154 気付かないことは人と話すとすぐわかる
どうぞ。
アイテムは作ったけど、と考え込む――
「レベル上がったのに、魔法使ってないなー……」
マーメイドもネレイデスも、HPは多めに成長するけど、それよりも魔法寄りで成長するジョブだ。〈水魔法〉とか〈魔なる泉のもの〉とか、最初から覚えているスキルの数はけっこう多い。けれど、私は〈遊泳態〉くらいしか伸ばしていなかった。
「んむぬぬぬ……」
武器適性は人間のジョブを習得しないと付かないけど、〈薬師〉も〈呪術師〉もクラフト系なので、自分で戦う手段はあんまりない。だからなのか、〈薬師〉は〈指揮棒〉適性Cで、〈呪術師〉はロッドや短剣や刀なんかの適性C、つまり最低限の担保しかない。楽器や道具、おもちゃっぽい特殊系もほぼ使えないから、サモナーとデバッファーを兼ね備えたような使い方を予想されているみたいだ。
どんどんとMPが増えているけど、ほとんど使わないまま放置している。そう思って覚えた特技の一覧を見てみると、水魔術の中に〈タイダル・ヒール〉というものがあった。
「継続回復かー。えっ」
どのくらい技が増えたか見ていなかったから、うっかり見逃していた。けっこう初級の技らしく、リストの中でも〈ウォータースフィア〉やら〈リトルストリーム〉の次くらいにある。こんな技があるなら、とさっそく使って、ゆっくり回復するぶんとすぐに回復するぶんをゴリゴリ使っていった。
たくさんストックしたキャンディーを見て、ひとつ思い出す。
「玉華苑も、「残響」と「火花」と「飴玉」しか使えてないんだよね……」
連続攻撃すると発生するダメージに、アイテムを消費すると起こるダメージ、玉華苑に何か生き物がいれば発生するダメージ。もとのダメージをまともに出せるほど、付加ダメージになんて頼らなくてよくなるけど……固定ダメージアイテムに頼る戦法だと、最終的には、いちおう攻撃力があるカードよりも弱くなってしまう。
そういえば、とこれまでちっとも使えていなかった「凝結」ダメージの条件を見た。同一の状態異常がスタック上限まで重なると起きて、スタック一回分と同じダメージを与える、と書かれている。そこで、そういえばと思い出したことがあった。
「レシピ……自動で増えるやつもあるんだよね。消費で起こるってことは」
たぶん〈薬師〉は、相手に向かって投げる系のアイテムも作れる。そう考えてレシピリストを見てみると、急激に上がりすぎたレベルに比例してか、やっぱりすごく増えていた。レベルひとつ上がるごとに確かめていたらキリがないけど、毎日見るくらいはした方がいいかもしれない。
「あった、〈かける毒薬〉……名前すっごいけど」
まるで「焼き肉のたれ(乗せるタイプ)」みたいなノリだけど、もしかして昔の薬師の人たちも、倫理観がぶっ壊れていたのだろうか。なんだかソースみたいな名前通り、武器やアイテムに付与するときにも使える、と書いてある。
似たような、かけるタイプやつけるタイプの麻痺・入眠・震盪とか幻惑、弱体化のおくすりもいろいろと揃っていた。ギルドや商人系プレイヤーの倉庫で余りすぎた「もってけ箱」には、たしか毒薬の材料が死ぬほどたくさんあったはずだ。思い立ったが吉日とばかりに、私はギルドホームを飛び出した。
露店街のもってけ箱の前は、ちっともにぎわっていなかった。元から要らないもの、というか「余りすぎてどう処理したらいいか分からないもの」ばっかり集まっているから、本当にだれも必要としていないのかもしれない。
毒薬の材料になる「アコン」は、薬草とセットで薬膳の材料として欲しい、というクエストのハズレとして集まるのだそうだ。持って行って減点こそされないものの、「いらない」ときっぱり言われて買い取り先もほぼない、しかもそれなりに美味しいクエストだから請ける人も多くて、市場に死ぬほどだぶついている。実体化してどさーっと落とせば、ボスモンスターの一体くらい倒せるんじゃないかと言われているくらいだった。
そういう与太話をしてくれるシェリーは、やっぱり「水銀同盟」の癒やし枠だなぁと思っていたら、後ろから言葉をかけられる。
「おや。……正直、同情はしますが、無茶をしすぎでしたね」
「ん、えっと。どなたでしたっけ」
「お初にお目にかかります、私は「アルトマン」。情報系ギルド「ミルコメレオ」のギルドマスターを勤めています」
「あ、ミルの! いろいろお世話になってます」
白衣とメガネ、長身で細身の死んだ目の男性。教授よりも博士といった印象で、あぶない研究をやっていそう感がすごい。
「参考までに、何が欲しいのかを教えていただいてもよろしいでしょうか。こちらでも余っているアイテムであれば、持ってきますよ」
「えっとですね。「凝結」ダメージを出したくて、呪符に薬品を付与しちゃおうと思ってるんです。だから、いちばん余ってるらしいアコンなら、もってけ箱にあるかなって」
「ああ、なるほど。アコンならまだあったはずですから、より濃縮するレシピも併せてお渡ししましょう。こちらでも消費が追い付かないんです」
「やった! ありがとうございます!」
テイムモンスターらしい鳥がぴゅーっと飛んできて、伝書鳩みたいに、足に巻き付けたアイテムを落とした。
「そういえば、あなたに憧れた職人が、面白い方法を考案していましたよ。えー確か、空中にアイテムを投げ上げてから意志アビリティを発動すると、それら任意のアイテムをすべて変換できるそうです。どうでしょう」
「おぉー……!」
「この情報は無料で構いません。それほど金銭には頓着していませんので」
「あ、えっと。また何か訊きに行きますね」
みな話し好きですから、とアルトマンさんは笑った。
「また知りたいことがあれば、いつでも」
「アコン」
不思議な形の花が咲く、繊細で儚げな姿をした野草。葉や根の形が薬膳に使われる「ネブトリ」によく似ているが、おそらく収斂進化の結果で、花を見ると色しか似ていない。混じって群生しているものの、こちらは全草猛毒のとんでもない草で、ネブトリと同じタケノコのような美味しい根っこは特にたくさんの毒を蓄え、炊き出しで街が半壊した記録もあるほど。耐性を持つプレイヤーによると「食感もいいしめっちゃ美味い!!」とのこと。記録者の味覚は普通なので、この感想はそれなりの信頼度を以て受け止められている。
各種毒薬の材料に使われるため、〈薬師〉や〈錬金術師〉〈呪術師〉が使うものと見込んで、ネブトリとアコンをわざと見分けずに集め、リザルトで突き返されるという方法ですさまじい量が収集された……ものの、同じことを考えたプレイヤーが集まりすぎて数十万単位で市場にあふれかえった。消費ペースにまったく釣り合わないため、使うなら勝手に持って行ってくれて構わない、というコンセプトの「もってけ箱」が設立される一因になったとされている。根≫花>茎=葉の順に毒が多いため、根っこがいちばん人気。
命名は「ウコン+トリカブト(”Acon”ite)」、根っこの話はドクゼリに由来する。野草には気を付けよう!(真剣)




