143 恐怖は隔絶から生じる/死より出でて死に還る
どうぞ。
たぶんどこかの街にいるし、夜だから寝ているかもしれない……ということで、まずはジェロゥさんに巨大ゴーレムを派遣してもらった。騒音で起きた人が「正教会がサナ=クルスを探しに来た」という旅人の大騒ぎ(嘘)を聞きつけて、夜に遊び歩いていればすぐ見つかる、寝ていてもたたき起こされる……と、思っていたけど。
本人はというとぐっすり寝ていて、宿屋が破壊されるまで騒ぎに気付きさえしなかった。頭いい人みたいに計画立てられないよね、と思ってはいたけど、穴があるどころではなかったみたいだ。
「どうしたの、急に? わたしとあなたには何の因縁もなかったはずよね?」
「あなたからは、かなー。自分が何したかなんて、やった人は忘れるものだし」
アニメや漫画に出てくる悪役は「お前の親の死にざまはひどいものだった」なんて、怒りを煽る侮辱をするものだけど……現実では、ひどいことをしてもろくに覚えていない人ばかりだ。何だったら、いい顔をして近付いてくることだってある。大学の入学式で「クラスメイトだったよね!」と話しかけてきた女子に「どこ高校の人?」と吐き捨てたのは、あんまり時間が経っていないこともあって、けっこう記憶に残っている。
「ベルターがああなったの、あなたの仕業でしょ。復興、けっこう大変なんだから」
「ああ、あの街ね。要衝でもないし聖遺物もないし、いずれ滅んでたんじゃないの?」
言われてみれば、と思うところはある――プレイヤーの居着くところでもないし、山に囲まれた場所だからモンスターも来る。いつ滅んでもおかしくない、と思わせるだけの説得力は、じっさいあると思う。
「人が決めるなら、やっぱ希望の未来じゃないかなー……」
「【愚者】は真理に飽いたもの、という風説は、どうやら本当のようですね」
ふわり、と銀髪が流れてきた。
「正教会の司祭候補から、お前のような異端を出したことは、拭いがたい恥。【愚者】どもの力を借りねばならぬことも、街ひとつを巻き込まねばならぬことも」
「放っておけばよかったのに、教姉ゾミアったら。あなたが巻き込んだ数だけ、たくさんの人が死ぬことになるわ!」
とても楽しそうに、黒い半裸の人魚は笑った。そして、続けて到着したグレリーさんを一瞥した。
「うふふ、聖杯だなんて。奇跡ひとつを宿して終わりなら、人の可能性の方がマシよ」
手のひらに水をすくうように、サナ=クルスは空中から黒い液体をつかみ取った。
「え? なんですか、あれ!?」
「お前は枷を開くところまで見たのでしょう。あれは偽神と契約したものの力です」
「〈テラー・ウェーブ〉」
「まずいッ……!」
真っ黒い大津波が、ガバッと口を開ける桃色の美酒に呑み込まれ……拮抗して、以前のそれとはまた違う、寒々しい空間を作り出した。
「い、一般人が専用ステージ持ちのボスになんのかよ!」
「口を慎みなさい、下民! 相手は列聖候補です!」
そこは厳しいのか、ゾミアさんは激しい口調で諫めた。
ごぼり、ぼこり、と……黒い大津波は、触手をずるずると無数に伸ばす。そして、触手の一本一本が自立して、クリスマスツリーが怪物になったような何かが歩き出した。
「キミたちはそっちを頼むよ。これはボクらの領分だ」
「は、はい……」
ジェロゥに言われてしまうと、本格的にマズいのが分かる。ズワッとせり上がってきたゴーレムから逃げて、ツリーの化け物をカジキで消し飛ばしながら、後ろを警戒する。一体ずつは大したことがないし、プレイヤー一人ずつで対応できるくらいだけど、数が多すぎる。できるだけ離れながら、敵全体を見て……あれを使うことにした。
「こうなったら、よし! 開け、「穴仔虚壺」っ!」
