30 【魔王チャレンジ!】四大ギルド全滅させてみる(1)
どうぞ。
視界の端にある時計の秒針が、カチ、カチと進んでいく。ギルドホーム四階の窓、広すぎて何に使うのか分からないくらい広くした理由は、この高さのためだ。
『二人とも、準備いい?』
「だいじょうぶだよ、アンナ」「こちらも」
チーズケーキ風の衣装に身を包んだ私と、彼岸花のようなミニ丈の振袖をまとうレーネ。増設に装備に、と一日で準備をしっかり済ませた私たちは、ギルドをふたつに分けて敵を迎え撃つことにしていた。
『砲丸投げの要領で二人を撃ちだすから、てきとうに着地してねぇ。そのあとは、近くにいる敵を好き放題倒していって』
会議をするよ、と呼ばれて入ったホームで、アンナはすごいことを言い出した。
「えっ、どういうこと?」
「ほんとうに好きにしていいのですか? 敵が全滅してしまうやも」
「あはは、レーネさんは自信家ですなー。移動手段はあちらも確保しているはずですぞ」
「わたくしだけでは、捉えきれないのですね」
うん、とアンナもとっこも言い切った。
「おそらく、不意打ちでなく本丸狙いが来るのです。まずはあたしとアンナが防衛、そして上の階でシェリーが待ちます。おふたりが暴れ回れば、数は減るでしょうがー……」
『全滅はしないよ、たぶんもう近くに来てるやつもいる』
感知系スキルを持っているメンバーはいないけど、アンナ的には『速攻でやるつもりならそうする』とのことだった。
『本気でやるなら、出てきた瞬間を狙うよねぇ。だから、時間になった瞬間にふたりを飛ばして、すぅぐ門番する。セオリー通りに組み立ててるなら、私だけで倒せちゃうかなぁ』
「あたしにも出番をくださいな? 来たら、ですけれど」
そんな会話があって、すでに三十秒前になっていた。アンナは筋力任せに私たちを持ち上げて、ぐ、と力を入れる。まだギルドホームは実体化していないので、攻撃を仕掛けることはできない。
『それぞれ反対側に投げるからねぇ。レーネから先に行くよ、さん、にー……』
ドウッ、と人の出したものとは思えない音がして、夜闇に赤が溶けていった。
『フィエル。無茶言ってごめんね』
「何でもやるって言ったでしょー、このくらい楽勝だよ?」
少なくとも、ぜったいに不可能なことではない。できそうな範囲のギリギリ、失敗したらやだなぁくらいのものだ。負けて倒れるのも、ゲームならそんなに問題ない。大口を叩いて失敗するのも、「魔王チャレンジは失敗! 人は強かった」くらいで済む。
『がんばって』
「わかった」
おそろしい速度で撃ち出された体が、すうっと空を駆けていった。放物線が落下に近付いていったところで、ボールを取り出して〈ヴォルカナイト〉をキャンセルからの着地に入る。ホームの座標を公開していたからか、たくさんの人が動き出していた。木になんとか着地して、下に控えていた人たちを見る。
五十人はいる……もっと多い。木の上で偵察してもいいはずなのに、地上ばかりにいるから、ちゃんと戦わせる気はないみたいだ。捨て駒にされてるよ、なんて言う気にもなれず、ちゃんと倒すことにした。
「いたぞ、読み通りだ! 白バニーだ!」
「やほー、フィエルだよー。〈ギガントスケール〉」
ズドドドンッ、と巨大化したボールたちが円陣を描いて跳ねまわる。
「なんだ、こけおどしか……ダメージぜんぜん出ないじゃないか!」
「で、でも壊れないぞ!?」
「冗談だよー、歓迎のあいさつな感じ。ちゃんと本気でやるからね?」
真っ黒いデッキを出す。真っ暗な空を見上げているから、とりあえず「カードデッキ」くらいしか分からないようだ。ざぁっと思い切りばら撒いて、大きな声で宣言する。
「〈バインド・リベレイト〉!!」
「なにっ、この数の……ッ!?」
デッキひとつぶん、四十九枚の封印カード。一枚一枚すべてに封印されたモンスターが、いっきに解き放たれる。一体ずつならそんなに強くもないけど、数が多すぎてパニックになっている。
「か、各個撃破! 一体ずつなら大丈夫だぁ!」
「そうそう、いい感じだよー?」
こずえ近くから高い方の枝に降りて、足の甲でぶら下がる。そして、取り出したステッキを、コウモリみたいにぶら下がった状態のまま……ちょっと拳銃みたいに、片手だけで構えてみた。
「ばぁん」
ズガァアアンッ!! と〈リンクボルト〉が炸裂し、一瞬でほとんどのプレイヤーが消滅した。数が多ければ多いほどたくさん連鎖して、よく効く――数だけをいくら揃えても、意味はない。たぶん、新入りをとりあえずで人数だけ派遣したんだろうなと思った。何かの魔法が飛んできたので、足をまっすぐにして枝から落ちる。
下のもっと太い枝に手をついて方向転換し、地面に降り立った。投げたカードの一撃で、魔法は飛んでこなくなる。もうひとつ出したボールに乗り、そこから大きくしたボールに飛び乗って、ちょっとずつ移動する。陣形は円ではないまっすぐの芋虫型にして、いつでも何でも迎撃できるように構えておいた。
「おーいーでー。全員きっちり倒していくからー」
「おう、そんじゃ相手してもらおうじゃねえの」
夜に映えるオールバック、シックな革鎧と大きな盾。なんだかやばそうな人だな、と思った予想がそのまま当たったかのように、カードはきちんと防がれた。
「あいさつはまず言葉でするもんだろぉ? 口がねぇのか口が」
「言葉通じそうですか?」
ひとことで判断したくないけど、かなりモラハラとかしそうなタイプの口調だった。ちょっと怖いというか、関わりたくないタイプだ。
「魔王チャレンジだったっけかぁ、まあなんでもいいんだが。イキってるガキはさっさと黙らせとかにゃあ、どうしようもない大人になっちまうからなあ」
弾むボールからは下りず、相手が何をするかを観察する。
「おまえ、名前は。俺はガギウスだ」
「私はフィエルです。捨て駒ばっかり配置するの、よくないと思いますよ」
「経費だぜ、払わないで抜けられるなんて思ってねぇよ」
「やだなー、そういう言い方」
弾避けに味方が死んでくれれば、自分たちがやりやすくなる――言っていることは何も間違っていないし、合理的には“そう”なのだろう。けれど、人のやることとしてはちょっと……かなり、感情的にはいやだなと思った。
「じゃあ私も。ちゃんと“必要経費”、払って倒さないとですね?」
残りの、たった一枚の封印カード。かなりの手間をかけて確保したそれの使いどころが、やってきていた。




