146 メインタスクはメインだからやっぱり重い
どうぞ。
都合よくというべきかどうなのか、一夜明けたその日は一限が休講だった。二限はもともと予定を入れていないから開いていて、三限から五限までを埋めているから、今日はお昼から大学に行けばいいことになる。
「ちょっと配信の準備とかあるから、朝からゲームやる!」
「あら、珍しいわね。憧れてた二度寝するー! とか言い出すかと思ったのに」
「それもいいけど、今日は準備」
「うふふ。また面白い配信が見られるかしら、期待してるわよ?」
昨日はいろいろとありすぎたから、今日は平穏に終わるといいな、と思った。昔はご飯が炊いてあってもシリアルを食べたりしていたけど、体重にいっそう気を付けるようになってからは、やらなくなった。
「ご飯って、おいしいね……」
「ふふっ。そうよね、別にすごい料理とかじゃないときに実感するのよね」
麦ごはんに夕食の残りの焼き魚、それにお味噌汁。めちゃくちゃすごい料理でもないし、私やアンナでも同じような味が作れる、分かりやすいレシピもある。凝った技術も使われていないし、できる人が少ないなんてこともない。けれど、それが美味しい。短い時間で食べてしまうのは惜しかったけど、美味しさも相まって、自分で思ったよりもペースが速くなっていた。
「ちゃんと準備の時間も入れてアラームセットするのよ」
「うん。じゃあちょっと、やってくる!」
歯磨きなどなど身支度も済ませて、エアコンで気温もいい感じに整えた。そして、いつものように寝転がった。
ログインすると、デュデットワにあるギルドホームの自室だった。部屋にはシシィがいて、渡していた分と使っていい分の素材であれやこれやと作ってくれている。
「えらく大きなことしてたみたいだね。大丈夫だったのかい?」
「おっきい借金背負っちゃったー。四億ディール」
「え? いま四億って言ったかい」
「うん。四億ディール」
荒くれ者の中で船医をやっていたはずのシシィは、絶句していた。
「何やったんだい……? 危ないヤツでも、そんな懸賞金かけられてなかったよ」
「エーベルからデュデットワまで全部の街を深夜に騒がせた! っていうのと、外壁とか建物とかを壊してもらった賠償は私が負いますって言ってたから……」
「いや、そうじゃなくて。何のためにそんなことしたのさ」
「正教会の人が、あっちの私にそっくりな人を探してて」
黒っぽい人魚の姿で、街が滅ぶくらいの大災害を引き起こせる化け物がいた。禁忌に触れたそれを倒すために派遣された騎士がいて、勘違いして私を斬った。
「すぐ倒そう! ってことで、いろんな人呼んだんだー。動かした人数が多すぎたから、そのぶんで正教会が補填してくれる分も減っちゃって」
「おっそろしいことするねえ……。でも、ことは済んだって顔してる」
「済んだよ。神さまの力を一身に浴びすぎて、爆発しちゃった」
「【使徒】も人だからねえ。人を捨てられるのは三司教って偉いやつだけなんだろう?」
やっぱり、現実でいう法王とかそういう立場になれるのは、本当にすごい人だけのようだった。
「ケージの中にも経験値は流れ込んでるから、他の子もそろそろ進化なりするんじゃないかい? 見てごらんよ」
「だね。えっと」
私のテイムモンスターは今のところ、「司編の銀姫フィーネ」に「スケルトン」「フロスト・エレメンタル」「フューチャーシード」、それに「スニークリザード」のちょろ二匹で六体だ。シシィは意識に目覚めて〈医師〉と〈薬師〉のジョブが目覚め、自力でレベルを上げている。
フィーネを呼び出すと、「おや」と首をかしげた。
「ずいぶんと長く出かけていましたね。こちらの時間は経っていないのですが」
「ごめんね、待たせて。何かあったりした?」
「特には何も。ちょろたちは寂しがっていませんか」
「出そう、すぐ」
カードの中は完全に時間が止まっているけど、ケージの中はちょっとだけ違う。キュウキュウと鳴きながらほっぺたにすりすりしてくるトカゲたちは、ものすごくなついてくれている分だけ、すごく寂しかったみたいだ。
「ごめんね……よしよし」
「キューウ!」
好物のお肉を出して、手から食べさせる。この子たちは「ブレイブ・チャレンジャー!」に参加していたから、何百人も倒した分の経験値が直接入っている。もりもり食べる栄養も合わせて、今日すぐにでも進化しそうだった。
「ほかの子は……とくに変化がありませんね。フルルはまだまだ、種の子はもうすぐ芽が出るのではありませんか?」
「そういやあんた、〈調教師〉でもないのにこんなにたくさん捕まえて、何するつもりなんだい」
「言ってなかったっけ? 道化師系統で〈座長〉っていうのがあってね。それになれる条件が「すべてのカテゴリのモンスターをテイムする」なんだ」
「今でも数は多いですが……あとは何が足りないのでしょうか」
えっと、とクエスト欄を確認する。いちばん上にある「人心騒擾の賠償金」をできるだけ見ないようにして、カテゴリを確認した。
「えーっと。あとは虫に魚介に動物、鳥類、ドラゴンに亜人と不詳……? けっこう、多いね」
「なんだい不詳って」
「ミメイやキョウコ、チエのことでしょうか?」
「知ってるんだ……?」
どちらかと言えば「外なるもの」に近い、既存の物理法則に当てはまらない化け物が「不詳」カテゴリに入るらしい。
「私が説明すれば、ヘルプ画面に加わるでしょうか……試してみましょう」
フィーネはさっと簡単に説明してくれた。
不詳カテゴリの三つ、魅明・匡蠱・智穢は、エネルギー体や法則そのもの、意識に寄生する生き物らしい。
「魅明は、ひとことで言うと怪火です。そこにエネルギーがなくても燃えていたり、人が突然火にまかれて死んだりといった現象。これらが魅明と呼ばれています」
「ふむふむ……」
「匡蠱は……“祟り”という言葉で説明できるでしょうか? 土地やモノに根付いた何かにカタチがある場合、それが匡蠱とされることが多いように思います」
「どっかで聞いた話だね。呪物とは違うのかい?」
あれには来歴がありますから、とフィーネは否定した。
「それに、怨念は〈呪術師〉の領分です。思いや心がないはずの何かから出てくる呪いが、そう分類されるのでしょうね」
「こわ……」
よく分からないけど、怖い話サークルとかに聞いたら出てきそうな話だ。
「最後の、智穢。これは心や体を書き換える化け物です。人に宿ろうとする偽神は、この状態になってステータスを変化させるといわれています」
「よく聞く話だねえ。あれだろ、「淫魔との子供は五歳までに消える」ってやつ」
「ええ。分かってもらえたでしょうか」
「うん、めっちゃよくわかった。けど」
どこにいて、どう捕まえたらいいのか。
それだけはさっぱり分からなかった。
魅明=『宇宙からの色彩』がいちばん近い
匡蠱=土地や物体に宿る絶対法則
智穢=ミーム汚染(緋色の鳥とか)
田辺剛先生の『宇宙からの色彩』コミカライズはいいぞぉ、神。「世界一のクトゥルフ書き」って言われるだけあって、最高峰のクオリティーです。ぶっちゃけ、クトゥルフ神話よく知らない人がラヴクラフト味わうならあれがいちばんいいんだよね。あと(略)
テイムモンスターの進化は主や仲間たちの影響を強く受けるので、自然にはない状態がけっこう多くなります。魚介とか鳥類はまだいいとして、亜人と虫かぁ……うーむ。




