151 ソロウPART/S
どうぞ。
ってことがあってね、とアンナに話すと、笑いをこらえていた。座っているベッドが、揺れた体に続いて少しへこむ。トイレに行った後だったのか、私が帰ってくるのを待っていたのか、今日は珍しくVRチェアで寝ずに起きていた。
「そっかぁ……見てる人、けっこう多いんだねぇ。切り抜きがミリオン達成しちゃうと、そういうふうになるんだね」
「教授が真面目に考察してるなんてさー……ひやひやだよ」
たしかに、と思うところもあったし、弱点も分かった。逆に強くなれる可能性がある気もするし、もっともっと楽しいことも思いついた。
「巻き込んじゃって、大丈夫だった? みんな来てくれるかな」
「ホウイとあのメイドさん、それにディリードも呼ぼうかなって思ってるよぉ。人数で起こるギミックなら、五人じゃ足りなさそうだから」
「ありがと。あの人、ダンジョンのことほとんど教えてくれなくて……」
「何度か挑んでるって言ってたっけ? どんなのか教えてくれてもいいのにねぇ」
人形の始祖だから人形ばっかりなのか、迷い込んだものも多いのか、「パーク」という名前だからぜんぶ被造物なのか。
「アカネがフィエルだって知ってる人って、いるの?」
「んー……あの教授は知ってるかなー。他の人は知らないと思う」
「あのって言われても、私知らないよぅ」
「ごめんごめん、えっと。基礎教養の、日本語基礎論教えてくれてる人」
端末で検索して画像を見せると、「フルートの人かぁ」とほんのり笑った。
「この顔の人、ベルターで見たよぉ。時間があるときはバフかけて、復興をちゃんと早めてるみたい」
「よかった。ちゃんとやり直せたんだねー」
エーベルを襲った犯人のひとりで、「人生の答えはなんだ」と聞き回っていた、迷惑なプレイヤーのひとりだった。キャラ削除をしてやり直してほしい、と……賠償から逃げてもいいようなことを言ってしまったけど、自分なりの貢献で責任を負ったようだ。
「人生の答え、ねぇ」
「なんか、……なんだろうなー。よく分かんないけど、見つけたみたい」
今日のあの教授が言っていた「発火型とパズル型の両方」で考える私は、たぶんヒントが揃わないと答えが出ない。他人が何を考えているのかは、きちんとヒントが揃うことなんてほとんどないから、いつもは分からない。
たとえばつらそうな顔で、歩き方も関節から変わっていて、最初の講義が終わってから一週間近く経ってから話しかけてきた人が……今になってまた友達に話しかけるように言葉をかけてきたら、依存先を変えようとしている、なんて考えもよぎってしまう。間違っていればよかったのにそうではなかったから、余計にむごい。
「それで。あの借金はどうなるの?」
「自分で返すよ。さすがに頼れないし」
ちょっと怖い声だったけど、すっと不穏な気配が消える。ゲームの中でも、お金でトラブルを起こすのはイヤだったし、何より四億ディールなんて大金を借りられるあてもない。リアルでも、どうやったらそんなに借金が膨らむのか分からないし、何をしたら返せるかも見当がつかない。
「もともと、【愚者】ってお金儲けには向いてるし。今でも百万以上持ってるからね!」
「これでも資産家のはずだけど、ケタふたつ足りないんだよねぇ」
不動産はいちばん高いし、正教会といういちばん強い権力を持った組織から請求されたお金もある……もとから逃げようなんて思っていないけど、踏み倒そうとしたらあの教会騎士の人に永遠に追い回されそうだ。
「あのゲームってさ、なんか。人としての立場、大事だよね……」
「アカネはあんまりMMOやらなかったからかぁ……だいたいあんな感じだよ」
外見はともかく、NPCの中身になるAIは、昔に比べてものすごく発展している。彼ら自身の時間や歴史もあるから、そこに入り込むプレイヤーは、どうしても彼らとの関係を重視せざるを得なくなる。
「あっちに住めるくらいの世界を、っていうのが基本コンセプトだからねぇ。完全にあっち側に馴染んで、現実を捨てちゃう人もいるくらいだし?」
「廃人っていうんだっけ」
「ボケ防止とか治療目標じゃなかったら、そうなのかなぁ。別にいいと思うけど」
「アンナは人間でいてもらうからねー。くさい女の子になんてさせないぞー」
座っていたベッドから立って横に座り、ちょっとびくっとしたアンナの首すじと手の甲の匂いを嗅ぐ。ちょっと匂いが濃くなっているから、汗を多めにかいたのが分かった。
「初夏だもんねー。枕元にドリンク用意しとかないとだ」
「うん。ありがとね、アカネ」
「いいよー、妹なんだし。私もちょっと、お世話されるのいいなって思うけど」
「頑張ってみちゃおっかな……?」
もうお菓子とか作れるじゃん、というと、アンナは微笑んでくれた。
「じゃー、お風呂入ろ。今日は髪も洗おうね」




