます。体に染みついてますから」
中学から高校までやっていたから、ひと通りのことはできる。個人競技だったけど、音楽に合わせた動きを即興でやればいい――どんな特技も使いまくって、楽しいパフォーマンスをやろうと決めた。
「ん? あっ、配信してるのか。こっちに映っていいの?」
「大歓迎ですよー。もう私、スイッチ入れてるので!」
カメラの画角と動くカメラを見て、ゆっくり歩いていく。青いカードを空中に投げて、分身をすべての通りから広場に出現させた。
「わっ、わ!? あれなに!?」「あら、〈道化師〉さん? きっとすごいことが始まるのよ」
音楽のリズムに合わせて、飾剣をくるくる回しながらボールを手と足でお手玉する。九人全員が同じ動きをしているから、演奏している人さえちょっと手を止めかけていた。視線を送って微笑みかけて、集中を取り戻してもらう。
機を見て後方宙返りし、壁を歩いて登っていく。スキル〈軽業〉のレベルをちょっと上げると使える〈面歩〉という技だ。手を離したボールが縦横無尽に跳ね回り、子供が手に取ったものは制御から外す。ちゃんと一人ひとりに「ナイスキャッチ!」と声をかけながら、音楽に合わせてボールを跳ねさせた。
ひときわ美しいサビに入ったところで、誰もいない広場の頭上に時間結界を広げる――ボールを持ったみんなに合図して、結界へとボールを投げ上げた。そして飛び上がり、結界の表面で止まったボールに着地する。〈面歩〉は、面が上下左右どこを向いていても歩ける……逆さまに立って踊ることだって、できる。
「すっご……!? あれが〈ラフィン・ジョーカー〉なの!?」「逆さ吊りのが本物か! 体幹どうなってるんだ、いつもながら……」「おねえちゃんすごい!」「ほんとに、すごいわね……!」「ちゃ、着地は!?」
いちばん下にいる本物の私は、着地を心配する声に「しーっ」のサインをした。
時間結界が青みを失って消滅し、ボールがばらばらと地面に向かって落ち――ない。すすすっと足元に集まったボールたちの上に尻餅をついてバウンド、くるりと宙返りして着地した。分身たちは一礼した瞬間にすうっと消え、ボールたちも広げたインベントリに吸い込まれて消える。
「「「「おぉおおおおっっ!!!」」」」
大歓声を浴びながら、私は飾剣・ボール・ステッキの変則お手玉を続けた。
楽しそうだからやった。じっさい「息をつかせず翻弄する」が道化師の本分だと思うので、これからもストリートパフォーマンスはこすり倒していきます。やりたいイベントがあってね……




