152 白じゃないなら旗さきざきフラグ!
どうぞ。
いつも二人でお風呂に入っていると、お互いの変化がすごく分かりやすい。それに、洗いっこするとなんだか落ち着く。アンナには「距離感がバグってる」なんて言われたけど、なんだかんだ、きょうだいがいるから自分も甘やかしたいのかもしれない。
「あ。私ちょっと太ったかも」
「イヤミかぁー? どのへんがなの」
背中を洗ってもらっているとき、皮膚のたるっと具合がいつもよりもう少し柔らかかった。こういうふにっとした感触は、競技だとまずアウトなBMIになっている証拠だ。最近はご飯も美味しくて、けっこういっぱい食べて自制していなかったから、結果がそのまんま出てしまっている。
「どうしよ。柔軟はちょっとやってるけど、走り込みもした方がいいかなー」
「今でも選手やれるの?」
「むりむり絶対、半年以上やってないから。動きがイメージできるとか視野外でキャッチできるとか、いちおう成長したとこはあるんだけど……」
小学生どころか、下手をしたら四、五歳から始めている人にとっては、そんなものは習得していて当たり前のテクニックだ。小学生の高学年になってから始めたけど、正直遅さを実感することはあった。体が育っていた分の安定感はあったと思うけど、いつだったか聞いた「鍛錬」という言葉の意味……数え切れないほどの反復練習の回数は、当然足りていなかった。
悪くはないし、下手でもない。けれど足りないから、ステージに上がることはできない。その程度の実力で、「頑張っている子」くらいの評価だったと思う。同期で同じスポーツクラブの烏野選手がいなかったとしても、結局ステージに上がる機会はなかったのだろう。
――いつでも戻ってきて。私たちは待ってる。
――子供連れてきても、シニアでやるのも。大歓迎だよ。
塩山コーチは、いつになく辛そうな顔でそう言っていた。あのまま、一度も会いに行っていない。
「んぇーっと、うーんと。どうしよ」
「どうしたの」
「夏のリアイベ、呼ばれるかもしれないんだよぅ」
「えっ、えー……え!? 私たちが?」
思考をペンキをぶちまけて上書きするように、爆弾発言が飛び込んできた。
「七月頭の「にごフェス」、知ってるでしょ? 大昔からあるやつ」
「うん、NOVAのアバターコスしたりとか、二次元の作品売ったりとかだよね」
たしか「ユニディメンショナル・フェスティバル」だったか、昔のまた別の祭典がめちゃくちゃ進化した、何でもありのお祭り騒ぎだ。話題のゲームもブースを出すし、開発者やバーチャルタレントが出演することも多い。ニュースで毎年やっているから、事情を知らない人も名前くらいは知っている。
「ほら、NameLLLとかO-Levelの人もけっこう出てて……こっちに白羽の矢が立つかもしれないんだよねぇ」
「あ、そっちかー。じゃあNOVAのオーグメントスペースに行くだけだよね」
「どっちなんだろ」
「いや、リアルの私たちが出るのは無理じゃないかなー……元からプロってわけじゃないし」
現実でもきちんと活躍できるバーチャルタレントさんは、けっこういる――というところに思考が及んだところで、アンナに視線を送る。
「……えっと、あれだっけ? 私、リアルでもバニースーツ着られるよって配信で言っちゃったんだっけ?」
「そこは配信じゃなくてリアルで言ってた気がするけど。AS作ってるとき、「白バニーさんってリアルでもあれやれるんでしたっけ?」って聞かれちゃって」
「どう答えたの?」
「半分くらいはいけると思います、って……」
「こっ、こいつぅ! このばかぁ!」
「ごめん! ちょっとアカネのこと自慢したくなっちゃって!」
こういう大手の仕事も引き受けているから、ものすごい収入があるわけだけど……こういうやらかしをされてしまうと、ちょっと怒る。
「まったくもー……もー。お手玉はできるし、もうちょっと先のこともできるけど。ボールでトランポリンとか無理だよ?」
「れ、練習したら……?」
「危なすぎるの! ゲームは落下リスクとかないし、首折れても死なないからいいけどさー。リアルは打ち所が悪いだけで一生寝たきりなんだから」
「う、そうだよねぇ……」
トランポリン自体はできる方だし、ボールの扱いがぜんぜんダメというわけではないけど、両方を合わせてできる人は、地上でも歴史上でもわずかじゃないかというほど減る。練習からして危険だし、一度のミスで一生寝たきりになるリスクを、スターとして推す若い女性にやらせる一座もないだろう。
「うーん……。攻略終わったら、ちょっとスポーツクラブに連絡してみよっかな」
「や、やる、の?」
「即興パフォーマンスなら今でもできるけど、一瞬でバテてたらダサいし。もっとちゃんと魅せようと思ったら、練習あるのみでしょー」
「いいんだ……」
だってほら、と――裸ではぜんぜん締まらないけど、唇に指先を当てて、微笑む。
「ステージに立ちたかったのはほんとだし。チャンスあるなら、やるよ?」
申し訳なさそうにしているアンナの髪をできるだけ乾かして、いっしょにリビングのソファーに座る。季節も変わりかけているから、服の生地もけっこう薄くなっている。言葉にすると変だけど、ストーブみたいに輻射熱がふんわり伝わってきた。
「さ、お夕飯にしましょう」
「ひゃっふい! アカネ、行こ!」
ちょっとごまかし気味のテンションに付き合って、私も「いぇっへい!」と続いた。
ネームドキャラってほとんどアカネと絡みあるよね……と思ったらアルトマン(ミルコメレオのギルマスさん)だけ面識ありませんでした。出さなければ……
本作に配信要素を盛り込むと決めた時点から、リアイベ編はやりたいと思っていました。たぶん六章あたりになる、はず。きょうだいたちがゲーム友達に会いに行って一泊したりとか、けっこう「ネットで知り合った人のところに行くなんて!」という常識が崩れつつあるからです。それはそれとして色々あるとは思うけど。……友達んとこにお泊まりしてないの、私だけかー……




