39 活火・噴煙・灼岩・冷黒、そして砕ける
引き続き。
どうぞ。
小さな、小さな言葉が、しずくのようにこぼれた。
「ぜんぶ、……ぜんぶ。全部だよね」
「……なにが?」
「まるで、……自分で火点けたくせに、燃えた家が悪いからみんな死んだんだよね、って……そう言ってるみたいじゃん。火点けたお前が、お前が!! ぜんぶ悪いに決まってるでしょ!! なんでほかの人まで悪いみたいに言ってるの!? 自分で火点けたくせに!!!」
人の死因が炎だったとしても、炎が犯人として逮捕されたり、裁判を受けたりしない。自分が原因のくせに、こいつはいったい何を言っているんだと……叫ばずにはいられなかった。
「仲悪くなんてなかったでしょ? 自分が引き裂いたんでしょ!? 自分でやったんだよ!! なんで自分にも原因があったみたいに言ってんの!? 違うでしょぜんぜんっ!!」
「だ、だから謝って」
「なに、「謝るから許して」って!? なんで私が部活から逃げたと思ってるの! 二度と会いたくないからだよっ! 話したいとか和解しなきゃとか、ぜんぶゼロになったあとだから……!」
「う……」
人の仲が悪くなることがあるなんて、当たり前のことだ。リスクをわざと引き出して、リスクがあるのが悪かったとわざわざ言うなんて、怒られたいとしか思えない。話しながら、いつの間にか近くの岩山にまで来ていた。
「ねえ、想像したことある? あのときの、私の気持ちがどんなだったかって」
「それは、イヤだった……」
更衣室にあった着替えを盗まれて、体育館の外にばら撒かれた。カッターシャツもスカートも泥まみれで、スパッツだけぎりぎり無事だったけど、下着はパンツだけ、高校の玄関の落とし物のところに放り込まれていた。ブラも、たぶん届かないはずの、近くの植え込みの下に引っ張りこまれていた。部活で走り込みをするルートに入っているから、誰かに見つかったのだろう。
レオタードのままあちこち駆けずり回って、ただでさえ汗で肌に貼り付いて気持ち悪いのに、透けているのどうのとじろじろ見られていた。落とし物コーナーに走り寄ったとき、慌てて端末をしまった男子が何人もいた。逃げるように更衣室に戻るとき、端末を向けてきている男子もいた。
翌日、教室に入った瞬間に、何人かがニヤニヤしていた。じろじろ見てくる男子の数が増えていたし、廊下を歩いているときもそうだった。放課後、更衣室に入って……同じようなニヤニヤ笑いを向けられて、私は逃げた。推薦入試を考えていたところも予定変更して、卒業までイヤな視線を浴び続けていた。
「あんな、……あれ見て、イヤだったで終わらせるんだ」
「ご、ごめんなさい……!」
終わらせたい――そう、思った。
「戦おうよ。決闘の閉鎖モードなら、ちゃんと聞こえるし」
「え、ええ! ちゃんと確かめ合わないと……!」
「勝ったら、私の言うこと聞いてもらうから」
「約束する!! すぐにでも……!」
決闘を申し込んで、「完全閉鎖モード」にする。ドーム状の結界エリアが生成されて、[決闘中は長距離チャットができなくなります]とアナウンスが流れた。
「――“祀屋つみか”。私は、あんたと友達になりたいなんて思ったことない」
「ほ、ほんとに……揺城赫祢ちゃん」
それにさ、と相手の腰にあるものを見て、飾剣を抜き放つ。
「血反吐なんて出ないし、事故もなかったし。骨折だってしてないし、問題なんてなかったなー。ずっと……ずっと頑張ったよ? でも、……でもさー」
体操選手は、おもに脚をケガして引退する。練習に練習を重ねて、中学から高校まで一度もケガをしなかった。今は筋力も落ちたし、だいぶお肉も付いちゃったから、現役復帰はできないだろう。
「才能のあるなしなんて、勝手に決めないでよ。あんたが言ってた誰かだって、まだ現役で頑張ってるんでしょ? 一回でも県大会とか、全国とか行くかもしれないよ。そんなとき、そいつに媚びて一緒に練習しようとか言い出すわけ?」
「そ、そんなことしない! だって私は……」
「上手くなりたいだけでしょ。コーチにいちばん食らいついてたの、あんただった。友達がなんなの? チーム競技なんて、あそこじゃ誰も考えてなかったのに」
「、――」
誰より努力していた、とは言わない。やりすぎてケガしたこともあったし、モチベーションを保たずに不機嫌なまま取り組んでいたこともあった。努力は素質を才能にして引き出す経費だ、なんて……どこの特撮で聞いたのか、兄はそう言っていた。いちばんちゃんと取り組んでいたのは、もう二回も五輪出場を果たした彼女だった、と思う。
私がトレーニング理論を語るなんておこがましいし、正直、いろいろ足りないものは多かったのだろう。離れてから冷静になったところもあるだろうけど、私だってすべて悟ったわけでもなんでもなくて、分からないことの方が多い。
「孤高でよかったんだ。ぼっちでも、誰より努力してるぼっちだったら、みんなあんたの友達……じゃなくても、コーチみたいに優しくしてくれたはずだよ。ほんとにさ、なんで……」
聞いてはいけない、と――止める自分がいた。けれど私は、やり返してやりたいという感情に負けた。
「なんで、同じ目標を目指す友達なんて。ちっとも必要じゃないもの、欲しがったの」
「あ、」
ひび割れてずれるように、相手の表情が崩れた。相手の中に、その答えがなかったのだろう、と。あまりにも残酷すぎる言葉が、相手をズタズタに切り裂いたのがわかった。そして相手は、私が何をしたかったのかを理解したようだった。
「戦おう、か」
「うん。戦おう」
この感情は、きっと晴れない。そうだとしても、何かが見つかる気がする。
互いの表情が、戦いに向かうそれに代わった。
次で今日のぶん終わり。




