19 道化のお召し変え
どうぞ。
ショーウィンドウには、ものすごく特徴的なマネキンがあった。
彫刻刀のあとも生々しい木彫りに、これまた自作のものらしい翡翠の仮面がかけられている。どうやって引っかけているのかは分からないけど、仮面の美しさに比べて、顔はきちんと彫られていない。すごくノミの跡が粗い仏師の作品が、いつだったか新聞に載っていたのを思い出した。
「こんばんは? お客さん」
胸元に、半分に割ってから無理やり接着したような、奇妙な仮面をぶら下げた女の人が出てきた。サメとココナッツだろうか、似合っているけど接合部がズレている。胸の谷間が深いからか、ちょっと挟まりそうになっていた。
「今お昼ですよ」
「あら、そう。色がよく見えないのよね」
「私の服は、何色に見えますか?」
「白でしょ。〈道化師〉の練習着じゃない」
ずいぶんクマの濃い、眠そうな猫背ぎみの長身美人さんだった。ちゃんと立ったら、私より頭ふたつは高いだろう。ふっくらしているけど変に不健康そうで、なんだか危うく見えた。ぱさぱさした茶髪はちっとも力がなくて、歳を取ったら白髪じゃなくてハゲになってしまいそうだ。
入って、と促されるままに店内に入る。店内は、思ったより暗かった。
「あっちのお店で紹介してもらったんですけど……」
「あそこね。いいところよ、すごく真面目に作った逸品ばかりだもの」
「認め合ってるんですね」
「布地の色はあの子に見てもらってるの。進む意志が同じなら、もっと親しくなれたかもしれないわね」
なんだか冷えた声で話しながら、カウンターに置いてあるスイッチを操作して、店主さんはお店の灯りを強くした。
「好きに見て。特別に考えてほしいことがあれば、相談して」
「はい」
現実でいう道化師もそういうのが仕事だからか、コスプレ衣装みたいなアイテムもけっこうある。最初の燕尾服バニーはすっごくハジケている感じがしたから、あれがあったら着たいなと思っていたら――あった。
「やった、あった!」
「お気に入り? きれいだものね」
白いバニースーツにレモン色の燕尾服、薄めのタイツに細いカチューシャ。いちばん楽しくがんばっていたころを思い出すような、真面目さを吹き飛ばしてハジケさせてくれるような、新しい私にしてくれる服だ。
それから、と太ももに巻く薄紫のガーターリボン、髪に結ぶリボンを紫と黄色でひとつずつ手に取る。
「試着してもいいですか?」
「構わないけど。機械が入ってるから、髪型と髪の色、それに服の色も変えられるわ。お試しだけなら無料よ」
「おぉー……」
「エクステもあるから、好きなだけ買っていって」
会釈してカーテンを閉め、白バニーを試着する。仮インベントリに入れたアイテムを全身に配置していって、鏡を見るけど……モノトーンの服とリボンの色がぜんぜん合っていない。目の色に合わせてリボンを買ったのに、服の色から目の色だけ浮いているのに気付いて、ちょっとだけショックだった。
「おかしいなー。アクセントっていうにもなんか、間違えた感?」
燕尾服のもとの色もレモン色だから、おそろしく浮いている。黒髪に紫のメッシュ、というところにはギリギリ合っているけど、完全にモノトーンにするのも間違えている気がした。面積が大きい色に合わせて、とファッションの基本をいま一度思い浮かべて、頭の中で白とレモン色とを浮かべる。
「――あ、そうだ!!」
バニースーツの色をほんのり温かみのある、ちょっとだけ黄色みの入った白に変える。燕尾服の色はそのままに、タイツは真っ白にした。カチューシャは赤紫色にして、白いハットが乗るのにちょうどいい色にできた。レモンのチーズケーキに見立てた、ちょっと創作コスプレっぽい感じの衣装ができあがった。
「でも、髪がこれじゃもったいないかなぁ……? ハットとバランスとって……」
左側にちょこんと乗ったハットが白、でも黒髪がただのミディアムボブだ。現実味はあるし、現実で同じことをするならこうするだろうけど……地に足のついたことをしても、ハジケにならない気がする。それに、せっかくリボンを持ってきたのに、巻くところが思いつかない。
ハットと左右のバランスをとるなら、と右サイドテールにしてみると、驚くほど合った。髪の長さだけちょっと足りないな、と思いつつ手で指定した長さまで伸ばし、二色のリボンをくるっと巻く。絶妙に美味しそうで、けれど毒々しい色合いができあがった。どうせなら、と仮面だけを左のこめかみに置いて、サイドテールとハットを両方右側に置く。
「そういえば、店内の商品ならウィンドウから試着室に入れられるのよね。言い忘れてた」
「そうなんですか!? あっでも、だいたい決まってて……」
「中で払えば着たまま出られるわよ」
「払います! おいくらでしょう!」
ずいぶんはしゃぐわね、と苦笑されつつ、たったの(?)三万ディールくらいでお会計を済ませた。
「かなり使ったわね。サービスに、無料でメイクしてあげるわ」
「へっ? メイクまで……?」
「あなたの仮面の力、まだ解が出ていないフリをしてるわね。あなたに式を刻み付けて、解を取り出す手伝いをしてあげる」
「メイクってそういう……? もの、なんですね?」
目の下に小さな☆マークを付けたり、ネイルカラーを塗ってくれたりと、店主さんは手厚く式を刻み付けた、らしかった。こめかみと腰の仮面が一瞬だけすこし浮き上がり、とんと元の位置に戻る。
「起きたわね」
「解が出た、ってことですか?」
「そう、“解”。個々人の持つ力を、さらに底上げするもの」
「じゃあ、仮面を付ければ……?」
今はダメよ、と手を押さえられてしまった。
「それに、あなたにもっと似合う武器を買わなきゃ。あなた、お金を作るのにいろいろ売ったでしょう? 鍛冶屋に渡って、武器になってるかもしれないわよ」
「鍛冶屋さん、でいいんでしょうか……」
「あなたから潮の匂いがした。きっと、海のものね。そして、あいつはそういうことをする。サービスが行き届いてるの」
「グレリーさんと、仲良しなんですか?」
良くはないわ、と店主さんは遠い目をした。
「そうね、自分のステータスはちゃんと見ておくことね。スキルの詳細も」
「う、えっと……はい」
こうなるわよ、と叩いた胸元の仮面が、ぴしりと割れた。意味は分からないながら、説明してくれそうもない雰囲気のまま、私は扉を開けて外に出た。
意志の象徴が壊れるのは、臓器全摘とかそのあたりに近い、だいぶヤバい。対人で狙うとめっさ効く。




