29 義なくば勇者は起たず
四大ギルド、登場。
どうぞ。
途中から見ていたごく短時間の配信が、終わった。
「ナメられたものだな。俺たちのことを、まるでディストピアの管理人のように」
「それも仕方がないことだと思いますが。少しばかり、勧誘合戦が過熱しているところはありましたのでね」
ギルド「ミルコメレオ」代表のアルトマンは、静かに言った。白いローブとメタルフレームの眼鏡は、いかにも【賢者】のそれらしいものであった。
「すでにストア評価にまで響き始めている始末ですから。ノルマを設けたつもりもないのですが、成果を出そうとしすぎるきらいがある」
「リーダーに貢献しようってんだから、悪いことじゃねぇだろ? 許してやれよ」
「ガギウス……そういう態度がいけないんですよ。綱紀粛正というのは賞罰を……おほん、リーダーが真っ先に、お手本を見せなくてはならないんです」
「へぇ。ディリードはどうなんだよ、お前ひとりだけラクしてねぇか?」
全身を黒血の鎧で覆った優男は「少人数で満足だったんだ」と苦々しげに言う。
「お前らが対抗して持ち上げるから、あんなに……。今も本メンバーは六人だけだ」
「申し訳ないことをしましたね。で、君はどうなんです、涼花さん」
「うちはなんも困らへんけど。規則も縛りもノルマもあらへんねんから」
「言うねぇ、その耳ってキツネだったか? カネの流れをガッチリ握るくらい職人独占しといて……」
しゃあないやん、と狼の耳と尻尾を生やした振袖の女はこともなげに答える。
「ええもん欲しい人と、ええもん作りたい人。呪いの人身御供にもなってくれはる人が大勢おるんやから、おんなし目標で集まっとるだけやて」
「相当マッドですね、君は。独禁法で考えれば、その尻尾よりは色が濃いと思いますが?」
「ほたら真っ白やんか、なんも心配あらへんね?」
「白と黒もわかんねぇのかよ、眼科行けキツネ」
職人ギルド「タイトルタイルズ」は、〈鍛冶師〉や〈大工〉〈薬師〉〈魔道具職人〉〈宝石細工師〉などなど制作系ジョブを百人以上、そのテストをする戦闘職をその倍以上抱えている。『ストーミング・アイズ』の世界に独占禁止法があれば、まず真っ先に規制を受けていたであろうギルドである。ほかの三つのギルドも、涼花らと取引をせずに装備を揃えることは不可能だろう。
「で、どうすんだ? あれくらいボコせると思うけどな」
ガギウスが嘲笑とともに言うと、アルトマンは態度を崩さず応える。
「私は乗りますよ。熱を覚ますにはちょうどいいタイミングです」
「俺も乗る。負けるつもりはないが、憧れなんぞ持たれても困る」
「なんなん、この乗らなあかんみたいな流れは。うち何も得せぇへんやんか」
「ウソこけ、勝っても負けてもカネ入るようにするくせによ」
目的はそれぞれに分かれているが、挑戦を受けることが利になるとした彼らは、「水銀同盟」の企画に参加することになった。
「それで? あいつらの情報は?」
「この間の配信があったでしょう。見てください」
「なげーよ、めんどくせぇ」
「ほんま、強い以外にひとつも取り柄あらへんのやから」
ディリードは、一人で対策情報をまとめていた。
「教えろよ」
「自分でやれ。俺の知ったことか」
のぞき込んでくる革鎧の男を放って、彼は作業を続けた。
剣士であろう少女と、職業不詳の【使徒】はさして警戒しなくてもよいだろう。呪い装備で全身を固めたとっこも、デメリットの方が大きくなるのに決まっている。しかしながら、道化師の白バニーと「たてわきサフォレ」=アンナは違う。遊撃手に選ばれるとすれば、まず防衛には向かない白バニーに違いない。
となれば、あと一人の遊撃手が誰になるかで事情が変わる。
(「旗持ち」は防衛線の奥にお籠り、とっこも防衛に回るか。サフォレも【狂妄】だろうから、あっちが遊撃手か? あの剣士が読めない……)
太刀筋は良いようにも思うが、映っていた場面があまりなく、火力も出ているようには見えなかった。どちらかが切り札である可能性もあるが、誰が出てきてもよい、ということにはならないだろう。
「真面目に対策考えてはるん? あの程度に」
「あの白バニー、四つも武器を使ってるのはただものじゃない。〈道化師〉が使える武器は、発見されている限りでは七種類。どれが出てくるか分からない」
「そういえば、そうでしたか。私はそれより、とっこさんの方が気になりますが」
「どうしてそう思う?」
彼女はかなりのゲーマーです、とアルトマンはあごに手を当てた。
「呪い対策をしていないはずがない。考えられるのは敵対者への転移、シナジーによる無力化、あるいは祝福への転化。勝ちを見ている以上、何かしてくるでしょう」
「ま、うちはバニーちゃん以外見てへんよ。あれはえらい買い物上手さんやね。モデルさんになってくれはったらええんやけど」
二人の意見は、ディリードにとってもそれなりに有益なものだった。
(とっこは備えを隠しているし、白バニーはしっかり装備を整えている、か。とすると金持ちはあいつだな)
少人数であれば、お金を出し合って全員の装備を整えるにも限界がある。少しばかりの富の偏りがあるのも、致し方ないことだ。
(最弱はあの剣士か旗持ち、弱い方は防衛に回る……警戒するのは道化師だけか。範囲魔法でも使えば、すぐに焼き尽くせる)
致命的な勘違いを放置していることに気付くことなく、ディリードは部下たちに情報を伝えた。




