156 恐淵・1
どうぞ。
ほとんどあのガーデンに入っていないから、今更ながらの再確認になりつつ驚いたけど……玉華苑の「玉華」という言葉はそのまま、宝石でできた植物という意味だ。開放するクエストをこなしてから、植物の種を植えて性能を発揮させることになる。
「って感じです」
「なるほどなぁ。悪くない説明だったぜ、おつかれさん」
基本的には、大きな木を植えてから低木や花を植え、肥料を撒いてからキノコが生えるのを待つことになる。いろいろ幅はあるし、それ自体を観て楽しむこともできるようになっているけど、セオリーはけっこう幅が狭い。
「ところで、オレに合ってるのはどれだと思う? 今のとこ、「残響」と「光芒」だと思ってるんだがな」
「それでいいと思いますよー。【賢者】みたいですし、こっちをこだわらなくても強くなりますから」
付加ダメージは、ある程度それを活かす前提で動かさないと、あんまり意味がない。HPが増減しないから「波濤」を活かせなくても、木を植えるとほかにいろいろできる。けれど、ほかの植物は「あれば役立つ」みたいな副次効果がほとんどない。「砕焔」を起こせる低木は、ほぼほぼ植えるだけ無駄だ。
「じゃあどうだ、お前の庭を見せてくれねーか? ちょっと興味あんだよなあ」
「いったんパーティー組んで、入ってみましょうか」
パーティーに誘うと、すぐに加入アナウンスが流れる。
「の、前に。ちょっと買い足すものがあるので、お会計済ませますね」
「ああ、いいぜ」
あいさつは敬語だったけど、こういう荒々しいキャラでやっているようだ。環境を変えるアイテムといくつかの種を買って、レイヴンさんの元に戻った。
「行きましょう。外に出てから」
「おう!」
お店の外に出てから、自分の玉華苑にワープする。いちおう体内にある扱いのようで、視界がきゅるるっと回った。一瞬の浮遊感のあと、ガラスのような結界で覆われた、小さな浮島のような場所に降り立つ。
「へえ、これがね……。えらくきれいなところなんだな」
「地面は少ないですけど、泳ぐのも楽しいですよ?」
柳がさらりと垂れ下がり、蓮の葉がいくつも浮かぶ池。流れ込む川には花の咲いた水草がゆらゆらと揺れていて、水中には魚やカニやいろいろな生き物が遊んでいた。
「ガーデニングだと思ってたんだが、池も作れるんだなあ」
「湿度を変えると、砂漠にも水中にもなりますよー。池だとHP型とMP型のハイブリッドになります」
蓮の花は〈夢酔蓮〉、「火花」と「波濤」を両方引き起こせるという、〈ワタリバス〉の上位互換だ。そして、水草のほとんどは「火花」か「光芒」を励起できる植物のどちらかで、いくつかは何もしなくても生えてくる。ただし――
「あの魚、なんで蓮を突っついてるんだ? 虫でも付いてるのか?」
「あれも害虫です。草食の魚がいるらしくて……水中だと来るんですよ」
キャンディーを出して呪符をくっつけ、〈夢現・将刃矛式〉を作る。そして飛ばすと、蓮を突っついていた銀ギラの魚はぷかーっと浮いてきて、そのまま消滅した。
「お、おぉ……? 確か、プロミナの方だとつまんねえ戦いしかできない、って言ってた気がするが。こういうことなのか?」
「そうなんですよー。これ飛ばして終わりで、私はほぼ何もしないので。これで勝ちって言われても、試合を見た気がしないでしょうから」
「確かにな……」
「というわけで。〈ピュリファイア〉……とかも使って、魔法を鍛えてます」
すさまじい効果のある劇毒を水中で使ってしまったので、毒が拡散したのが見て分かる範囲を浄化した。しなくてもいいかもしれないけど、水中に毒を撒いて放置できるほど、肝は太くない。
「風も静かだし、せせらぎもいい音してるな。風景目当てに造るのもありかもしれねえ」
「ふふふ、ご参考までに、ですよー。泳ぎますか?」
冗談のつもりだったけど、レイヴンさんの表情はすごく楽しそうなものに変わった。
「おっ、いいな! だが、これだけ澄んだ水なのに、いいのか?」
「たぶんだいじょうぶです」
もとから浮いているから、空中だろうが水中だろうが変わらない。
「おっしゃ、覚悟はできたぜ。とりゃあ!」
「ぬひゃい!?」
ざぶんと飛び込んで、盛大に水しぶきが飛び散った。私も続いて飛び込み、見た目よりずっと深い池をゆっくり沈んでみる。浮島は完全にファンタジーな浮島だけ、水中はちょっとだけの浅瀬とかなりの急坂になっていて、川の流れ込んでいる岸辺は結界の範囲ギリッギリにある。
『深いな?』
『そりゃー、高さを深さに回してますから。面積はちょっと大きい教室くらいですけど』
五×五マスでひとマスだいたい一メートル、地上六で地下四が平均だけど、かなり上げ底をして地上三・地下七の高さ比率に変えた。最大水深七メートルは、ダイビングでも一気に上がったらかなり危険になってくるらしい、けっこうな深さだ。
『くくっ、ヌシでもいりゃあ面白いかもな』
『害虫の中でも最強のが「魔王虫」っていうんですけど。ほんとに強いから、出会わない方がいいと思いますよ』
『あんたが言うとはね。分かりやすく教えてくれよ』
『私たち「水銀同盟」総出で、ちょっと危なかったです』
水中にも魔王虫みたいな魚の王様はいるんだろうけど、正直あんまり出会いたくない。水中で戦える人はけっこう少ないから、下手をしたら敗走してリセットされてしまう。
『人によって、いろいろやるんだな……。あんがとな、オレもこれで枠作って遊んでみるぜ。そこまで意味ねぇなら、お客を呼ぶ目的でもいいだろ?』
『おー……! その発想はなかったです!』
『先にやってくれてありがとな! 先人に続くぜ!』
『いつか見せてくださいね。では、出ちゃいましょうか』
底について、ふわりと泥が浮き上がったタイミングで、おそらく害虫扱いではない魚がいるのが見えた――けど、あえて無視して玉華苑を出る。
「ふう。さすがゲームだぜ、水圧の問題もねーとはな!」
「あはは……気圧とか水圧とか再現されてたら、うかつに潜れませんよー」
すごい水圧がかかっていただろう水深から、いっきに地上に出てきたけど、耳鳴りも何もない。と思っていたら。
[玉華苑に指定破壊種が出現しました。危機が訪れています!]
「それじゃ、私はここで。またいつかです、レイヴンさん!」
「ああ、またな!」
テンション高めに話しつつ街の外に歩いて行くレイヴンさんを見送って、私はすぐ玉華苑に戻った。
「指定破壊種」
玉華苑に出てくる害虫の中でも、ひときわ巨大ですさまじい破壊をもたらす生物のこと。植物たちに対する食害や枯死などで済む規模ではなく、かれらが暴れ狂ったのちには地面がめくれ上がり川の源泉が枯れ、風さえ止まる地獄を目にすることになる。……という記載は少々大げさだが、現在の安定した環境が大きく変わってしまうため、大きく影響することには変わりない。
魔王虫のたぐいもこれに該当するのだが、討伐に失敗すると現実世界に出現する点、外なるものに属する点など細部に違いがあるため、魔王虫が指定破壊種と呼ばれることはない。逆に言えば、魔王虫と名のついていない生物はSIsの世界「ハーダルヴィード」に存在することになる。




