145 空腹には肉が降る=備えよ、黎明前夜を拓くため
どうぞ。
そういえば、兄が言っていた「クトゥルフ神話」というものは、このゲームにもネタとしていろいろ取り入れられているらしい。夢の中に旅立てる鍵を探す人や、モンスターになる運命を覆そうと足掻きに足掻いて、けっきょく化け物の群れに合流していく人。そういうクエストの情報は、ちょっとだけ聞いた。
昔からタコ系モンスターの最上位みたいに語られる「クトゥルフ」というのも、名前通りこういう神話で語られる神様らしくて……つまり、何が言いたいかというと。
「あの人、天才っていうか……!」
「最上位は「鬼才」というんですよ、人じゃないくらい才能があるって意味でね」
クリームがにやりと笑った。
タコかイカかは知らないけど、触手は暴れ狂っている。
「あれ、どうやって止めるんですか?」
「原典の……『クトゥルフの呼び声』のあれも、別に本体じゃないし倒してない。そもそも倒せるようなものじゃないんだ」
「じゃあどうするの!?」
「そう慌てるな、こつぶ。あれは霊媒みたいなものだ、つながりを断てばいい」
死者や神霊を呼び寄せて、人に憑りついてもらって会話しようとする試み……「降霊術」というものがある、らしい。現実でいうと、悪魔を呼ぶ儀式もけっこうそれに近いようで、クトゥルフと連絡する方法もわりかし似ているようだった。
「あれは生贄を食い殺すくらいのことしかしない。それに……これが“恵み”の方だとしたら。ひとまず、やってみよう……」
シューク・リイムは、手にあるハットを大げさに示した。そして胸の前に構え、〈大きく開けて?〉を使う。何をするのかと思ったら、真っ黒い肉の塊を帽子に放り込む。
「広く通達できる人に伝えてくれ、この肉を今すぐに消費しろと」
「え? わかった、すぐ言うね」
とっことアンナに連絡して、陣営みんなに伝えてもらう。
「女神よ、私たちはしばらく使いきれないほどの恵みを得た……次の機会まで問題ない。見えるだろうか? これほどに貪っても無くならないのだ……満ち満ちている」
黒い液体の中で、何かが動く――思いっきり浮かび上がって見下ろすと、どうやらそれは数百メートルもある眼球の一部、虹彩の端っこが目の動きに連動して見えたようだった。そして、眼球は閉じられた。黒い液体は蒸発して消えてしまい、戦いが終わったのがわかった。
「あの……何だったんですか、今の」
「優しい神もいるんですよ、たまにはね」
はっきりした答えではなかったけど、安心しているのは分かった。
「壊れた建物が二十八棟、深夜に騒動を引き起こした迷惑料と慰謝料。しめて五億ディールです。不動産への損害はある程度補填すると約束しましたので、そこは割り引きますが」
「ご、ごおく……」
計画に穴がありすぎたからか、思い立ったが吉日という言葉を過信しすぎたからか。ちょっとどころではなくやりすぎて、「サナ=クルスの処刑補佐」というクエストは終わったけど、万事円満とまでは行かなかった。
深夜にゴーレムやプレイヤーたちを使って街を騒がせたり、(ジェロゥはノリノリだったけど)街をぶっ壊したりと、神敵を討つという最上位命令が下っていなければ、とても許されないような罪状だった。きっと、罰金だけで済ませます、と言ってもらえただけありがたいのだろう。
「お前が神敵を討つ手助けとなったことは間違いありません。罰金は、お前のクエストウィンドウに増えたメニューから振り込みなさい。ただし、罪人であるという自覚は持ち、ぜいたくは慎むのです」
ゾミアさんは、「これはお前の魂に課したクエストですので」と続ける。
「当然ではありますが、体を入れ替えたところで罪は雪がれません。ゆめ忘れぬように、人の世にあるものの義務を果たしなさい。
「五億となると……僕らが一年かけて使う額を超えてますねえ」
「ボクの総資産をすべてお金にすれば届くだろうが、世界の方が傾くね。ボクも依頼の料金は出すが、がんばってくれ」
「あっはい、えっと……はい」
大きすぎるやらかしで、私は四億ディールの借金を負うことになった。
「【愚者】は稼ぎやすいからいいじゃない。しばらくケチったら?」
「シェリーはそういえば、めちゃくちゃ真っ当に稼いでるよね」
「やっと五十万貯まったところ。びた一文出さないからね、悪いけど」
「さすがに友達にはたからないよー……」
集まってくれた「水銀同盟」やアマルガム陣営のみんなも、さすがにドン引きしていた。今回は時間が遅すぎて配信も何もできなかったから、やらかしが広まらなくてよかったような気もする。
「じゃあ、えっと……しばらく湿地狩りかなあ。あそこのアイテム、けっこう高く売れるし!」
「湿地もよいですが、岩礁もいいものですぞー。足場もそれなり、ランダムで落ちているアイテムにレアものも混じる、縄張りと見て強者も湧いて出ると……なかなかです」
「おぉー……!」
明日の目標が決まった……と思っていたら、ジェロゥが歩み寄ってきた。
「明日か、明後日。キミが選んだ最高の仲間を連れて、このデュデットワの入り口に集まってくれ。あの男の遺産……「イニーズ・ドリームパーク」に挑む。最低でも四人以上、できればその倍いるとありがたい」
『私でもいいの?』
「構わないよ。最低でもレベル八十、できれば合計レベル三百以上は欲しいけれどね。こう言ってはなんだが……一度は失敗するもの、と考えてもいい」
「そんなに……?」
理不尽系と呼ばれる、ストッパーとして用意されていたり、前提クエストをこなしていないとクリアできなかったりするダンジョンがある。けれど、この言葉はどこか……擦り切れた諦めのようなものが感じ取れた。
「明日に準備を終え、明後日に挑むという形でどうでしょう?」
「悪くないね。キミたち五人か?」
「ご存知かは分かりませんが……旅人でも最高峰の方をお連れしましょう。もう少しだけ増えますぞ」
「楽しみにさせてもらおう。あの中にはセーブポイントもあるから、体を入れ替えることもできるぞ。使ってくれ」
それはどうやら、すさまじく難易度が高いダンジョンだ、という予告のようだった。
楽しいことするときは頭働くのに、殺意を持って動くとすっごい悪因悪果するアカネ。ゲームでよかったね……市長・議員レベルの人を何人も動かして即興で今日お祭り開催! 大破壊!(費用ぜんぶ自分持ち)ってくらいヤバいことしてるので、そりゃまあ巨額の賠償背負うよねっつーハナシで。




