148 目を逸らせばいつだってなんでも平和!
どうぞ。
大きな石の中に入っていた、フィーネほどのモンスターでも一瞬で動けなくなるほどの呪物……原初の剣(仮)は、とても大きい。近寄りもせずに〈アクアクラフト〉……最大MPを消費して素材を研磨する水球に入れたので、私と同じくらいの岩ということしか分からなかった。ジェロゥ曰く「見るだけでも危ない」そうなので、加工が終わって取り出せるようになったら、すぐにジェロゥに渡す約束になっていた。
「ふう……。まったく、これも因果か」
「あの、この人って……?」
「ジェロゥさん。人形とかゴーレム使う、超すごい人」
「あ、あれかぁ。マスタークラスの人ですね?」
マスターとは面白い、とジェロゥは少しだけ笑った。
「ああ、キミは何か勘違いしているようだから先に言っておくが。ボクは「その場で終わること」なら終わらせるが、そうでないならそうしない」
「どういうことでしょう」
「むやみに旅人を殺したりはしない。死んでもまた来るからね」
「あ、そういう……」
すべては利益のためだよ、とジェロゥは吐き捨てる。
「宝石ひとつを手に入れるために街を滅ぼしたとして。因縁をすべて断ち切れば、あとに残るには手に入れたものだけだ。だが、キミたちは生き残って復讐しに来る。そんな不利益を背負うほど愚かじゃない」
「うわお過激ぃ……」
プレイヤーには伝わってほしくなかったなー、といろいろ失敗したのを自覚した。
「キミは【常人】だな。ボクら【愚者】は、欲しいもののために何でもなげうつ愚か者なのさ」
「なっるほどぉ。じゃあじゃあ、私たちのことはどう見えてるんですか?」
「偶像に媚びるだけの家畜、一行の文字列ごときに生涯をかける希求、生きるためだけの命、贖い続けるために足掻き殺される化け物……どれも等しく愚物にすぎない。けれどボクは、その愚かさを愛そう」
なぜなら、と男装の少女はステッキをとんと叩く。
「命には意義などないのだからね。どう生きようが、歴史にとっては波紋にすぎない。いずれ消え、流れに乗って見えないものもある」
「達観してるなぁー。この人なら、あの答えも分かったのかも」
ああ、と私は応えた。
「あの人なら、もう大丈夫だよ。なんか悟ったみたい」
「知り合い? 連絡取り合ってたんですか?」
「あー、まあ……いちおう?」
うちの大学の教授は、以前はちょっと悩んでいたみたいだったけど、「人と話してみれば分かることもある」と晴れやかな顔をしていた。なんとなく察した表情からか、ちょっとだけ視線を彷徨わせたからか、教授はこっちに向かって少しだけ微笑んでくれた。
「今日はどうするんですか、これから? MPやば、とかつぶやいてましたけど」
「ちょっと戦えないかも。いつものあれ、MP四割くらい初期投資してやってるんだけど……最大MP七割失くしちゃったし」
いつも見せている「ボールでトランポリンする九分身の白バニーさん」は、じつはけっこう消費MPが多い。ぐいっとMPを減らしてから、攻撃を当てて減らさないか回復していく方針で戦っている――んだけど、そもそも使えるものがないと、いくつか削ることになる。
なんて考えていたのが伝わったのか、ざあっと波が激しくなった。
『ヘルプくださーい! 大型ですーっ!』
メガホンを通したような声が聞こえて振り向くと、今までどこにいたのかと思うほど巨大な何かがいた。
「フネカリか。……用事は済んだ、あれごときボクが出るまでもない。また用事ができたらアドレスにつないでくれ」
「え、あえっと、はい……」
真ん中から折れて轟沈する前の帆船が、ゆらゆらと動いている。そして、その前から甲殻類らしき脚やハサミが出てきていた。「フネカリ」という名前からして、たぶんヤドカリの大きい版だろう。
「あっ、白バニーさん! よかったー、勝った……」
「や、ちょっとフルパワーじゃないので! 頑張りますけど!」
「私も頑張ります!」
「えっと、ライブの人? よろしくお願いします!」
どうやら二人とも知名度はあるのか、すんなり参加できた。十人くらいいるけど、テイムモンスターや召喚物でもうちょっと増えている。
「じゃあ、フィーネと……フルル、人には優しくねー?」
「きゃあっは!」
ものすごい多人数と、帆船と同じくらいのヤドカリの戦いが始まった――
寒すぎて頭も手も動かない……




