165 イニーズ・プレイパーク(8)
メリークリスマスってことで、いつもより早く。
ではどうぞ。
ヒトという生物は弱い。この世界に存在する生物では、下から数えた方が早いだろう。ジョブという優位性さえ、モンスターの進化に劣っていると考えるものは多かった。どうにかしてヒトを強くして、人類の脅威に立ち向かおうという発想が出ることも、当然の帰結であった。
『そうか……。その体、龍を腑分けして人の形に整えたものだな』
「キミこそ、自分を箱に変えて。街の中を無事に保ったまま、外敵を排除する方策さえ用意していたとはね」
ジェロゥの肉体について簡潔に例示するのであれば、肉の腸詰めのようなもの、と説明するのがもっとも早いだろう。人と同じ形をした肉の塊は、オリジナルの「ジェロゥ」とまったく同じ性能を発揮できる、もっとも完成された作品であった。形がどうあれ、それが指のような形をしているからと、「ソーセージは指である」と説明するものはいまい――とするのは、それが人か肉か判別できればの話だ。
四角くて平たいブロックを中心にした、人とカニの合いの子のような「イニーズ・プレイパーク」は、胸の中心に【賢者】の意志の証を浮かび上がらせていた。これを街とするか箱とするか、それともゴーレムとするかは人によって違うだろう。その答えが「ある種の人体」である事実は、対面するジェロゥにも認められないことだった。
「なぜそうしたのか、ボクにはどうしても分からない。聞かせてくれ」
『私ときみたちのもっとも大きな違いは、どこにあると思う』
拳と拳がぶつかり合い、波しぶきがはじけ飛ぶ。いくつもの火球が飛ぶが、それらはカード型のエネルギーフィールドに閉じ込められ、眠るように落下していく。
「キミは最高峰の術者として民に迎えられ、偽神を討った功績から街を与えられた。人形という種族のモンスターが出現したが、キミはそれらすべてを制御する〈傀儡師〉を開発してまたもや名声を集めた……」
『ああ』
剣の形に変えた氷魔法たちが殺到するが、イニーズは引斥力を宿した手を掲げ、魔法同士をぶつけて相殺させた。
『きみたちの作品は、自分のためだけにあった。違うかな?』
「それに何の問題があるというんだ。研究者はみな最高傑作を目指すものだろう」
『私は気付いたんだ。人の世は続くし、流れていく。いずれ私を超えるものが現れる、いつもその助けになれるシステムを作らなければいけない』
新たなジョブを修めるためのヒントにして、さまざまなカテゴリのモンスターと戦えるダンジョンであり、かつ拠点にもなる海中都市。
『命の先には……次の命がある。ヒトとは個体ではなく総体を指す言葉だろう? だから私は、ヒトのためのヒトを目指した』
「なるほど。結論としては至極真っ当だ」
もとより、真理の探究を志すものどもは極論に走りがちである。ただ宝石を集めるために村を焼くジェロゥも、かれらの行為を判ずる資格などない。しかし――
「キミはどうして海に沈んだ? これじゃあ街にならないのに」
『地殻変動の影響、かな。どこへでも移動しやすい場所に建てたつもりだったんだが、地震と海流の影響を見誤ったらしい』
それに、とイニーズは忍び笑いを漏らした。
『きみが呼んできた暴れん坊たち……かれらみたいなのが街を壊してしまっても、海の中なら安心じゃないか。運命が運んでくれたんだろう』
「ふん。やはりロマンチストだね、よくそれで真理を追おうなんて思ったものだよ」
きみも同じだろ、とイニーズは笑う。
『真理を追うものは誰も同じ、夢追い人じゃないか。きみはどうして不滅を目指したのか。覚えているんだろう?』
「耄碌する体じゃないよ、これは」
死への恐怖だけではない……命がどのように成り立っているかを調べるには、人生は短すぎた。術理のみで成立しないことを知るのも遅すぎた。人形に魂を移して研究を続けたが、動かすには損耗が激しすぎ、新たな人形を作るための人形、資源を集めるための人形と増産するたび、効率の悪さを思い知らされた。
「命は、生きるには早く去りすぎる。ボクのような凡才が天才に追い付くには、あんまりにも時間は早すぎるんだ」
『ははは……それは、家族を持ってから臆病になった私への皮肉かな?』
二人は、互いの人間性を見た――いかに狂っているように見えようとも、必ず理由が存在する。互いの内心を理解したいま、すべきことは決まった。
「よくわかった。キミはそれでいい、イニーズ。だから……最期の贈り物をしよう」
海底に眠っていた三つの棺が、同時に開いた。バロックパールで構成された半裸の乙女たち――肉体・魂・力に分割して時間結界で封印された「葬送の偽神」は、体にまとわりついたレースのネグリジェから水を滴らせながら浮かび上がり、水面に降り立つ。
ただ真っ白く不気味にも見えた体が、手をつないだ魂と融合して七色の照りを取り戻す。そして、黒を基調にしたステンドグラス風のドレスのすそをふわりと持ち上げ、優雅にあいさつを済ませる。そして、後ろから抱きしめるように融合した力が与えられた瞬間に、手元に現れたヴェールを頭にかぶる。
ランタンを手にした「葬送の偽神」は、おびただしい怪火を生み出した。
「キミを冥府へと送ろう。そのための死滅は惜しまない」




