38 巡る針なら刺さるかたなし、期間も聞かぬ折れた先
ちょっと胸糞回が続くので、まとめて一日で投稿しちゃいます。
というわけで、どうぞ。
配信企画「魔王チャレンジ!」から三日くらい経った。
結局、上位ギルドと系列ギルド、という考えは変わらなかった――けど、私たち「水銀同盟」の系列は「アマルガム系」という名前になっていた。ノルマでせっつかれない、メンバー構成や人数の制限もない。自浄作用が働かなかったら制裁に来る、くらいで収まった。
この「アマルガム系」の誕生は、実質的に、無所属でゆるっとやっていても誰も困らなくなったということだった。そうじゃない風潮ができあがりつつあった、というのはすごく怖いことだった。ちょっとでもきっかけを作れてよかった……あんまり乗り気じゃなかったシェリーにも、いっぱいお礼をした。
「今日の献上品です!!」
「う、うむ……いつにも増して良い品である」
お分かりいただけましたかっっ、とギルド「シルヴィーシルフ」のドワーフちゃん(仮)は大興奮している。
「火を使う性能は料理にも活かせる、というのは一週間前と三日前と昨日にもお話しした通りなのですが、……」
要約すると「めっちゃいいパウンドケーキが焼けたから食べて!」という意味の言葉が、資料集並みの情報量で叩きつけられていた。ちょっとかわいそうだけど、【使徒】として神様ムーブしようとしたシェリー・ルゥという個人の落ち度だと思う。放っておいてもいいというか、あっちもあっちでいい刺激になっているみたいだから、私は関知していない感じの態度を貫いていた。
ギルドホームへの来客がすごく増えたなぁ、とギルド「シルヴィーシルフ」……大型のかまどで料理を作りまくっている人たちの代表三人を玄関まで送って、ちょっと蒼ざめているシェリーと扉を閉めた。
「や、やっぱり【使徒】っぽくしない方がよかったかな……」
「私は見てて面白いけどねー。パウンドケーキ、一本もらってもいい?」
「うん、いいよ。悪魔さんも食べたがってるんでしょう?」
「なんか料理欲しい、だけだったねー。味の好みも聞いといた方がいいよね」
サーは強いから、ちゃんと強さを発揮してほしい。召喚モンスターには「絆レベル」というものがあって、会話やプレゼントで強さが変動するようだった。数少ない使い捨てじゃないモンスターだから、思い入れも強めだ。
「ん? 一人で来た人かな」
「加入希望は受け付けてないんだけどなー。なんだろ」
顔立ちからしてそのために作ったのかなと思うくらい、ミステリアスな美貌の女性がいた。踊り子というには歩き方がいかついから、ステージに登る個人競技でも、女性美より動きを見せるタイプのやつだったんじゃ――と、なんだか考え込んでしまう。
「こんにちはー。どうしたの?」
「(ピー)よね?」
「なんて? 音声、規制されてるけど」
「え? あの、(ピー)……ちゃん、……」
誰かの実名を言おうとしているのかもしれない。いちおう、言葉ではっきり注意することにした。
「VRゲームで人の実名出すのダメだよ、思考読み取りで音声にならないようになってるんだって。あと、たぶんお互い知らない」
「そ、そんなことない! 私だけはあなたの才能に気付いてた、あのクラブで二番目にすごかったのに!」
何を言っているのか、まったくわからなかった。私がどこかのクラブに所属していたとして、“いちばんのトップ”がいて、その二番手に私が――
まきしおスポーツクラブ。
(ねえ、才能あるのにどうしてやめちゃったの!? ねえ! 烏野さんにだって届くくらいだったよ!? いっしょに、もっと……まず友達からさ、)
――祀屋つみか。
「え、……」
「気付いたのね? ずっと想ってた。あなたといっしょに過ごせば、その才能と響き合って、私だってすごい選手になれるって……」
「何言ってんのあんた、人を道具みたいに? 友達はサポートカードじゃないよ、ねえ」
「あなたには話してない!! ねえ、私言いたいことがあるの。友達になろうとして、あんなことしちゃって……あいつらを暴走させるきっかけを作っちゃったのは私! ごめんね、つらかったよね? 誰とも友達になろうとしないくらい、つらかったんだよね?」
「会話しろよバカッ!! 相手が返事してないだろ!!?」
怒りに任せた言葉を吐いたシェリーの肩を、できるだけ優しくたたいた。
「ごめん、ちょっと……外で話してくる。返事できないって言っといて」
「……うん。いってらっしゃい」
自分がどんな顔をしているか、作ろうと思った表情を作れているか。ちっとも分からないけど、たぶん言うべきことは言えた。耳がちゃんと聞こえているのかも、微妙に怪しかった気がする。
胸やお腹の中が爆発しそうなほど熱くて、けれど手足が冷え切っていて……サーモグラフィーで見たらどんな色をしているんだろう、だなんて、現実逃避をしてしまった。貧血になったときみたいに、手の中に鉄条網がビッシリ詰まったようで、指先ひとつ動かすのがすごく大変だった。風邪と生理がかぶったときの、死ぬほど最悪なあの気分が……あれでもまだマシだったんだと、気付ける日が来るとは思っていなかった。
「ごめんね。(ピー)とか(ピー)とか、(ピー)に(ピー)のことだって……憎いよね。私のことだけ見てくれるかもって、悪い噂流して。そのせいで、あいつらも一線をかんたんに越えて。でも、あんなので友達を信じられないクズとなんて、いっしょにいることないよ」
すべて知っていることだったのに、言葉で聞くとぜんぜん違う。
「ね? だから、私と友達になって。何回だって謝る。一生だっていいよ」
「もういい」
言葉を止めていられる限界が来た。
「ほかの人の名前出さなくていいよー。関係ないしさ」
大学は広い。ひとり、一度だけ、別の学科の生徒も来る講義で見かけたことはあるけど、すでにどこかの先輩と付き合っているみたいだった。昔誰かをいじめていた人でも幸せになるし、医療ミスでやめた人もまた別の病院に行くのだろう。
因果なんてウソだ、そうじゃなきゃイヤな人が言ったに違いない――今までは、そう思っていたけど。
「いいよ、言う。ぜんぶ」




