37 常人感情:空疎の冷たさ
どうぞ。
「メレア」には理想の自分があった。女性美を体現したその姿が、たくさんの注目を浴びる。清々しいほど俗っぽいその願いは、決して否定されるようなものではない……誰もが同じような願望を持っているものであり、女性だけのものでもないからだ。
意志は【常人】、ジョブは〈踊り子〉を選んだメレアは、キャラクリエイトの出来に満足していた。鏡を見ながら、うっとりと酔い痴れる。
落ち着いた印象を与える、切れ長の目。エメラルドグリーンの大きな瞳、長いまつげ。形のよい鼻梁につややかなくちびる。オリエンタルでミステリアスな魅力をたたえた、どこか不可思議な微笑み。これが街中を歩いていれば、女の目さえ釘付けにできるだろう。その様子を思い浮かべて、メレアは笑みを隠せなかった。
衣装のデザインも良い。いくつかのデザイン候補があったが、彼女は伝統的なベリーダンスのそれを選んだ。黒い装束に金の腕輪や足輪に装飾、ルビーのイヤリング。
「うん。決まった」
「おっ、〈踊り子〉さん。どっかギルド入ってる?」
「予定のところがあるので」
そうなんだ、とボーイッシュな服に身を包んだ少女は笑って、遠くで待っている友人たちのもとへ歩いていった。彼女はどうやって友人を作ったのだろう、という純粋な疑問が、絶妙に弛緩した空気を見て湧いて出た。
(あの子たち、何するのかしら)
メレアにとってみれば、ゲームとは日常に挟まれる新たなルーティンである。効率化を目指すことこそあれ、意義のない行為を繰り返す意味は不明だ。友人と駄弁る程度ならほとんど何もしていないのと同義だが、彼女らに明確な目標設定はあるのか。大した能力もなく、目標も持たずにのんべんだらりと生活を送るだけなら、家畜以下だろう。
[チュートリアルを受けますか?]
「あら。教導ね、受けましょうか」
ボタンをタップすると、牧場のような空間へとワープする。
「いらっしゃい、私はティニーよ。あなたは?」
「私はメレア。マスターオブ・オールテクニクス……あ、師匠なのね」
「ええ。さっそくだけど、どのジョブでもスキルでも教えてあげられるわよ。何にしましょうか?」
「じゃあ、この「飾剣」と「カード」……それと〈舞踊〉スキル。これをお願いするわ」
了解よ、とガラスの人形が出てきた。
「ダンスに使う切れない剣が「飾剣」よ。今あなたの腰にもあるけど、練習用にもうひとつあげる。壊れやすいから、予備の意味もあるわね」
「やっぱり、ぶつけちゃダメなのね」
「ええ。刃がついてないし、踊り子の力でも振り回せるように、ふつうの剣とは材質も重さも違うのよ。剣だと思ってはだめ」
「なら、どう使うの?」
両手に出現した飾剣のうち一本を腰に差したティニーは、青いホログラムのようなものをもう片手に出した。
「剣の偽物を出して、壊れない偽物を剣として振るう。これが基本ね」
「そう、偽物として振るうのね」
ティニーが指を振るって出てきた一覧を、ひとつずつタップして確認する。「音声でも確認できます」と書かれた箇所のボタンを押すと、ティニーが話し出した。
「これは〈ロウエンジンシ〉、さっき使った技ね。剣を分身させるの。剣の分身があるときは、分身が実体化して攻撃に使えるようになるわ」
「へぇ……」
二回使えば、つねに壊れない剣を用意して戦うことができる。すぐに壊れると言われたわりに、壊してもよい使い方がある。これは、とても面白い視点だった。いくつも聞いたあと、カードの説明も受ける。
「じゃあ、カードで武器ごと分身したあと、ロウエン、を使えば?」
「あら、よく気付いたわね。分身が全員、実体化した剣を持てるわ」
「それが、壊れてもいい?」
「そうね。それに、特技も全員が同時に使うことになるわね」
八人の分身と一人の本体が、同時に剣を振るう。とても強い使い方……配信を見ていたときのあの驚嘆は、きちんとシステム上の裏技で作られていたのだ、と実感した。
「じゃあ――」
そこからのメレアは、攻略サイト頼りでレベルや特技を増やしていった。あの配信に映っていたのは、二日以内で到達可能な範囲の強さであるはずだ。ならば、あれに並ぶことは不可能ではない。
カードはドロップ品と節約でギリギリまでこらえ、〈踊り子〉のバフで強化して一人で戦う。かなりの速さで強くなっていったメレアは、しかしひとつの事実に気付いていた。
(ここでも、私より上の美人はいくらでもいるのね)
最高の美貌を作り上げたつもりだったが、それほどのものではなかった。悪くはないものの、上位には追い付けない。それはまるで、現実の自分を見ているようで。
「……」
木に裏拳を叩きつける。落ちてきたリンゴを怒りのままに蹴り飛ばすと、木の表面に当たって弾けた。赤ければ激情を少しでも落ち着けられようものを、ハチミツ色のそれは何の感情も引き起こさない。
「……ふん」
ただ募る苛立ちに任せて、メレアはログアウトすることにした。




