149 ハローハロー砂礫、波に臨むグッドバイ
現実パート&ざまぁパート。これ需要あるんか……? 現実は需要なくてもやるけど。
どうぞ。
――そして、ものすごい速度で終わった。
「すっご……」
「ほんとにすごいね……」
もともと、ヤドカリはいかにもな弱点がある生き物だけど……速攻で殻を叩き割って弱点に集中攻撃、という方法で瞬殺されてしまった。ちゃんと強い人が集まっていると、敵はすごい速度で倒れていくのは知っていたけど、ちょっと予想外なくらいだ。
「あ、そろそろ落ちないと。大学あるし」
「へっ、年下だったんだ……」
「え、あっ……すみません、ため口で」
「いいのいいの、友達だし」
いってらっしゃい、と快く送り出してくれたメリルさんは、いい笑顔だった。
いつもの、というほどは袖を通していないけど、白すぎるくらい真っ白なシャツを着た。高校のときのものにそっくりで、買うときは少しだけ笑ってしまったのを覚えている。黒いプリーツスカートを合わせると、一瞬スケバン風に見えてしまう。薄めのセーターを羽織って、なんか公務員さんみたいな服装になった。
「まあ、いっか……」
コーディネートがあんまり狙い通りに決まらないこともあるけど、それもそれで面白い。逆に、ゲーム内でもっと頑張ってみようかな、という気分にもなる。リビングに降りると、母はソファーでくつろいでいた。よく見ると、ちょっと傾いて寝ている。
「いってきまーす……」
いつものように家を出て、駅から電車に乗って乗り換えて、最寄り駅で降りて歩く。いつもよりは少しだけ時間があるから、歩幅もゆったりで建物をちゃんと見ながら進んでみた。花屋さんもスーパーもあるし、道は違うんだろうけど専門学校の人が歩いて行くのを見ることもある。
けっこう年齢層高めな服飾店に時計屋さん、焼き鳥屋さんに居酒屋がいくつか。大学の近くにあるとやっぱり大学生が入るのかな、なんて思いながら、短い行程はさっさと角に差し掛かった。ここまで来ると、大学はもう近い。
「あ、こないだの。よっすー」
「えっと、ひな先輩。おはようございます」
後ろから現れたのは、このあいだの講義でグループディスカッションをした、二回生の先輩だった。ジグソーパズルみたいなシャツと赤いホットパンツ、赤いカラコンに歯車のヘアピンと、ゲーム内でもなかなか見ないような……アーティストらしい、すさまじい服装をしていた。リュミと同じサークルの先輩だから、けっこう会う機会は多いけど……リュミと同じく、バンドの方に夢中になりすぎていて、単位をいくつか落としているようだ。
「アカネはほんと、真面目に講義入れてるねぇ。基礎教養と、あとはなに?」
「スポーツ科学とか心理学とか、興味あるのをちょこちょこです」
「へー。インストラクターさんとか志望?」
「んー……勉強しといて損はしないかなー、くらいでやってます」
いーじゃん、と先輩は微笑む。カラコンのせいでちょっと怖いけど、すごく優しい顔だった。
「あーあ、こういう真面目なやつがサークルに一人はいたらなー。補習とかないからいいけど、留年が二人いるのはマッズいのよ」
「あ、あはは……リュミにもよく言っときますね」
「頼むよー。あの子も危なそうだけど、ノートとか貸してくれる人がいる! ってなったら甘え倒すだろうから。締め付けたげて」
「同じ轍は踏ませない、ってことですね」
言うなあこいつぅ、と先輩は笑った。
「アカネも、ウチらと同じくらいアウトローの気配がするんだけどなぁ。音楽方面に来てみる気ない?」
「私は、義妹の配信に付き合ったりで忙しいので!」
「ほっほぉ、そっちだったか。それはそれでいいよね、応援してる」
「いつか、先輩にも知られるくらいになってみせますね」
先輩は、「じゃあ企業コラボなんかはまだ夢だね」とほんのり微笑んだ。
「有名人もたくさんいるし、事務所もいっぱいあるからなぁ……。ま、でも。アカネが出てたらすぐに分かりそうだね、背筋も足運びもきれいだし」
「ふっふっふ、そうでしょー。鍛えられてますから!」
話しているあいだに、大学に着いた。建物ごとにレンガっぽい壁と白っぽい壁が分かれているのは、大昔にいろいろあって、いくつかの棟の老朽化がより早く進んでいたかららしい。立て直された棟の外壁は、一部はガラスっぽい装飾をしてあったり、壁一面に絵画が描かれていたりして、かなり自由だった。
「これ、昔はどうだったとか曰くあるんですか?」
「あー、あれあれ。学生運動とかそういうやつ、この学校でもすごかったみたいよ。絵が書いてあるところとか部活棟で、教授は今でも入りたがらないとか聞いた」
「昔すぎません……?」
「まーまー、いわくつきはいつまでも怖いもんだよ」
じゃーウチはあっちだから、と先輩は去っていった。入れ替わるように、以前に見たことのある顔が現れた。
「――」
何も言わずに通り過ぎようとすると、後ろから「ねえ」と声をかけられた。
「なんで無視するの? 私たち、同じクラスだったよね」
「あれ忘れて仲良くしろって言ってるんだよね。無理なんだけど」
見ぬふりをしていたなら、知らないふりを貫いてくれればいい。あなたの人生に私はいなかったから、どちらも同じ路傍の石だと……そう言い切ってくれれば、小石同士がぶつかることなんてない。
「当てよっか。カレシいるから友達作らなくていいとかイキってたんでしょ。で、それ」
脚が命の新体操という競技で、まさにその脚にけがを負う選手は多い。アスリートなんてそんなものだ。むしろ、一度もそういったことがないまま引退できた私の方がおかしいくらいだ。
ゆったりしたスラックスの中にある脚は、微妙に動きがおかしい。手術はしなくて済んだけど、選手生命は断たれたのだろう。そこで関係が終わるなんて、いったい何があったのか。言葉にするのは嫌だった。
「 “がんばれ”。リハビリとか、恋とか」
友達になってあげて、リハビリに付き合って、カレシにフラれたことを慰めてあげて。そんな天使みたいな私がいないのは、自分がいちばんよく分かっていた。
(……そんな仮面、ないし)
ぐちゃぐちゃの顔のまま走り出した同級生は、どうにか一度もこけなかった。
つらいときに何を言われるとつらいかっていうと、やはり「がんばれ!」なんですよね。それというのはつまり「お前が今やっとることも過去やってきたことも全ッ部何の意味もないんじゃア! さっさとオレに分かる成果出せやオルァ、早よせんかい!」って意味でして、人生の全否定なんだよね。じゃあどうしてそれを言ったのかっていうと、まあ……人の夢を断って半年間地獄を見せた仕返しとしちゃ、まだヌルいんじゃないかなーと思ったので。生きろ、それがいちばんつらいから。




