40 メビウスは始点を亡くし
これで今日のぶん終わり。
どうぞ。
九対九に十を超えるボールが跳ね回る、もはや何が何だか分からないカオスがあった。めちゃくちゃになった戦場で、私は妙に冷静に、戦いの手順を組み立てていた。これまでボールは攻撃に使っていたけど、防御に回す。
分身能力のあるクワガタからドロップした「明星エントロピー:ターミナル次代」は、壊れて〈片割り悲嘆歌〉が発動したあと、上がった攻撃力をそのままにして再生する。すさまじい勢いで切り付けて、相手はボールを破壊しようとしている。六つあるボールのうちひとつが、分身三体に連続で切られて爆発する。そしてすぐに、再生した。
「なんで!?」
「ボスドロップだからねー」
二人が同時に繰り出した〈スクリーンフェイス〉からの〈朧演刃賜〉と〈熔充送戯〉のコンボが、空中でぶつかり合って爆発を起こす。あっちには時計がないから、〈ホット・アラーム〉の発動までを〈サー・プライズ〉でごまかすことにした。
『おやおや。今日はケーキかい、悪くないな』
「味の好みってあった?」
『人の食べ物はなんでも美味しいからねえ。保存食そのままでもなければ』
「また、いい料理あげるね」
ハットに入れる都合上、温かい料理じゃないかもしれないけど、できるだけ美味しいものを食べてもらいたい。また、機会を設けることにした。
あっちも玉華苑はかなり調整してきているようで、色とりどりの火花がサーの体にバチバチ弾けている。けれど、投げるカードが牽制なのはこちらと変わらないようだ。あっちの本領がいったい何なのかは、すこし気になる。鬼が出るか蛇が出るか、悪魔が使っていたから覚えた新技〈お手玉掌悪黒ニ来ル〉を使った。
『おっと! よく跳ねる』
「ちょっと邪魔かも、ごめんね」
ほんのりと青く光るボールを手で投げると、分身のあいだでぶつかっては反射して、分身の持つ飾剣を次々にへし折っていく。迎え撃つ剣がボールの耐久値をゴリゴリ減らしていって、三つを同時に破壊した――そして、気付く。
「これなんだねー?」
「うふふ。〈踊り子〉の舞いは、はるか昔からハニートラップを仕掛けたり、暗殺者が紛れ込むためにあったのよ? 踊り子が本物の剣を持つくらい、想定できたでしょうに」
突き専門の細い剣ではなくて、オーソドックスに何でもできる、ふつうの剣だ。何かモンスターのドロップ品なのか、ふつうの金属ではない微妙な色みをしている。見たような気もするけど、いつ見たか思い出せなかった。
「ボールがいくら分裂しても無駄よ、これは「銀喰いの剣牙」。武器ならなんでも、いくらでも破壊できるんだから」
「へー。じゃあ、その剣を折らないとね」
大量に投げたカードが恐ろしい勢いで弾けて、不思議な金と青の星を散らしたような刀身をボロボロにしていく。瞬時の攻防がいくつも続きすぎたせいか、私もすっかり忘れていた〈熔充送戯〉が炸裂する。いくつかは避けたけど、二回はクリーンヒットした。さすがの身のこなしだ。
そして私は、あえて声に出した。
「〈ターミナル・ベル〉」
相手の頭上に、「30」のカウントが浮かぶ。
「こ、これってな――「〈セット・スタンダード〉」
いくつも破壊されて倍近い攻撃力になった「明星エントロピー:ターミナル次代」に、とんと飛び乗った。ボールが導くままに高く高く跳躍して、〈どど怒涛潰終エル〉を叩き込んだあと〈ランダマイズ・スロー〉を投げ込んで、待つ。
「――んな、ッぶべぎゃわあっ!!?!」
ズドガガゴゴドドドンバババチッッ!!! と、スコールと落石と落雷とが同時に起こったかのような、その場から逃げ出したくなるような壮絶な音がした。
[メレア との決闘に勝利しました。]
相手は、決闘終了と同時に復活していた。もはや完全に戦意喪失していて、ただうなだれている。私には隠し玉がいくらでもあった……たとえあのボールを持っていなくて、カードにできるアイテムがなかったとしても、それでもなお、負ける公算はゼロだ。
「勝てるって思ってたの? 二つ名までついた私に」
「ふ、二つ名?」
「私はフィエル。〈ラフィン・ジョーカー〉」
「私の、ことも……」
大きな声で笑う、口を開けて笑うという意味の「Laugh」には、「あざ笑う」という意味もあるらしい。笑ってなどいない……笑う余裕があったとしても、笑えはしない。それに、笑いを取り戻すなんて高尚な目標もない。
私にはもう、笑い合える友達がいるから。
「私の方が大会選ばれたのは、勝ったかどうかわかんないけど。勝ったよ。約束通り、私が言ったことも聞いてくれるんだよね」
「あっ、そ、それはっ」
「難しいこと頼んだりはしないよ。ひとつだけ」
言いたいことは決まっていた。
「二度と顔を見せないで。私は、あなたのことなんてどうでもいいから」
「じゃあ、なんで!?」
「あのギルドの子たちも、大学でも。私、もう友達いるし……あんたが会いに来なくて、何年も経って何もかも忘れてたかもね。それでよかったと思う」
「なんで、私と向き合ってくれたの……?」
殴るため、と私は笑った。口の端がつり上がった、ねっとりした笑い。鏡で見たら、さぞキモかっただろうなと……リアルタイムですら思った。
「自分をいじめてきたやつを、一発ぶん殴ってスッキリするため」
「じゃあ、い」
「飽きた」
「……わけわかんない……」
知るか、と言い捨てた。
「次会ったときはゼロからだねー。ちゃんとゼロからにしてね」
「ゼロ、から……」
これ以上話す気力もなくて、私はログアウトした。
いちおう時計持ってないかな? と確認したあと、そういや〈道化師〉以外は手に持ってない武器使えないんだっけ……ってなって、ふつうに時止め食らった形になる。最初っから〈ウィ・ザード〉でよかったんでは? とか言ってはいけない(戒め)。