本体、あるいはその召喚物が失ったHP数値を記録し、同じ数字の固定ダメージを持ったウツボを作り出す。そして、ストックされたダメージがゼロになるまで、敵を食い殺し続ける。大口を開けた、私ひとりが歯の一本くらいの……とんでもなく大きなウツボが、魚籠の中から飛び出した。そして、ツリーの化け物を飲み込んで消滅させていく。
「フ……いつもながら、どんなクリームが入っているのやら」
「あ、クリームさん。みんなも!」
「助けてくださいぃ、私単体ボス特化なんですよぉお!」
「いいよー、頑張るよ!」
いちおうフィエル配下ということになっている「銘菓ラヴィータ」の面々は、数に巻かれているようだった。カジキを飛ばして敵を消し、アイテムをばばっと配って回復する。
「こんなに招集するほどの敵だったかァ? 前のスライムやら、湿地の竜の方がよほどに思えるがね」
「フィールド作れる化け物なんです、それが前提ですよ」
「どうも、あんたといると基準がイカレちまうね」
「某ら皆【愚者】であるがゆえに。もとより均衡の錨など持たぬ」
見上げるほど巨大なゴーレムが、地響きを起こしながら腕足を振り回し、虫でも追い払おうとするかのように人魚を追いかけている。真っ白い斬撃の光が瞬時にいくつも弾け、美酒がざわめいたり液体金属の橋がかかったりと、もはや何が起こっているのか追いきれないくらいの異常現象が起こりまくっている。
「あんたは参加しないのか、あの人外魔境に」
「まだフィエルみたいに強くないからねー。それに、怒らせたら怖い人がいるから」
グレリーさんはそんなに怒らないし、本気の上限はまだあるとは思うけど、さすがにあのくらいの【使徒】とはやり合えないみたいだった。ゾミアさんも、怖いけど怖くはない……あっさり斬られたあとに言うとダサいけど、たぶんクルディオよりは弱い。「水銀同盟」のみんなと一緒に戦えば、たぶん勝てる。
(ジェロゥさん、……ケンカにならなくてよかったなー)
口だけ動かして、音にならない声でつぶやく。
たぶん、〈アクアクラフト〉スキルを持っていなければ、一瞬たりとも興味を向けられることなく終わっていたのだろう。あのゴーレムの拳がこちらに向いて、グレリーさんやルイカさんたちと一緒に、討伐することになっていたのかもしれない。
「何者なんだ、あのゴーレム出したやつは? マスタークラスNPCってやつかい」
「たぶんね。それ以上はわかんない」
「知らぬ方がよいと。そう仰せか」
「……話さない方がいいのは、そうかも」
人の肉体を失うと魂も人でなくなる、と言っていたけど……あの人は生身だ。クローンや魔術ではないみたいだし、周りの反応からすると人間でもない。死んだことがあるという本人の言葉や、巨大ゴーレムを何体も出しても当然のような顔をしているところも……あまりにも謎が深すぎる。
「ウツボも消えちゃったし。そろそろ決めてくれると助かるんだけど……」
『シャドウ・アサシンズ・ワールド』の3巻が、なんと9月末に発売していたようで、めっちゃ遅れて読みました。例の本屋さん、表に置いといてくれてありがとうございます(自意識過剰)。思想とか発想は2点、盛り上がりや構成、絆のシーンは一万点なのでトータルで二万点とします。絵師さんもだいぶ筆が乗ってて、表紙・カラーページ・挿絵すべてがだいぶ打点高かったですね。
いやー、ほんとにウェブ出身とは思えないくらい構成がしっかりしてて、ちゃんと打ち合わせできる人なんだな……という感動。加えて、盛り上がるところに質の良いイラストを添えてくれる「ここを見てくれ!!」というハイライトの提示、これもいいですね。あとイラストでもうひとつ付け加えたいのが、表紙のこれね。素材の質感を感じるんだよね、すごい……すごすぎない? どうやらこれでおしまいのようなので、次回作も楽しみに待ちましょう。私が生きてる間に出してくださいね(死に際ジョーク)




